いやしの道協会ブログ

いやしの道協会の最新情報をお届けします。

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2023年 第12回合宿

【初日】

 

今年の合宿会場は「ホテルポートプラザ千葉」

千葉みなと駅から徒歩1分程度という立地の良い場所です。

ロビーに入ると案内係りの方が更衣室・荷物置場・受付場所の案内をしてくれてスムーズに移動ができました。
会場となる四階では、受付嬢のおふたりが笑顔で迎えてくれました。
「(合宿開催が)久しぶりなので皆さんウキウキした感じだった」と参加者の様子を聞かせてくれました。また今回は無料Wi-Fiサービスがあるのも嬉しいところでした。

 

 

【静坐】

リアルで一堂に集まるのは実に4年ぶりです。

再会を喜ぶ声や初めましての挨拶など、嬉しい楽しい空気が広がっていました。
そのような雰囲気の中、堀雅観先生による静坐の姿勢や呼吸の仕方など、丁寧な誘導が行われました。期待や不安や緊張が入り混じった会場は徐々に静まり、これから始まる合宿に向けて各々が身息心の調和をします。静坐が始まると場がひとつになりました。

 

 

【開会の挨拶】

朽名会長による開会の挨拶は今年の合宿ファイルに印刷された横田観風先生の書についてお話されました。

「三級浪高魚化龍」(三 だん  の浪高くして魚は龍と化す) 

いやしの道でいうところの一 級 だん は初伝、二 級 だん は中伝、三 級 だん は正教授で、その後、龍になれるか?と解説された後、自分の「道」とは?どこを目指すのか?と気持ちも新たに考えていると、これらはフォーマルな理由です。合宿はお祭りなので、いやしの道の滝を思いっきり楽しんでリフレッシュして欲しい、と朽名会長らしい嬉しいエールをいただきました。

 

 

講座【いやしの道協会に学び38年、その道筋を振り返る】
                        原田修観 先生

合宿の3日前にタイのサムイ島より帰国された原田先生の講座は、ホリスティックリゾートホテル(KAMALAYA)でのお話から始まりました。ホリスティックの考えは個々の要素や問題を単独で扱うのではなく、その背後にある全体の関係や文脈を考慮に入れ、トータルでの理解や解決を目指すもの。この考え方は我々「いやし手」と共通するものだと思いました。
そして観風先生との関わりの中では「観の目を持つ」「心の鍼をする」「初めの一鍼が大切」「差をつける鍼」など観風先生のお言葉の意味や、実体験を通して感じたことを具体的に紹介してくださいました。また助手時代に原田先生が観風先生の身体や所作のコピーをしたことや、生きたツボや撚鍼の生かし方などを話され、知識や情報を実践に繋げるための貴重なヒントをいただきました。

その他、地域貢献としての往診、患者さんは贈り物(困難な時に来てくれる)であること、相手(患者)の話を納得するまで聴くこと、お大事にしてくださいと言うこと、背中が見えるまで見送ること、というお話は我々術者が、患者さんとどのように向き合うか?物理的な距離だけでなく心の距離や構えや覚悟を学ばせていただきました。
また「シンデレラの靴はなぜ消えなかったのか?」や「鍼灸師はオーケストラの指揮者であり、タクトは鍼で身体の一部にして操る」という表現は原田先生らしいメタファーで興味深かったです。

いやしの道38年の間に鍼灸界だけでなく、海外も含め様々な分野をご経験された原田先生だからこそのご視点で、多岐に渡る貴重なお話を聞かせていただきました。

 

実技ではこれまで様々な手法を試し実践されてきた原田先生が、現在臨床でされている患者の体を把握する方法(診断・問診・原因)や、オーリングテストを通したデモストレーションを披露してくださいました。
ベッドに横になる前の患者さんの立った姿勢、横になった時の足首の状態、首の傾き具合などを短時間で観察し、始めの一鍼の大切さなど先の講義でお話したことを実践してくださいました。

 

 

体験講座【呼吸、イメージ、直観を活用し、鍼の効果を高める】
                           堀雅観 先生

,らГ離好謄奪廚鯆未靴董御指導して頂きました。

 

ステップ 2人1組になり、生きたツボにお互い引き鍼をしました。

身体の緊張が、引き鍼にも影響しているのを感じました。

 

ステップ 火の呼吸法を学びました。

呼吸法を行う事に、身体全体に気がめぐり、身体がぽかぽか温かくなったという意見を沢山伺いました。
場全体のエネルギーも高まり温度が上昇した様に感じます。

 

ステップ もう一度,汎韻献張椶念き鍼をしました。

呼吸が深くなり、身体も緩み、丹田に充実した気が巡った事で,その気が相手にも通じ、引き鍼が,茲蠅眈綣蠅引けました。感覚が鋭くなった様に感じます。

 

ステップ 宇宙の原初の音「オーム」を唱えました。

場全体の意識レベルが高くなった様に感じました。

 

ステップァ[注のイメージをしっかり持って引き鍼をしました。

ステップ,筬0幣紊法気が通じるのを感じました。
また、症状の改善もみられました。

 

ステップ 生きたツボの探し方を学びました。

筋肉反射の原理を利用し、他と違う所、そこに一鍼を下すと全体がゴロッと変わるツボを探す設定を意識する事を学びました。
ステップ,了よりも直観力が冴え、生きたツボに触れただけで、身体に何かしらの反応が起こる生きるツボで手が止まりました。

 

ステップ 心息身を整え、大いなるものに導かれる様に、最高の生きたツボで手が止まると信じ、そこに引き鍼をする事が学びました。

イ離好謄奪廾幣紊法熱がほどけていくのを感じ、症状の改善がみられました。

 

ステップ,らГ鯆未犬討柑愼劃困い浸で、心息身を整えていく事で、より自我が薄れ、お互いが共鳴しあい、生きたツボに一鍼を下す事ができる様になる体験いたしました。もっともっと感度をあげていける様に、日々精進していきたいと思います。

 

 

 

グループ実技

指導者の先生1人に対して3人1組になり、2つの大部屋に分かれてご指導いただきました。一人一人じっくりと丁寧にそれぞれの課題に対してご指導して頂きました。

 

 

【夕食&懇親会】

ホテル近くの居酒屋に移動して、夕食をかねての懇親会となりました。
飲み放題付きの夕食のため最初からお酒が入り、皆ワイワイと活気のあり、居酒屋のレイアウトにより一同が見渡せる形ではなかったのですが、時間が経つに連れて席の移動も目立ち4年ぶりに皆で会えることを心より楽しんでいる様子がうかがえる、ひと時となりました。

 

 

【2日目

 

【気功】
 原田修観 先生

雨天のため、中止となりました。

 

 

【朝食】

楽しいビュッフェ形式でした。

 

 

【グループ実技】

指導者の先生方にご指導いただき、数人の組で実技稽古を行いました。

 

 

【<万病一風的治療>を手ほどきする】
            横田観風 先生

いよいよ、横田観風先生の模範実技です。

合宿参加者の中から症状のある方に横田観風先生が治療を行います。皆で先生を囲み、問診から解説を交えた治療までの様子を拝見いたしました。また、各人の課題や質問にご助言いただきました。

時折の先生のダジャレや会場とのやりとりで場は和みながらも、短時間で変化が起こる様を間近で見て感じる時間は、一挙手一投足も見逃すまいという静かで真剣な空氣に包まれていました。

鍼を刺す際に肩に力が入ってしまうという方へのご助言として、丹田の話に至ると、長年の坐禅修行によりつくられた、丹田がぽっこりふくらんでいるご自身のお腹も、服を捲り上げ、見せてくださいました。

腹診の方法、津波鍼のやり方、氣の操作について

最初のひと鍼がとても大事で、そこで相手の鍼に対する感受性を見極めること

生きたツボに鍼をすることが大事ということ

治療はメリハリをつけて行うこと

初学のうちは、時間がかかっても、ひと鍼ひと鍼を相手に確認し、自分で工夫しながら手の内を会得すること

やり続けていたら上手になる、やらないとわからない
等々、多くのことを教えていただきました。

 

 

座談会【私の<身・息・心の調和法>】
    朽名宗観先生、安田無観先生、海野流観先生、三輪圓観先生、舩坂樹観先生、他

いやしの道の「学・術・道」の「道」につながる座談会のテーマは、〈身・息・心の調和〉についてでした。

 まずは朽名先生から、写真を見ながらいろいろな身体技法があることの紹介があり、また、引用を交えながら、調和が成された状態は、第一の滝の後には第二の滝があるように、直線的な右肩上がりで昇っていくものではないといったお話がありました。

