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6月 杉山真伝流勉強会

『杉山真伝流』勉強会 第163回 令和元年6月15日(土)

           講師 大浦慈観先生

◆◆◆シリーズ:『杉山流三部書』から(23)◆◆◆

今回のテーマ:「撰鍼三要集」(序文)、環隄術

前書き

「療治大概書」を編纂後「類経図翼」に強い感銘を受けた杉山和一は自らの序文と跋文

を加えて、「撰鍼三要集」を著した。1682928日、杉山流鍼治学問所が正式開校

すると、「療治大概書」と「撰鍼三要集」の2冊がテキストとして暗誦された。

大浦先生の説明を加えさせていただくことで、幅広く知っていただきたい。

「撰鍼三要集」(序文)

私は愚か者ではありますが、鍼を志してから大部の日数が過ぎました。自分は物の見方

が狭かったが、京都の入江先生のお弟子さんの末席で入江豊明先生の内経の講義の、

このようにしなさい、あのようにしなさいという命を聞くことができた。入江先生は軒岐

(黄帝軒岐と医聖岐伯)二人の医学問答形式で編纂された「黄帝内経」これを大元として

講義をしていた。常に学ぶべきものは内経だと。鍼法においていろいろとなえる人が多い

が、大事なことは補寫要穴にすぎない。日本人は、臨床の大切なことを単純化して要点を

役立つように核心的なところを単純化して教えようとする。もう少しいうと、虚実を分別

し補寫を用い五兪穴を大事なものとする。要穴(募穴や絡穴や郄穴・・)を主として勉強

せよ。また余力あるときは、経穴をそらんじよ。ここにおいて鍼の道おわる。

臨機応変その場や情勢の変化に応じて物事をうまく処理する。医とは意を尽くすことだ。

私は入江先生の幽玄で奥深い言葉を慕い書を作る。その大意(大まかなことを)を述べ

ました。これが「撰鍼三要集」であり、書いた理由は門人初学者の為に発した。すべての

物事に対しその働きの円熟している立派な人にとっては余計なことであろうが。

後漢の和帝の時(89105年)の太医丞に任官した、郭玉という医者が残した医は意なり

(医術は患者さんのために心を尽くし治すものだ)ととなえた。円機の士必ずもって贅

(ぜい)となさん。円機の士とはすべての物事に対し、その働きの円熟している人のこと

を言い、郭玉さんは師匠が程高(ていこう)と更なる師匠涪翁(ふうおう)仙人のような人

がいて、鍼術と、脈診を継ぎ貧富の差無く治療をして効果を上げ和帝にも高く評価された。

涪翁(ふうおう)さんは世間に出ることを嫌い村の人の治療はするが官僚になることを嫌い

仙人の様な生活をしていた。程高さんは涪翁さんを慕い師弟関係にあった。郭玉さんは程高

さんと師弟関係をとった。郭玉さんは自分の欲の意はなかったが当時の帝に認められ師匠の

ような生き方とは違い官僚になったが、貧乏人が来ると上手く治せるのに貴族が来て治そう

とすると上手くいかない。「ばてい」という王様が変だと思い自分の家来を貧しそうな恰好

で治療に行かせるとある程度うまくいったが質問された。医術は患者さんの為に心を尽くし

治すものだ。このように治療したいと思っても威張った人も、治療しても養生をしない人も

私にお金をけちり、辛い時だけ来て言うとうりに治そうしない人も、私が一生懸命でも心の

通じないと人は治せない。と皇帝に言い、「医は意なり」といった。

題に曰く、内経の宝命全形論の^綮佞凌世髻弊鎖澄砲魄堕蠅気擦襦 ⊃箸鰺椶

(養生の大切さを知る。)4訴薬毒薬を知り(毒をもって毒を制す)は漢方だ。

トリカブトや石や水銀やなども微量使い病邪を出すこともある。毒薬の真理を知ることが

大事だ。い悗鸚个了箸なを知るべき(鍼の使い分け)ヂ∞イ侶豕い鯲匹診察できなく

てはいけない。五つの法則をともに知って上手に使い分けする。

私が思うに黄帝と岐伯の問答霊枢の玉版篇の、岐伯さんが鍼についていっていることは

重要なことだ。鍼は生きている人を殺すこともあるし死人を蘇みかえらすことはできない。

