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11月杉山真伝流勉強会

『杉山真伝流』勉強会 第169回 令和元年1116

              講師 大浦慈観先生

◆◆◆シリーズ:『杉山流三部書』から(28)◆◆◆

今回のテーマ:『撰鍼三要集』(虚実を論ず、謬鍼を論ず)

『十八術』より(乱鍼術)

第三 虚実を論ず  黄帝内経ではこのように言っています。

「素問」玉機真蔵論  五虚五実を述べている。

天界には寒暑あり人界にも虚と実がある。五虚・五実あるというと弟子が問う。杉山和一

が素問の中の説明をする。五虚とは〔細皮寒5ぁ文撞曄望ないぽ利前後

(大小便もれ)グ食入らずの栄養不良の虚状に鍼をしない。五実とは/瓦房戮鮗ける

と脈盛肺に受けると皮熱gに受けると腹張りた佞房けると前後通ぜず(大小便

不通)ゴ里房けると悶瞀する(胸苦しい)このような時鍼を遠ざけない。(鍼をし

なさい。)しかし誤解をしないこと前の「補瀉を論ずる」処でも虚の状態に鍼を刺しては

いけないかといと、そうではないといっていた。当時鍼は普通の鍼でも太さ2ミリ位、金

でも痛く、補いにくく瀉に行き易い虚には気をつけよということである。どういう要穴に

して、虚実わきまえて鍼を用いたらどんな病も治らないことはない。

第四 繆鍼を論ずる(誤った鍼のやり方を論ず)