 安田先生からは、弓道は一挙手一投足が決められていて、いやしの道の「基本の型」にもつながること、また正しい姿勢が、体を壊さないことや、良い治療に結びつくことのお話がありました。

 海野先生からは、身を調えて、見た目も美しくすること、丹田呼吸法をやったという経験、人生を振り返ってみて転機や心の変化があったというお話がありました。

 三輪先生は、ラグビーや、災害支援など状況が変化する中でも、静かな一瞬が訪れることがあって、調和を感じ、我から離れ、心が先に調和していた感じがあったとお話ししてくれました。

 舩坂先生は、徒歩で日本一周をした際に、大きなザックを背負うことで、猫背が良くなったこと、また体幹を鍛えるようなトレーニングもした話をしてくれました。

 

 最後に、古家さんの武術の実演があり、真剣を抜くことは、間違えば死ぬ怖さもあり、身息心の調和が成されること、武術の経験が、姿勢や全体を感じるなど鍼につながったというお話がありました。

 

 

【閉会の挨拶、記念撮影】

 どの先生方も、限られた時間の中で、たくさんのことをお話ししてくださろうとしているのが伝わってきました。

 閉会挨拶は、三輪先生から、合宿実行委員などスタッフの方々に労いの言葉があり、感謝をこめた拍手が送られました。4年ぶりで、顔を合わせて開催ができた合宿でした。

 

 

(文責:小池(理)・菰田・富岡・横山)

(写真:酒井・船坂)

| ◇合宿研修会 | 15:36 | - | -
2019年  第11回合宿

 

令和初になる今回の合宿は、みどりの駅最寄りにあります「ホテルニュー梅屋」さんで行われました。

初めての場所になりますが会場が畳張りで、いやしの道の合宿にぴったりの環境でした。

大浴場はラジウムイオン鉱石温泉となっており温泉までいただけるとても贅沢なホテルになります。

 

 

 

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 〇受付


 

受付嬢の皆さま。

素敵な会場をありがとうございます。

 

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 〇静坐


 

高まる気持ちを静めて貴重な学びの時間の準備をします。

 

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 〇開会の挨拶


 

朽名宗観会長より開会の挨拶。

今年のいやしの道合宿ファイルに書かれた横田観風先生筆による「回光返照」についてお話いただきました。

その人その人にある素晴らしい世界を切り開くため邁進せよと、背中を押された気持ちになりました。

 

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 〇江戸期鍼灸からみた<いやしの道> 

   

     大浦慈観先生

 

 

 

鍼道発秘訣集より引用された江戸期における鍼灸から、いやしの道の真髄となる<心>の持ちようについてお話しいただきました。

技術だけではなく患者さんの全体像を観ながら楽にしてあげること。

動揺せず、冷静にとらえ、自分に何ができるか客観的にとらえて患者さんと一丸となり施術する大切さ。

病人を前にして臆病になっては駄目。攻めすぎたり、結果を求めすぎても駄目。

鍼灸を志す者として、まず何より心がけ工夫鍛錬すべきことをご教授いただき、心の修練の難しさを感じました。

そして、江戸期から脈々と私たちが今、いやしの道で教えていただいている心の有り様の大切さを説いておられたのだな、と改めて感動を覚えました。

 

続いて、日本鍼灸史の第一級史料から復刻した打鍼を大浦先生がご持参され、実際に槌の違いをモデルの方に体験していただきました。

 

 

 

 

筆者も先日、大浦先生の勉強会で水牛の槌と鉛の槌との響きの違いを体験させてもらいましたが、鉛の入った槌を使った時は背中まで響いて広がるのが心地よく打鍼の面白さを感じました。

 

とても貴重な史料と道具を用いて講義をしていただき大きな学びとなりました。

 

(文責:福永)

 

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 〇鍼道発秘の刺法 

  

      海野流観先生

 

前半はレジメに沿って講義が行われました。

 

 

 

邪に対して鈍感だったと言う海野先生。

邪がどこにあるか分からなくても鍼道発秘の治療の法則がわかれば治療できるのではないかと考えて、大まかに分けて分類し治療の考え方をみることにした。

〇鍼治療の基本ー寒熱補瀉は1章の放心、5章の大寒、4章の大熱。この3つをベースにして42の病症の病態を分類してみた。

〇似たような刺鍼点、治療法を集めてグループ分けしてみる。

〇それに名前を付けてみるとだいたいのパターンが見えてくる。

Aー熱、邪実、不出・・・鍼灸院に来院する多くの患者

Bー冷え、虚、過出・・・これだけで来院することは少ない

CーAとBが同居、AがベースにあるのでA→Bの順で処置・・・水毒がらみや神経症的な鍼灸院に永く通院するタイプ

DーAとBが同居、BがベースにあるのでB→Aの順で処置・・・中高年の慢性疾患に多い

Eー逆パターン、横ライン

〇治療法から寒熱虚実を推測する。刺鍼方法と場所から病気の体に対する一元的な仕分けをする。

 

 

後半は変形性膝関節症について図解で説明

 

 

その後、実際に膝の痛みがある人に出ていただき、診察しながら治療の仕方、気をつけるポイントなどを話していただきました。

膝関節が痛い患者さんはハムストリングも緊張していることが多いので、この部分の筋肉も丁寧に観察して治療することで、治療効果が上がることを教えていただきました。

 

 

 

(文責:磯崎)

 

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 〇グループ実技

 

指導者を含めた三人一組となり実技稽古を行いました。

会場いっぱいに広がり、それぞれの課題と向き合いながら取り組みました。

 

   

 

 

  

 

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 〇夕食&自己紹介(前半)

 

待ちに待った夕食の時間です。

 


 

三輪副会長の乾杯の挨拶で、楽しいひと時の始まりです。

 

 

 

 

食事半ば、堀副会長の進行のもと自己紹介になります。

今回、座談会のテーマにちなみ「死ぬほど〇〇たこと」です。

 

 

各々の体験や感動など、個性が感じられました。

 

 

 

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 〇自己紹介(後半)&親睦会

 

自己紹介を一時中断し、会場を移動しての自己紹介後半と親睦会となります。

お酒と自己紹介者を囲みながら和やかな時間が過ぎます。

 

 


  

  

 

  

 

大広間での親睦会は22時まで続き、呑み足りない方々は307号室で二次会となりました。

 

 

(文責:中野)

 

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 〇気功 

 

    原田修観先生

 

いやしの道協会の合宿2日目です。

 

まずは6時から近所の運動場で原田修観先生による気功です。

 

 

運動場へ行きましょう。雨が降っています。

 

 

運動場です。雨天のため今回の気功は中止でした。

 

 

10年前の第1回合宿における原田先生による気功指導の様子です。

参考までに。

 

(文責:養母)

 

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 〇妊産婦との万病一風的治療を模索して 

 

    村田底観先生

 

 

村田先生は初めに、ご自身がいやしの道協会に入るきっかけとなった大浦慈観先生の文章を紹介されました。

そこに書かれていた、理論でもハウツーでもない「相手と自分の境目が曖昧になって温かい空間が広がっていく」感じを、ご自身が臨床の場でとても強く感じられた時のことを話されました。

 

 

それは患者さんの生まれたばかりの赤ちゃんを膝の上に乗せて、患者さんを治療された体験でした。

赤ちゃんの持つ陽の気、生命エネルギーが周りの全てを包み込み、温かで穏やかな場が現れているを感じ、先生は「鍼灸師とはなんと幸せな仕事なんだろう」と思われたそうです。

 

 

講話ではご自身の3人のお嬢さんの出産にまつわるエピソードを始め、様々な妊婦さんの症例を話されました。

 

印象的であったのは、良いお産をされる方には特徴があるというお話でした。

それは尺脈を沈めて診た時どれくらい力があるかに反映される、子宮の力があるということでした。そして、そのような妊婦さんはお産が近づくと美しくなる(色気が出る)そうです。

 

そのような妊婦さんの治療をしていく中で、村田先生は鍼灸治療が、現代人の中に埋もれてしまっている原始的な生命力の持つ美しさを甦らせるものなのではないか、出産という営みが生死の淵に否応なしに直面させられる出来事であるからこそ、妊婦の治療は鍼灸治療の本質について考えるヒントをくれるのではないかと感じられたそうです。

 