怖いものだ。これに対してそのようにならないようにしよう。確かにそうですよ。

岐伯よく生きている人を殺し死んだ人を生き返せないですよ。皇帝言うに之を聞くことは

不人(不仁)なりと。それ医は仁術というがそうではないではないか。

願がわくはその鍼道を聞き、人に対して鍼をするときは人を殺したりしないようにしたい。

使い方を聞きたい。岐伯いうに皇帝の言うことは明道なり。(素晴らしい)必ずそうなる

でしょう。刀剣で人を殺すこともできるし、刀にも殺人刀、活人刀があり

酒も飲めば酔うし、お酒にも薬になる酒と毒になる酒もある。そういうものなので物の道

には慎重に使い方を極めなさい。だから内経は奥深いか。

これに対して誤解してしまった話です。

唐医家の王(おうとう)さん「外台秘要方」40巻を編纂した人(編纂者であり鍼医で

はない。)宝命論にいうところを持ち出し、王さんは深意を失い、鍼治療に強い不信を

いだいており鍼を取らなかった。「鍼法は古来、奥深いもので、今の人には理解できず、

・・もし鍼法をそのまま収録すれば生命を脅かすこともあろうから、灸法だけを採用擦る」

鍼治療にかかわる記述のほとんどを削除するか灸治療に改変した。和一先生はそれを間違

いですよといっている。「外台秘要方」はたくさん読まれていたので唐時代は灸ばかりで

あった。遣唐使は唐の時代であったので弘法大師も灸であった。元や明の時代竇漢卿

(とうかんけい)さんが盛んに鍼の学校を造り鍼師を育成した。室町まで民間でも灸法で

戦国時代後半になり、軍医が「気つけ鍼」馬医と軍事面から鍼の復活がしてきた。

江戸時代に鍼灸が盛んになるが(王さん)がそんなことをいったので、鍼を取らなく

なった。どうしてそれが道理のあることなのか!と反論している。

独り危険は鍼だけではない。全て灸でも漢方薬でも使い方をまちがえれば人を害する同じ

ことだ。内経に鍼のみ人を殺すというは、実に深意があってそのようにいっているのだ。

宝命論に言っているのは鍼をするときは、身の危険もあることなので、深い滝つぼを

歩く時のように慎重に、また手に虎を握るがごとく大胆さと慎重さが必要となる。

神は衆物に営む(心の中に雑念をいれるな。)(生きるか死ぬかの心持ちで治療せよ。)

王冰さん唐の時代宝応年間(762763)に太僕冷に任ぜられた。当時行われていた

「素問」8巻が不備であるとして、先師家蔵の「秘本」を加え、2479編に再編纂し

自ら注釈をほどこした。また、当時「九巻」と呼ばれていた古典医書を初めて「霊枢」

の名で呼んだ。素問は1から9巻であるが、実は8巻だったが1巻王氷の叔父さんの

持っていた運気論がそれにあたるのではないかと9巻」目に付け加えられた。江戸時代、

あれは本物でないと批判された。天空の動きと人体の相関関係にあるが天の運気とつなげて

いるのは前漢終わり頃や後漢の初めころの時代に運気論のようなものはなかった。後世の

哲学からみちびきだしたものなのと認識している。王冰を改ざんしたと批判しても、王冰が

編纂して今日我々はお陰様で学ばせてもらっている。霊枢という言葉も彼のお蔭であり

古い昔は、九巻また鍼経といわれていた。王冰さんの宝命全形論の注釈していたところの

技の巧なひとのやることなので妄りにこれを使ってはならない。王冰さんの工功なのだ

医統(古今医統という書名)(明代の医家、徐春甫が1556年に編纂。に曰く扁鵲曰く 

疾が腠理にあるときは螱炳なり。(火で温めた金属や石で温補して治す)疾血脈にある

ときは鍼石で治す。疾が胃や腸にあるときは酒につけた薬酒。鍼灸薬を兼ね備えて

医療は成り立つ。続きは次回です。

              

実技は21術最後の環提術 (巡らすし安らかにする術)中に力がつくと、

目的部位まで1寸5分入れるよく捻る、

円鍼のような感じもあるが中まで入れて浅い層へ。

次回は7月20日です。

(市川友理)

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