杉山和一考えるに、江戸時代前期のこと、鍼を業としている人経絡を知らない。当時、

臓腑経絡説は入ってきていたが、一般の鍼の医者はまだ何々にはここに鍼をせよという

けっぽう図をテキストとして鍼をしている人が殆の時代で、経絡を考えて鍼をしていな

かった。或は鍼を用いる時は薬をきらい(使かわいない)、或は学者さんは天地の道理

を知っていても、人にどう天の理地の理を移し出しどのように使うかはか知らない。

或は鍼を刺すとき皮膚の表面に浅く刺すだけで、それが唯一のやり方という。或は経絡

の道理を知らず、すべての病は腹にありとお腹だけに鍼をし、経絡を使うことを嫌う。

愚か者はこの理屈をたっとび安易にみだりに行うものが多い。杉山和一は常にその弊害

をうれう。医の大本は内経にあり鍼経九巻霊枢である。鍼の道に於いて鍼を用いて薬を

用いないとは聞いたことがない。ただ陰陽五行だけを言って体のことを読み解くこと

く経絡を考えないで治療をすることは聞いたことがない。浅鍼だけで深鍼をしないと

いうことを聞いたことがない。腹のみに鍼をして四肢に鍼をしないということを聞いた

ことがない。鍼だけで薬を使わずとも上手にできる。など、医の道は人を生かす道であ

る。なんて愚かなこと甚だしきことか。痛烈な批判に取れる。

〃侏蹐鮹里蕕困柾を打っている、悪い処のみに打って簡単に治ると思っている。

虚証の人には甘薬を用いて元気を補うに用いた方が良いと。天地の道理を解釈して講釈

するがそれを人に当てはめれば臓腑経絡の理屈をもちいて、道理に合うような医術に

なっていないとの批判。浅い鍼ばかりで深い鍼をしない、昔打診術は浅鍼であった。

すりおろしの鍼と言われるが打診術は2ミリの金鍼の松葉型だった。切皮しても鍼は

入っても2ミリ〜3ミリで深くは入らない。浅鍼だけで治せるとはおかしいと言って

いる。お腹に鍼をして手足にはしないとしていた人もいる。お腹に原因があるはそれで

よいでしょうがお腹だけで解決できるものではない。江戸前期は打診術の流派と論争し

ていた。当時このようなことがメジャーであり、真伝流のように古典を学んだエリート

派だったのかと会場より感想。捻り鍼の流派雲海士流、扁鵲流は少数穴で経絡は意識

せずにしていた。百か条の文章とそれを単純化したけっぽう図で治療をしていた。

五法\鎖静一(鍼をするに相手が動揺しているようであれば先に落ち着かせるべきで

ある⇒楡犬瞭察倣で治す以前の飲食や習慣的注意がある)L物の性能を知るわの

大小を知る(寒熱虚実を考えて)ヂ∞サし譴凌巴任鬚垢襦(どの臓腑に問題があり

どの経を使うか考えて)(素問、宝命全経論)五個のこれを熟知したうえでやりなさい。

天道を理解していたら明らかで頭が良いことであるが実際に人に適応できないと何を

持って治すことができるか。人は地の方から生じ命それを天に受けている。

天と地の気が合して命が出て暖かい気を受けて人は生きながらえて行く。天に陰陽あり

人には十二節あり十二経絡である。従い経絡を解らないと人の身に照らして天地を用い

ての生態や病理を解釈することはできない。全ての病は経絡に受ける。これ経絡を知ら

ずして病を治すことはできない。浅鍼の術は虚老の人に最も良い方法である。入江先生

医を行い虚の人には鍼を用いないと序文や補寫論でもいっているが、薬で補法をして

いた。実症の病熱症の病は浅鍼を用いることはあるがそれは変気の術(素問移精変気論)

である。昔はまじないでも治ったが今はそうはいかない内容が変気論にある。

今でも打撲、咽炎症の時浅い鍼で散らしたり引き鍼をしたりで表面の気を散らし散じ

変気の術を使うが主として使うものではない。それで今私は浅鍼を用いないのではない

が浅鍼だけでは治らない、深い病には浅鍼だけが唯一としてしまうことには反対だ。

 腹のみに刺し手四肢に刺さないこの説は井の中の蛙の取るに足りない小さな説だ。

内経を見るに腹だけに鍼ということはない。古人は井、栄、兪、経、合を主としていた。

入江先生の言うところは、鍼の最も妙なところは四肢にある。病は五臓に行きついてし

まうが、五臓の元の経は四肢に満ちている。身体全体の父母の臓器は心と肺で(「素問」

刺禁論)また楊上善の説も参考に。心と肺は膈上(胸)にあり気血をつかさどっている

ので体にとっては一番大切である。井栄兪経合が大事であり五臓を整えよという。鍼の道

腹に留まってしまうなら灸も腹だけするのですかに対して、手足にも鍼も灸もしている。

但し腹だけではないよと言いつつも私もお腹は大事で常に行っている。(心肺は胸の中

なので、手の経使い、肩甲間部からもする。)

い△訖佑質問をしている。病は樹木のようである。枝葉は四肢にあり大本は腹にある。

大本を切って枝葉が盛んになるということは聞いたことがない。病の根の腹をすれば枝葉

末節の病はなくなるのでお腹をする。これに対して杉山和一曰く入江先生は確かにもっぱら

腹をして大本の本を切り標の四肢もしたらどんな病も癒えないことはないと樹木を例え明解

に言っている。鍼だけでは補法なしというけれど、大本の根を切ってその枝葉も切れば大病

は治りが早い。和一曰く、愚医はその標本の理を知らず、四肢を本とし腹を標とするもあり

(四肢だけする流派が昔あった)その逆もあった。ひとつの理屈にこだわるは良い治療には

ならないのでは。私も別に腹が大事だとおもっているからお腹も手足もする。

つまりまとめると

臨機応変にどう使うかが問題で腹に根があり、五臓につく毒の、水毒や食滞、便秘、水滞、

瘀血が原因の頭痛であり、手足の病になっているのはお腹に原因があればお腹に治療すれ

良く、整形外科疾患のような頸、腰の腰椎が問題があり手足に及んでいたら、そちらの方

から治療すれば良く、たとえば捻挫して足の痛い時お腹しても仕方ない足をする。また眼精

疲労にお腹を一生懸命しても目は楽にならない、背景にお腹があるときは臨機応変に使える

ようにすることがいいだろうと。

次回は1221日です。

市川友理

| 杉山真伝流勉強会 | 03:52 | - | -
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