またその他、妊婦の治療の注意点である合谷と三陰交の禁鍼穴について、その出所である中国や日本の古典の引用。安胎のための具体的な施灸の穴などの紹介などをされました。

 

村田先生の、一つ一つの症例から時代を縦横無尽に行き来して古典に学び、詳しく省察されて次の臨床に最大限に生かされている姿勢は素晴らしく、たいへん感銘を受けました。

 

 

先生自身、最初こそ妊婦さんのお腹に恐る恐る触れていたそうですが、普段通りの腹診の原則と同じ、気持ちの良い触れ方であれば大丈夫であり、腹部への鍼灸治療も手の内が出来てくれば大丈夫であると言われました。そして妊婦さんもご自分お腹をどんどん触られることをお伝えしているそうです。それは自分のからだの声を聞く第一歩になるからです。

 

村田先生は助産師さんと強力なタッグを組まれて、お産に臨まれています。京都では助産師さんたちが中心になって「お産を語る会」が毎月開催されているそうです。お産という話題で初対面の方同士が深い話をするこの会は、地域で人が人と一緒に生きていき、成長していくためになくてはならない場であり、女性から女性へ生きるために本当に大切な知恵が継承されていくのを感じたそうです。

 

現在、助産院あるいは自宅で出産をする人が年々大幅に減少していて、助産師さんがお産だけで食べていけない状況になりつつあるそうです。鍼灸治療のあり方と共に、そのことの持つ社会全体の損失にも思いを馳せる貴重な講義でした。

 

 

(文責:小池奈)

 

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 〇<万病一風的治療>を手ほどきする 

 

    横田観風先生

 

まずは、横田先生のお話から。

 

 

「イメージというのは非常に大切ですね。昔、鍼の学校に入ったころは約半世紀ですけど、鍼灸師と職業欄に非常に書きづらかった。当時の弟子たちも自由業とかいろいろ書いて、鍼灸師とは書かないのですね。ひどい人は漢方医と書いて後で怒られるのですが、世間のイメージが非常に低くて、なかなか鍼灸師とは言えなかった。今は堂々と言えますけど。

我々が学生の頃はとにかくテキストを探そうと思ってもテキストがない。ようやく素問を研究する先生が出した本があるくらいで、しょうがないから原文を神田に行って買ってきて、原文のまま勉強するのですが何しろ読めない。たまたま友達の坊さんに漢文の達者な人がいて、読んでくれましたから読めるようになりましたけど。

とにかくそういう大変な時代でした。そんな時代の人達が頑張ってきて、いろいろレベルがアップしてきましたので、現代では鍼灸師と言っても大丈夫ですね。私も職業欄に鍼灸師と書いて大丈夫です。職業を尋ねられても自由業と言わず、鍼灸師ですと言える時代になってきました。

イメージというのは非常に大切なのです。昔の人は鍼灸師というとそういう風に思っていた。今はちゃんとした人が多くなりましたから一般の人も鍼灸師と聞いても昔とは違うイメージを持つわけです。だから若い女性の方もたくさんこの業界に入っていますが、我々の頃は女性なんてほんの2、3人しかいないのですね。どういう人かというと若くして独り身になって子供を育てるのに食べさせていかなくてはいけない、家族を養うために40代とかそのくらいになって、学校に入って来た人がいました。そういう時代です。今は若いお嬢さんがいっぱいいて、なんか時代が違ったなと思っています。イメージが良くなったのですね。

 

 

なんでこんな話しをするかというとイメージが大事だと言いたいからです。鍼灸学校に入って驚いたのは、鍼灸の話しが多いかと思ったら、当時から生理、解剖、病理とか西洋医学の話しが多くて、鍼灸の話しがあまりなかったのですね。いまではどうか知りませんが、東洋医学を習うときは経絡を習ってツボを習うわけです。そうすると鍼灸師の人が人をみるとき、線と点でみる。あの人の何経が悪いとか、どこのツボが悪いとか言って、人間、生きているだけなのですが、鍼灸師はそういう目でみる。最初に作られたイメージは大切でして、それに反逆したのが私です。

「鍼と禅」の本を読まれた方は分かると思いますが、うちの会はそういう点と線だけではなく、立体的にもみますし、東洋医学と西洋医学をなるべく矛盾なくみられるように体系を作りました。だからそれを学んでいただきたいと思います。「鍼と禅」は易しく書いてあります。一般向けに書いたつもりですが、うちの会のために書いたのではと言われて、そうではないと思っても、読み返すとうちの会のために書いたのではという感じがします。読むと分かりますけど、命というのは流動的で絶えず変化をしている、だから病名で固定することはありませんし、生きた人体をどう診るかで、邪と毒という概念が出てきます。毒は傷寒論と関係しています。傷寒論を学んでもらいたいと思うのですが、傷寒論が漢方薬の本なのに何で鍼灸師が勉強するのかと言われますけど、どんなものでも吸収して、幅広く勉強して点と線だけだはなく、いろいろなものがイメージするときに役立つように工夫して、勉強してもらいたいと思っております。私の鍼の根底には傷寒論があると思って下さい。傷寒論の内容を鍼でできるかなというのが最初の目的でしたけども鍼だけではできないのが分かりましていろいろなものがくっついていきました。傷寒論まだ読んだ事、無い人いますか?がんばって勉強して下さい。あれは最初、慣れないと読みづらいけど、習うより慣れろです。10回くらい読めば身に付きます。」

 

 

次は先生による模範実技です。

 

 

1人目の患者は、右の膝の痛み、右の手首の腱鞘炎を訴えました。鍼に対しては敏感とのことでした。

 

「敏感にもいろいろある。少し鍼を打たれたら寝込んでしまう人とか。本当に敏感な人は鍼を刺さなくてもいいくらいだ。鍼というのはどこを刺すのではなく、敏感な人には敏感な人に合うように、鈍感な人には鈍感な人に合うように相手に合わせるのが大切。」

 

「右に症状が出ている。お腹の右の方に何かあるのでしょう。」

 

「膝のお皿の所は、消化器系と関係がある。夏に冷たい物を食べましたか?」

 

「腱鞘炎、指を使う仕事ですか?」

 

「本当に敏感か分からないから最初の一鍼が大事。まず気が通りやすいかどうかみる。」

 

まず腕の生きたツボに鍼をあて、治療を進めていかれました。

 

 

 

 

2人目の患者は、呼吸がしづらい、動悸がする、めまいもたまにあると訴えました。鍼に対しては敏感ではないとのことです。

 

「それは、水毒によるもの。水毒があって、それからガスが発生すると鳩尾のあたりが膨らむ。そうなると横隔膜が塞がり、息が入らなくなる。横隔膜のすぐそばに心臓があるので、心臓が圧迫されて動悸がするようになる。それが耳の方に上がると、めまいに陥る。そういう人は利尿剤が入った漢方薬、苓桂朮甘湯とかで体質改善できます。鍼治療では、胃腸の働きを調え、凝っている場所を緩めたりして治す。そうしないと何かあるたびに動悸とめまいが始まる。」

 

「六君子湯は飲んでいる。(患者)」

 

「それでは、水毒は捌けない」

 

「水毒は細胞に染み込んでいる。治療をしていくうちに表面に出てくる。発酵するのが夜中、午前1時から午前3時くらいに動悸がする。救急車で運ばれた場合、病院に着くころには良くなっている。ガスが出ると良くなる。」

 

 

腕の生きたツボに鍼をあて、気の通り具合を確認し治療を進めていかれました。

 

「動悸がするときはどこに打つ?学校で習わなかった?」

 

「心包経。(患者)」

 

「じゃあ心包経にしましょう。どこでもいいのだけど。」

 

「鍼は気が通ればいい。みんなやり過ぎる。それで却って患者を悪くしてしまう。」

 

 

 

 

総稽古も行われました。これはそれぞれの課題を提示してもらい、横田先生から解決の糸口をいただくものです。

 

・引き鍼の感覚がよく分からない。鍼を刺して気が巡っているのか分からない。

→引き鍼は遠くでやる。打つ場所が的確かどうかが大切。

 

・引き鍼をするにあたり体幹ではなく、指先の方に反応が出る。

→刺し過ぎると指先に行く。鍼は浮かせるように打つ。刺さなくていけない、と思っている人が打つと指先に行く。

 

・引き鍼をすると相手に痛いと言われる。

→それは痛くないようにやるべき。振動を起こす方法が悪い。ひねりがない。手だけでやらない。肘を動かす。

 

・鍼管を使わない刺鍼が上手くいかない。

→鍼を立てるときの押さえ方が甘い。切皮時にスピードが必要。

 

 

などなど課題を示し、実際に鍼を刺し、それぞれ横田先生からご指摘を受けました。

 

 

その後、いくつかのグループに分かれて実技の稽古を行い、先生は適宜指導されました。

 

 

 

(文責:養母)

 

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 〇座談会「死の臨床について」

 

 朽名宗観先生   安田無観先生


   海野流観先生   石井道観先生


   三輪圓観先生

 

 

まずは朽名先生から死の臨床というテーマをどのように捉えていけばいいのかという手掛かりとなる配付資料に関して解説していただきました。

 

 

【図版1:1983年出版の藤原新也『メメント・モリ』という写真集からの1枚の写真(インドで撮影された 犬が人の遺体を食べている写真)】

メメント・モリ:ラテン語で、死を想え、という意味。

「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」というコピーが写真に添えられている。

死を想う、ということが普段から当たり前のようにある状況は、かつての日本でもあったし、そこから日本の仏教も出て来たが、現在の管理された日本では、遺体が人の目に触れる形でその辺に転がっているということはあり得ない状況となってる。

 

 

【図版2:患者様と治療家の関係性について 朽名先生が「あたま」と「はら」というキーワードを使って示した図】

今回のテーマでは,鉢△主な問題となるが、

・,隆愀検Д▲織⇄アタマで関係していく、所謂一般社会の浅いレベルでのコミュニケーション。意識のレベルは表層。

・△隆愀検Д魯⇄ハラで関係していく、意識のレベルは深層。

死の臨床では、△隆愀犬鵬爾蠅討るようなコミュニケーションになっていく。意識の深層の方に段々下りてくる。

死の臨床は、意識の深い部分が活性化していく可能性のある場だと思っている。

 

 

【図版3:看取りというときの看るの字の一番古い形 甲骨文字】

目の形があって、そこに手をかざしているのが「看」る。

気持ちをずっと遠くの方に放っているような状態を象形しているのが、看るという字。

見の目とか観の目という言い方があるが(宮本武蔵『五輪書』)、どちらかというと観の目の見るに近いような、深い意味合いを持った”みる”がこの文字の中に含まれている。

患者さんの場合は目の前に居るわけで、遠くに居るわけではない。目の前に居る患者さんの何に向かって気持ちを放っているのかというと、多分、存在の深みみたいなものに向かって気持ちを放っていくのが看取りだろうと思う。

 

 

【図版4:「各宗教と霊魂の有無について」(正木晃『いま知っておきたい霊魂のこと』より)という表】

宗教だと霊魂があるというのが前提となるが、現代の日本人の中には唯物論的な考え方をするひとであれば霊魂さえ否定するかもしれない。

宗教によっても、これには霊魂があるけれどこれには霊魂がないという色々な考え方がある。

 

・これまでの日本人(仏教と神道が合わさった日本人):人間、動物、植物、無生命体(石、水、風、山など)にも霊魂が宿っている、或いは精霊が宿っているという発想の仕方。明治以前の日本人はこういうような考え方を普通に持っていた。

・日本以外の仏教:人間と動物には霊魂を認める、霊性を認める、でも、植物、無生命体には認めない。

所謂チベット仏教、チベット仏教に限らずインドの原理的な仏教というのは、植物には霊性を認めない。

「チベット仏教の勉強会に行った時のこと、チベット人のお坊さんは、仏が置かれていて花が供えられている前で、「仏教では生け贄は許されていません。でも、植物は霊性が無いから、供え物にしてもいいのです」と語っていた。

また別の機会に、リンポチェ(傑出した仏教修行者に与えられる尊称)の称号を持つ高僧(ラマ:聖人)の講演会に行った時のこと、そのラマは「日本仏教では、山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)というけれど、それが私には分からないのです」と語っていた。

日本人であったら、「渓声便是広長舌(けいせいこれこうちょうぜつ)」という禅語、山の川の流れる声、鳥の鳴き声、みんなそれは仏の教えを説き続けているのだという、植物にも石にもみんないのちが宿っている、というのが伝統的な日本のアニミズム的生命観だと思う。そういう僕もどちらかというと気持ち的にはシンパシーを感じるので、リンポチェの話しを聞いたときも、やっぱり大分違うのだなあと思った。」

・キリスト教:原則的に、霊性を人間にしか認めていない。

「しかし、アッシジの聖フランチェスコの様に、鳥に説法している人もいる。だから僕は聖フランチェスコが大好きなのですけれど。」

(いやしの道協会所属の敬虔なクリスチャンの方からもお話をお伺いしました)

・イスラム教:人間は霊性があると考えるが、動物、植物、無生命体は、△になっている。

・儒教:人間のみ霊性有り

・道教:人間、動物、植物、無生命体、全てに霊性有り

・アニミズム:人間、動物、植物、無生命体、全てに霊性有り

 

 

【図版5:現代の看取りにおける<お迎え>体験ー在宅ホスピス遺族アンケート(実施場所:宮城県、実施期間:2003年1月1日〜2007年1月31日)からの集計ー】

東京大学大学院人文社会系研究科、死生学について研究している科が実施したアンケート。

宮城県で2003年4月1〜2007年1月31日にかけて、医療機関を通して看取りの経験のある家に「亡くなっていった方が、他の人が見えないもの、聞こえないもの、そういうものを何か感じているようなことがありましたか」というアンケートを採ったところ、有効回答の半分が、今亡くなっていくひとたちがそういう経験をしていた、と言う様な回答を出してきた。

東北大震災の後に東北で幽霊を見るというような体験をしたという情報が沢山寄せられたが、このアンケートはそれ以前の話し。

どういうものを見たかというと、すでに亡くなった家族や知り合い(52.9%)、その他の人物(34.2%)、お花畑、仏、川、神、トンネル、その他、というようなものが挙げられている。

「僕の患者さんに、若いときに臨死体験をしたと言う人がいたのです。その人に、どういう状態でしたか、と聞くと、そりゃ物凄く鮮明に覚えている、と言うのです。今でも絵に描ける位だ、と・・・。」

 

一人称の死、二人称の死、三人称の死、という言い方がある。

一人称の死というのは、自分の死のこと。

二人称の死というのは、家族とか友人の死のこと。

三人称の死というのは、赤の他人の死のこと。

では、治療家として出会っていく、今亡くなっていこうとする人たちの死は、この三つの内のどれに入るかと言ったら、二人称の死になると思い。

しかし、患者さんというのは家族でもないし、友人でもなく、治療費をもらっていくわけで、不特定であるということもある。そういうような方たちと、どういう風に、今亡くなっていこうとしている人たちと関わりを持っていかれるか、ということを、鍼灸の臨床の場で具体的な経験をしている方達に話しをしていただくというのが、今日のテーマである。

 

 

その後、三輪先生、海野先生、安田先生、石井先生、朽名先生に、御自身が関わられた死の臨床の場について、具体的なお話をしていただきました。

時間の関係でご用意いただいていた全てのお話をお伺いすることが叶いませんでしたが、三輪先生のお話は以前の機関誌に、石井先生のお話は今度の機関誌に掲載されるということです。

 

 

治療家として腹を括るということ、どのような場にあってもいつも通り自分の出来ることを只淡々と一生懸命に行っていくこと、鍼灸治療が病自体をどうにかするということにはならずとも目の前の方の何かしらが変わるきっかけとなり得ること、患者様とそのご家族とご自宅という場での臨床について、死や生の様々なかたち、等々、死に関してだけでなくどのように生き日々過ごすかということについてもおもいを馳せる時間となりました。

 

最後に朽名先生が、配付資料の詩をよんでくださいました。

 

「今日は死ぬのにもってこいの日だ。/生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。/すべての声が、わたしの中で合掌している。/すべての美がわたしの目の前の中で休もうとしてやって来た。/あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。/今日は死ぬのにもってこいの日だ。」(ナンシー・ウッド『今日は死ぬのにもってこいの日』)

 

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 〇閉会の挨拶、記念撮影

 

副会長の前之園空観先生から閉会のお言葉をいただきました。

 

 

「みなさん二日間お疲れ様でした。

 

最後は死の臨床ということでありましたけれども、死を意識することで逆に命というものを意識していることになるとおもうのですね。

 

今年はいやしの道協会の新たなチャレンジとして、死の太極にあるような、あそこにね、いますけれども、お子さま連れでも参加していただこう、いやしの道協会は女性の社会参加を応援します、ということで(笑)女性の方はどうしてもああいう可愛い子がいると本能的に助けてあげたくなってしまうのだと思うのです。ですので、今年は、男性指導者陣が子守をして遊んでもらうということで、やらしていただいたのですけれど、結局、最後はお母さんには勝てないのですね、僕たちはねぇ、そいうところが、おじさんたち、すごく可哀想だなあと思って、石井先生のことを見ていました。(笑)

 

この閉会の言葉や宴会の時の自己紹介の司会等は、東京の副会長3人でまわしているのですね、ですので3年おきくらいにこの閉会の言葉になるのですけれど、前回この言葉を言ったときが、ちょうどブラジルからの参加者が来るというときで、そのときも新たなチャレンジということで、いやしの道協会というと、特定の立場に拘らないということでやっていますので、常に常に新しい方たちを受け入れようとは思っているのです。

 

しかし、誰でもウェルカム、どんどん色々な人が入ってくるというのは、それだけいろいろなことがごちゃごちゃになってくる、何でもかんでも有りになってしまうという危険性もすごくあるのだと思うのです。ですので、誰でも来ても良いのだけれど、誰が来ても大丈夫なようにいなくてはいけないというのも、実際すごく大切なところで、誰が来てもいいように、というふうに今回やってくれたのが合宿の係の方たちなのですね、毎年、紹介させていただいてますけれども、坂井さん、牛尾さん、福嶋さん、中川さん、みなさんが思っている以上にいろんなことを準備してくれていると思います、改めてありがとうございました。

 

誰でも受け入れる、誰が来てもいいように準備をするという会でありたいとは思いますけれども、その中でも何かみんなの中でひとつ真理になるものが会として繋がりの根本に持てるように、それが万病一風論の風という部分なのか、いのちとか、いやしとか、という言葉で何で表すのかは分からないのですけれども、そういう会であれたらいいなと思っております。

二日間がみなさんにとって、これから進む道の何かの足しになったら良かったなと思います。お疲れ様でした。」

 

(文責:小池理)

 

 

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(写真:伊藤・尾崎)

 

 

| ◇合宿研修会 | 11:16 | - | -
第10回合宿 高木先生講義資料

2018年 第10回合宿の講義「万病◎◎…なんて、やめておけ」の資料を高木先生より頂きました。

 

PDFをダウンロードしたい方はこちらよりお願いします。

(URL: https://1.gigafile.nu/1027-c53741fef72565d992cc6a7fb9cf52b5d

※ダウンロード可能期間:2018年10月27日(土)

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うつ病患者さんの心の中

・夜中の陰気な気分、悲しい気分は、朝まで尾を引き、目が覚めているのに起きあがる気力がでない。仕事に行きたくないと思ってしまう。
・陰気な気分になって仕方がない。とくに大きな心配があるわけではないのに、妙に気が沈む。
・食事もうまくない。朝の爽やかさをこのところ感じたことがない。
・責任上欠勤はしないが職場に出ても仕事に手を付けるのが「おっくう」で困る。やっと仕事に手を付けても、すぐイヤになる。
・時間がなかなか過ぎていかない。時計ばかり見てしまう。仕事というものがそもそも無意味なものに思えてしまう。こういう感じも初めてだ。
・自信がなくなり、これから先やっていけるかと弱気で不安になる。
・なぜか不安になってくる。何かが不安だ、というのではない。何かわからない不安だ。
・ときにイライラしてくる。身体がそうなるのか心がそうなるのか、そのところははっきりしないのだが、とにかく、じっとしていられない。人にわからないように、そのあたりをウロウロしてみたり、体操をしてみたり、ため息をついたちして誤魔化している。
・いつも一緒に行動する友人達とさえ一緒にいることに少々疲れを覚える。逆に不安で一人でいることができず、常に誰かにそばにいてほしがる場合もある。
・考えてもそれを実行する決断がなかなかつかない。今までのようにテキパキできない。
・とても気が小さくなってしまった。自分でも変だと思う。直属の上司から注意をされると、その内容は大したことでもないのに、いわれた言葉がとげのようにあとあとまで胸に突き刺さって、なかなか抜けない。上司はなぜか自分につらくあたる。どうしたらよいかと悩む。
・電話が怖い。電話の話に即座に対応する力がない。電話で新しい仕事を要求されてもどう答えたらいいのか自信がない。
・決断力がなくなっている、といっても大決断ではない。毎日の小さな仕事について、これを先にやるとか、あれをどこにもっていったほうがよいとか、そういうなんでもない小決断ができない。迷ってしまう。
・集中力がおちた。文書を何度読んでも意味が頭に入らない。
・根気が続かない。今まで自慢だった持久力もガタガタ。
・特に午前中の気分がすぐれない。朝の元気がない。自分で自分を叱咤激励してやっと職場へ到着する感じだ。
・職場(家族)のためには自分がいないほうがよいのではないか、などと考えてしまう。
・食事の用意、掃除、洗濯がおっくうで仕方が無い。
・頭痛、口渇、便秘、寝汗など体の不調が急に出現してきた。
・「ああ、また今日一日が始まるのか」といった、情けない感じになる。「これから先、二人の子供を育てていけるかしら」などと今までにない弱気が起こって、暗闇の中で涙ぐんでしまう。
・心が弾まない、楽しいという感覚をこのごろ忘れている。
・何をしても心から面白いと思えない。腹の底から笑えない。
・テレビを見ることも少なくなっている。テレビをみてもうるさく感じ、くたびれてしまう。
その葛藤)
軽症うつ病 第3者にはわかりにくい程度。配偶者ですら長く気がつかないほど。
「自分自身でも果たして心の病なのか怠け心なのかはっきりしない」 
「宗教家に助けを求めるべき か、修練道場の門をたたくべきか、カウンセラーという名の人たちを訪ねるべきか」 
「医者へ行くとしても精神科 へ行くのがよいのか、いや神経内科か、心療内科か」 
「医者へ行った が、もらってきた薬をしっかり服用すべきなのか。友人は 薬なんか服用しないほうがよいと忠告してくれる。薬は気休めだ、医者のいうとおりにしていれば薬漬けにされてしまう、薬をやめてジョギングをやれ、と彼はいう。本当にそうなのだろうか」
「ある友人は、お前はそもそも病気ではない、病気に逃げるな、甘えるな、気の持ち方ひとつではないか、みんなに馬鹿にされるぞ、と 毎日のようにやって来て、きびしくいう」 
「心の問題は心でというわけで、カウンセラー を紹介された。 時間をかけて話を聞いてくれ た が、しかし具体的な指示や指導は何もしてくれない。どうも カウンセリングというのはそういうものらしい」
「調子の出ない毎日をどういうふうふうに過ごしたらよいのか。ある医者は仕事はいつもどおりにやれ、仕事をやめると怠け癖がでるという」 「しかし逆 に、できるだけ楽にしていたほうがよい、と書いてある本もある。 ちょうど、骨折をしたとき、当初しばらくは患部の安静を保つのと 同じよう に、 最初のうちは精神的な休息が不可欠だ、と書いてある」 
「しかし、 仕事 は休みにくい。 いや、自分が休みたくないのだ」 
「なかなかよくならないので、 ある医師のすすめで森田療法という本を買ってきた。別のは認知療法がよいという」 
「あまり 同じことばかり訴えるから、家族が疲れてきた。 いい加減にしろ、 結局は甘えているのだ、といわれてしまった。 そうかもしれない。 もしそうならどうするべきか」

 

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うつ病患者が訴えるの主訴の頻度

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24時間問診
睡眠)

就寝      中途覚醒
覚醒
起床

食事)時間と内容
出勤時間(通勤時間を含む)

勤務)

出勤 勤務の開始および終了時間、休憩時間(食事の時間と内容)、昼寝、残業の状況
退出事案(通勤時間を含む)

食事)時間と内容

余暇の過ごし方 


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うつ病の診断

 

・憂うつ感

・不安と焦燥

・おっくう感(倦怠感) 

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加えて参考に)

不眠

集中力・判断力の低下

性欲の低下・消失

食欲不振

楽しみの消失

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うつ病の急性期の症状(一年以上症状が続く慢性ケースが 10~15%くらいある) 
1)朝いつもより早く目が覚める
・中途覚醒と早朝覚醒が特徴的 
2)朝起きた時陰気な気分がする

3)朝いつものように新聞やテレビをみる気になれない 
4)服装や身だしなみにいつものように感心がない

5)仕事に取りかかる気になかなかならない

6)仕事にとりかかっても今期がない 
7)決断がなかなかつかない 
8)いつものように気軽に人に会う気にならない

9)なんとなく不安でイライラする

10)これから先やっていく自信がない 
11)いっそのこと、この世から消えてしまいたいと思うことがよくある 
12)テレビがいつものように面白くない 
13)寂しいので誰かにそばにいてほしい、と思うことがよくある 
14)涙ぐむことがよくある

15)夕方になると気分がらくになる

16)頭が重かったり痛んだりする

17)性欲が最近はおちた

18)食欲も最近おちている


2つの病態を除外

双極性障害(躁鬱病) 


躁と軽躁

躁エピソード
・異常に、かつ持続して高揚し、自己概念が高まり、易怒性がある状態が1週間異常にわたって続いていること
・圧倒されるほどの高揚!軽躁エピソード
・躁のようではあるが、程度はそれほどではなく、少なくとも4日以上症状が続く。通常の非うつ状態とは明らかに異なっている。
・誰でもあるかも知れないが、普段のその人ではない感じ。

診断のための質問)
「逆にいつになくハイテンションになったことはありますか?」

「これまで、落ち込みと反対の気分を感じたことはありますか?」
「眠る必要がないように感じたことは?」
「気持ちが突っ走るように感じたことは?」

 

統合失調症

考想仮声…考えが頭の中で声になって響く感じ。
  かなり大きな声。
非注察感…気配を感じる。監視カメラで見られている。
考想伝搬…自分の考えが伝わってしまう感じ。
関係念慮…みんなが自分のことを気にしている。
会話性幻聴…自分じゃない声が勝手に会話している。
実況中継性幻聴…一々、やる事に口を出してくる。
この二つは特異性が高い

自生思考…考えが強く吹き出してくる
妄想気分…何かが起こりそうな感じ、何かはわからない。
聴覚気づきの亢進…音に敏感になる
この三つは早期の統合失調症でよくある。

 

 

急性期治療の7原則

・治療医は1にも2にも心理的エネルギー水準を高まるという戦略を背景とする。

 

1)軽いけれど治療の必要な「不調」で単なる「気のゆるみ」や「怠け」ではないことを告げる。
・患者は「はたして自分の悩みは病気か、それとも単なる怠けか」について折に触れて反芻している。
・診断さえはっきりすれば、軽いが病気である、なぜなら元気なときのあなたとの「落差」があまりにも大きい、苦しさは一種のサインであること、原則として完全にもとにもどる病気であること、うつ病と怠けとは、一見似ているが、むしろ正反対であることを告げる。

 

2)できることなら、早い時期に心理的休息をとるほうが立ち直りやすいことを告げる。
・早い時期に思い切って平素の現実生活から、とくに勤労者の場合その職場から、少し距離のある生活パターンをとったほうが経過がよい。できればその休暇は最低一ヶ月はほしい。そのほうがその後の経過がスムースにいく。一ヶ月を長いと考えるか、短いと考えるか。たいてい軽症うつ病にかかる人たちは一ヶ月をとんでもなく長いと感じ、許されがたい時間と考える、そういう実直な世界の住人であることが多い。

 

3)予想される治癒の時点を告げる。私は短くても三ヶ月、平均6ヶ月はかかることを告げる。
・この目的は必ず治る病気だと告げることにある。それは、この病気がしばしば自殺観念をもつためである。病気の治る時期をはっきり言うのは、本当はケース・バイ・ケースで、正確にいうことは難しい。にもかかわらず、あえていうのは、「しばらく待てばこのトンネルを抜けることができる」、という励ましが治療上必要不可欠だからである。
・「治癒の時期がいつかなどというころは、いろいろの場合があって医者にはいえない」と理論的には性格だが冷たい予告をするよりは治療的だと思う。

 

4)治療の間、自己破壊的な行動をしないことを約束してもらう 
・軽度ではあっても典型的なうつ病の場合「このあま消えてなくなれたら、どんなに楽だろう」「眠ったまま目が覚めなければよいのに」などという考えが、しばしばひそかに。しかしときとして急に浮かんでくる。とにかく「生命放棄的な方向」へ心が動く。典型的であればあるほど、原則として自分を責めて他人を責めない。その限りで、彼らは、立派な人といわなければなりません。元来、恋劇的になりにくい性格の持ち主です。
・折に触れ自殺を決行しない約束を取り交わすことにしています。彼らは一般に律儀ですから、おおむね約束したことはまもってくれます。また、折に触れて「病気の性質からして必ず治るはず」だと少しくどいくらいにいいます。

 

5)治療中、症状には一進一退があることを繰り返し告げる 
・抗うつ薬を使い、十分に休みをとっていても、その経過には波がある。良いときと悪いときが、とくに理由無く、不規則に交替してやってきます。どうして波がきたのか考え込む人が多いのですが、たいてい理由はないのです。ひとりでに波をうちながら、だんだんよくなっていくのがこの病気だ、と理解されるのが一番よい。どん底のときよりもかえって治りかけのときに小さな波がくる。
春がもうそこまで来ているサインと思って、そのあともうすこしの間、我慢してくれるように励ます。 


6)人生にかかわる大決断(退職、離婚など)は治療終了まで延期するようアドバイスする。 
・自信を失い自分から会社を辞める。勤務先の上司の厄介払い的な退職の勧めに簡単に応じる。気の短い家族のする短絡的な反応に、決断力を失った本人自身が受動的に応じてしまうということを防ぐ。
・急性期には未来に対する自信を失っているから、そしてたいてい気持ちの上であせっているから、十分に思慮深く考え行動することは難しい。どうしても近視眼的になる。
・もちろん、仕事を変わっていけないわけではない。今の職場には確かに対人関係上の問題があるかも知れない。そうでなくとも、かれにはもっと適した仕事があるかもしれない。が、そういう大事な決断はうつ病が完全に治り、物ごとがよくみえるようになってから自分でするのが望ましい。

 

7)服薬の重要性、服薬で生じるかもしれない副作用をあらかじめつげ、感心のある人にはその作用機序を説明する

・本人に、そして家族がいっしょなら家族にも、また差し支えなければいっしょにきた上司にも説明する。特にうつ病患者の家族には非常に大きなストレスがかかっており、説明とアドバイスが必要なことが多い。


軽症うつ病に親和的な人の特徴 


1)几帳面、完全主義、強い義務感、業績重視の人生観 
2)他人との円満な関係の維持 
3)非攻撃性、物静か

 

下田の執着気質

下田はどちらかというと精神生理学的な説明を試みています。つまり、彼らは少々疲れるような状況にあっても音をあげずにトコトン頑張ってしまう。その結果、精神生理的な不可逆な心身疲労の状態にいたる。そうなえると、もはや休息してももとへ簡単にもどらなくなる、と考えます。これは軽症うつ病をストレス病とみる考えに合致する、わかりやすい性格です。

 

4つのタイプ

ヾ靄榲に陰気で、悲観的になりやすく、いつも自信が無く、細かいことにこだわり、クヨクヨと将来を案じるタイプ。真面目だが、社会適応はそれほどよくない。
・平素から物静かで、控えめで、繊細な感情の持ち主でさえあります。しかし、自分に対しては楽観的になれず、すぐ自分を反省的に責め、自己否定的になる。
人生を楽しむことがどうしても少ない。「抑うつ人」といったり、最近は「うつ性性格障害」といったりします。

∈が朗らかで、活動的で、人付き合いがよく、誰とでも波長をあわせることのできることを持ち味とするが、反面以外に気の弱いところもあわせもつ人。彼らの社会適応はまずまずの場合と悪い場合といろいいろです。
・同じ「人付き合いがよく親しみやすい」人でも、そう病に親和性のある場合は「朗らかで、元気で、頭の回転が速く、いつもユーモアに富む」といった側面が優勢で、他方うつ病になりやすい要素は「物静かで、感じやすく、ものごとを苦にする」点だといっています。そう気分とうつ気分の入れ替わる循環病と関係する意味で「循環性格」と名付けられました。

Q楪¬未濃纏好きで、やりだすと熱中する人で、社会適応はある範囲内においてなら、大変よい。

・下田の「執着性格」。軽度ながら強迫的なところをもった性格で、「きちんとしないと気が済まない」「やりだしたら徹底的にしたい」「他人にいわれるからするのでなく自分がそうしないではおれない」。だからうまくいっているときには平均より社会適応はよい。この点、第1の性格の人がいつも多少とも社会適応に難があったのと対照的です。また、「物ごとい熱中し、疲れをしらず頑張ってしまう」という精力性の要素があり、この点が第1の弱力性の性格と違ってこの性格をうつ病だけでなくそう病にもつながりをもたせています。 「メランコリー親和型性格」テレンバッハ
・働き盛りのサラリーマンに定型的にみられる性格で、発達途上の青年やヤングアダルトにはまだ1つはっきりと痙性されていないものです。
下田が最初提唱した執着性格は、次の3つの特徴からなっていた。
1)熱中性、徹底性 2)良心的、真面目、義務感 3)几帳面、些事拘泥、仕事熱心
この性格がそれまでの病前性格論に比べて異なっているのは、これがそれほど偏りのない性格であること、いやむしろ平均以上に社会適応のよい人々の性格である点でしょう。事実下田は、この性格は模範社員、模範軍人などに多いとさえいっています。
・ここにある「そうしないではおられない几帳面さ」とか、そうしないと気が済まないからする「仕事熱心」とか、物ごとの「秩序にこだわる」といいのは、性格学の用語でいえば強迫性という形容詞がつきます。が、強迫性「性格障害」というほど「かたい」性格ではありまえん。もう少し「柔らかい」強迫性です。
・「他人との円満な関係を保持すること」に気を配る几帳面さ、と表現してよいと思います。端的に1つ行動をあげれば「人に頼まれると断りにくい」。対人関係への配慮のない人の几帳面さと比較してみましょう。仕事は性格だが、他人の思惑を気にしない。自分では気にしているつもりでも、他人がのぞむところをうまくキャッチできず、しばしば周囲と摩擦をおこす。しかし、本人は「これだけ一生懸命ひゃっているのに、どうして」と不満である。こういう人は昔から言う典型的な強迫性各障害に近く、ここで問題にしているメランコリー親和型性格とは似て非なる人です。下田やテレンバッハのいう性格にはこういう自己完結的なわがままさはありません。むしろ、「人にどう思われているか」「イヤな思いをさせていないか」と他人の目や評価を気にします。要するに、几帳面性、そして対人的な円満への配慮性、この2つがあってはじめてうつ病親和性の性格となります。

ぬそ呂如⊆己愛傾向の目立つ人。社会適応の大変よい面と悪い面をまるで二重人格のように別々にみせる。 ← 要注意 トラブルになりやすい。
・未熟と言っても、一見したところ整然とした人で、決してみるからにわがままだったり乱暴であったりするわけではありません、。にもかかわらず、少し付き合いが深くなるとわかってくるのですが、彼らはときとしていうささか衝動抑制力に欠け、ときには自己は快適な行動に走ります。整然としたところと、それに似合わぬ衝動性をもつという一種の二重性の持ち主、と表現したほうがわかりやすいかもしれません。
・やたらに物を購入するとか、ギャンブルに夢中になるとか、万引きをするとか、サラ金に多額のローンをもつとか、異性との関係でしばしば問題をおこすとか、そういった他人を巻き込み、直接間接に人を傷つけるような行動(原則として内因性うつ病の人のおこす対抗行動にはない)
・自己愛的な性格の人は最初は診察室で整然としていたのに突然過度に依抑止力がざんよ存的になったり、急に正反対に過度に攻撃的にになったりして、一貫性を失いやすいのです。
・内因性うつ病ではうつ病になっても人格の二重性が生じることはないのに、自己愛型の人では軽度ながら容易に人格の分画が生じ、一方の人格部分でした約束の拘束力が残余の人格部分に及ばないからです。人格の分割というのは、ジキルとハイドの二重人格ほど激しくはないのですが、いつもの彼らしからぬ彼が出現する場合をいいます。
・経過を追っていくと、もっとはっきりします。自己愛の人のゆううつや不安や不機嫌は概して一、二週の持続で、それがすむとケロリとします。しかし、再びおこり、同じように推移します。うつ病の場合は、一旦おこれば少なくとも、行きつ戻りつで、長い時間が必要です。それに薬も決定的には効きません。
・もう少し細かい違いをいうと、自己愛の人のゆううつの革新には、どちらかというと悲哀感というより「空虚感」「孤立感」があることが多いようです。


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(転載:中川)

| ◇合宿研修会 | 12:53 | - | -
2018年 第10回合宿

2018年9月16日(日)、17日(月)に、いやしの道協会第10回合宿を行いました。

 

 

 

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◎13:00- 13:10 静坐◎

合宿はまず静座から。雑踏にまぎれ生活している自分にとっては、心を落ち着かせる数少ない貴重な時間です。

 

 

◎13:10- 13:15 会長より開会の挨拶◎

 

 

今回の合宿は記念すべき10周年にあたり、いただいたファイルの表紙は横田観風先生筆による書「一鍼成仏」でした。患者に一鍼を下すと生命体に響きが生じ、心地良く、より遠くへ波及してゆくと具合がよくなるという事実体験からの造語だそうです。(詳しくは横田観風·講話集『鍼禅茶話』第二巻にて)実は日本には古来から祭の神輿、お見舞い、ちはやぶるといった文化や言葉に響き(振動)が身近に存在していた。
そんなお話を聞き響きについて考えをはせつつ、待ちに待った合宿がはじまりました。

 

◎13:15- 14:30 講座:「万病◎◎…なんて、やめておけ」◎

高木真観先生は現在埼玉の羽生病院漢方内科医として勤務されています。講座の始まりはうつ病についてです。
うつ病の患者は不眠、倦怠感、不安、心理的エネルギーがゼロであり、発症初期から死に対してハードルが低い。ところが、患者本人は憂うつ感に気づいていない、もしくは認めたくないという気持ちから自覚しにくい病気である。しかも驚いたことに、発症のきっかけは『特にない』場合が多いということ。治療のためには患者自身がうつを理解して受け入れさせることが大事ということでした。
治療7原則として
ゝい里罎襪澆簑佞韻任呂覆い氾舛┐
∩瓩せ期に心理的休息をとる
治るまでに3-6ヶ月かかる
ぜ殺しないと約束する
ド他に波がある
人生にかかわる大決断はしない
服薬の説明、副作用の説明をする
さらに、22-23時から7-8時間睡眠すること、週3日以上の禁酒、家にこもり何もしないのも良くないということでした。
うつ病を見つけ出すには技術も必要となるため、問診の仕方も実演を交えご講義いただきました。

 

(文責:溝口春香)

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◎14:45- 16:00 "講座:「いやしの道協会で学んだ30年、いま振り返り伝えたいこと」 "◎

 

「いやしの道入門から約30年、振り返って今言えること、伝えたいこと。」原田修観先生

 

 

前半講義、後半実技デモという内容にて、まずは講義から。

 

原田先生によると施術における基本的な3つのポイントがある。

    痛い鍼をしないこと!信頼関係が築けなくなる。押し手と差し手、鍼のベクトル、息の調節、生きたツボのこと、生きたツボの探し方の工夫、肘から、さらには肚から引くこと。

    響きを感じてみよう。いかにして気を感じ気を通していくのか。部屋に入っていっただけで、響いていた患者、消えゆく蝉の声、(静寂の中に消えるが響いている)の話。

長い響鳴音が残る不思議な楽器を鳴らす原田先生。(←言葉で表現が難しいので体感としてわかるようにご用意されたのだと思う。)患者と術者が響きあう交流する鍼。施術をすることでお互い元気になる治療がよい。響きというものを自分の中で検証して欲しいと結ぶ。

    丹田感覚を掴もう。掴めば「ゆるみ」が出る。施術には「ゆるみ」が大切であり、ほどよい緊張が大切。肚が大事。(それには調身、調息、調心で鍛錬することが必要)

原田先生はそれにプラス心臓のあたりと前頭部だという。正座や寝たりして丹田感覚を掴む練習を行う。

 

このあと先生が30年間で得られた「いやしの道」のエッセンスをお話しされる。

・いやしの道の鍼は「即興」である。(あたかも即興演奏する者が出した音で感動し、

次の音が生み出されるような。)それには身体が緩んでないと出来ない。

気はリラックスしないと感じとれない。

・初一鍼は大事、手は温かい方が良い。

・茶道の所作は鍼をすることと似ている。

・他分野(弓道や世阿弥、本、大阪なおみetc)と鍼を結び付けて考える。

・観風先生は「鍼を置いていく」という。大坂なおみが来たボールをただ返すだけ、というのに似ている。

他・・

 

この後、実際に原田先生による治療のデモンストレーションが行われた。

 診察や「生きたツボ」の探し方や刺鍼時の鍼の角度や肘の状態、先ほどのお話の内容を実際に示してくださった。

 

 

 

いやしの道に長らく在籍され、臨床歴の長い原田先生だからこそ、大切に感じていらっしゃることを存分に語ってくださった。

(が、資料はA4用紙にぎっちり4枚、書き連ねてらっしゃり、語り尽くせぬものがある様子に見えた。)

自分が山(いやしの道の修練過程)のどの辺りにいるかでも、印象に残る部分がまったく違うのではないかと感じた。

 

(文責:伊藤翠観)

 

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◎16:15- 17:45 グループ実技◎

1日目の実技稽古の開始です。

初伝・中伝の二名に指導者の先生が指導していただき、三人ひと組で実技稽古を行いました。

50名ちかい参加者が会場いっぱいに広がり、チェックシートの点検項目、自身のいまある課題にとりくみます。

 

 

 

◎19:00- 21:00 夕食&自己紹介◎

夕食の時間です。

副会長 堀雅観先生の乾杯の挨拶で始まりました。

 

今年は合宿10年目ということで「10年前は○○でした。」、「10年前の私」というテーマで皆さんにお話し頂きました。

まずは4人の副会長から自己紹介していただきました。

途中、ホールへ移動して合宿スタッフの方々が用意してくださったたくさんのお酒・おつまみ・ソフトドリンクとともに自己紹介・懇親会へとなりました。

昨年は天候不良の影響で遅れて到着された方や、参加できなかった方も今年は参加できました。

 

 

(文責:野田亮)

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6:00- 7:00 気功  原田修観先生

 

朝の清々しい空気の中、原田先生の気功が始まりました。

やっていくうちに細胞一つ一つが目覚めていくようで

気持ちよく気が満ちていきました。

 

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8:30- 9:45 講座:「形を作る〜いつも同じでいられる為に〜」 前之園空観先生

 

治療する時の姿勢をいかに形作るかお話しくださいました。

はじめに

鍼道発秘講義(横田観風著)では「凡そ鍼を用ゆる者は、先ず我が心を定め、次に病人のこころをとるべし。すでに鍼を刺すの時、たとえあたりに、如何様の事有とも、これに気を動かすことなく、ただ一筋に鍼を守り、謹んで治療を為さば、万病癒えずということ無し。」、「各自の工夫、悟得を持つより他ない。」と記されている。いやしの道協会の教えでは、基本の型において詳細に形が決められている。特に姿勢は重要視されている。

 

そこから様々な疑問が生じて、主なものは

・どうやって心を定めていくか?

・どのように工夫していくか?

・上虚下実っていったい何ですか?

・肚、肚って言いますがお腹に力を入れても全然うまくいかないですけど!

・手の内ってどこで感じるもの?

・鍼を自由自在に扱うって、そもそも鍼って自分の身体の一部ですか?否か?

 

理解を深める中で、正解に近いだろうこと

●腹腔内圧を高める。

●四肢末端の力を抜き、自由に動かせるようにする。

これを実際やってみるのに、

Ex1:壁押し、腕押し相撲をしました。

腕押し相撲

 

姿勢を形つけていく過程での問題の抽出

これはあくまで私にでてきた問題かもしれませんが、姿勢は一人で作るものだが、治療姿勢は一人では作れないものであるという意識が欠落していた。「ゆったり、どっしり、凛然と」を意識するあまり、どっしりしすぎてしまう。また、鍼すること自体が、非常に小さな出力で行われるため、その問題点に気付きにくい。

「現代座禅講義」(藤田一照著)の調息(呼吸)からの座禅の姿勢で治療は非常にわずかだではあるが患者の方へ動く。この解決の手段として、患者と地面で作られた基底面に立っている自分を意識してみた。

Ex2.不安定な場所に立つ。鍼先へとエネルギーを伝える。

 

 

心の問題、気の問題(目に見えない部分の問題)

パーソナルスペースを利用して見えない物を形つけていく。

「かくれた次元」(エドワード.T.ホール著)からパーソナルスペースを利用した見えない物を形つけていくお話しをされた。

 

 最初に前之園先生が生じた疑問は、私も湧いてきたものでこの疑問は皆生じるのかと、安心した。

その理解過程を具体的に説明して下さり、初学者の私の手がかりになった。

前之園先生はつねに工夫し続けるしかない 

最後にもう一度師のことばで「各自の工夫、悟得を持つより他ない。」と結ばれた。

 

(文責:酒井眞理子)

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◎10:00- 11:30 <万病一風的治療>を手ほどきする◎

 

 

 

「ツボや経絡は外側のこと。大事なのは内側、体の中がどうなっているのかが大切。これは外から見ても分からない。体の中がどういう状態になっているのかをイメージして、鍼を1本打って、どう変わっていくのか把握することが大切である。」とお話しされ、実技に入りました。

 

 

1人目の患者は、眼精疲労、頭痛、肩、首の凝り、胃から上の熱を訴えました。

腕の生きたツボから引き、お腹を緩め、胸を散鍼、目の上、額、頭、首、背中、腰をあたり、左足に引きました。

「全部治すのは、やりすぎ。しばらくして治ったというのが良い。この患者も2時間くらいすれば良くなる。」

 

2人目の患者は、1週間以上続く咳を訴えました。

腕の生きたツボから引き、胸、お腹の熱を取り、ノドの下、耳の下、首、肩、背中、腰をあたり、左足に引きました。

「マッサージする人は、スジやコリに鍼を打ちたがる。寒熱もしっかり診ること。」

 

 

総稽古も行われました。これはそれぞれの課題を皆の前で横田先生に点検してもらうものです。

・ 鍼管なしでの刺入

・ 鍼を深く刺して、どこで響くのか分からない

・ 足の趾の間に痛くなく鍼を刺したい

・ 頭の熱を足に上手く引けるか

など点検してもらい、それぞれご指摘を受けました。

 

 

 

◎11:45- 12:45 グループ実技◎

 

グループに分かれて実技の稽古を行い、横田先生からも適宜指導されました。

 

◎12:45- 13:45 昼 食◎

 

 

◎13:45- 14:45 座談会「<いやしの道>とは何か」◎

 

今回で10回目合宿ということで、創始者の横田先生、2代目会長の大浦先生、3代目で現会長の朽名先生に「いやしの道」とは何か、というテーマで語っていただきました。

(以下敬称略)

朽名:僕が入った時は、いやしの道協会の前身の無為塾だった。そこはお金を払って教えてくれるというものではなかった。作務、畑仕事がメインのつくば研修所の接心や禅堂での摂心が必須という他の会とは違う会だった。

 

大浦:私が鍼灸の世界に入ったのは33歳の時。このままサラリーマンをやっていてよいのかと思い、会社を辞めて、中国へ行き、中国の治療を見た。当時は冒険心が強かった。病院の研修生として治療を見た。そこでの鍼は術者によって違っていて、理論通りにやっていなかった。相手に伝えるには正当性のある言葉が必要。日本に帰って、師匠について勉強する必要を感じた。友人が横田先生の治療を受けていて、その縁で横田先生にお会いして、友人の治療を見せてもらって、勉強会、無為塾に参加するようになった。初めて参加した時、上野のお寺で行われて、坐禅、茶礼、傷寒論の講義だった。鍼灸と漢方は車の両輪と捉えていたので、漢方を勉強することに抵抗は無かった。無為塾十則というのがあって、最後に「求道心無きものは去れ。」とあり、根性入れてやらないと、と思った。中国の人に日本鍼灸の良さを伝えられるよう、先生にいろいろ叩きこんでもらおうと思い、束修した。


 

朽名:大学を卒業して、坪井先生の氣流法のボディワークを学ぶということ生活の中心に、築地市場でアルバイトをして過ごした。気について探求する生活をずっと続けるわけも行かず、鍼灸の世界ならそれが生かせると思って、専門学校に入った。3年生の時に出会ったのが横田先生で、四部録がもう出版されていたので、買って読んだ。先生の講演を聴きに行って、硬い人なら敬遠しようと思ったが、ダジャレが効いていてこの人ならと思った。無為塾に入って、つくば研修所の接心に参加して先生からかけられた言葉が2つ。「鍼灸は教えられないから。自分で鍼と命のやりとりを会得しないといけない。」すでに氣流法の指導員だったのですが「人に教えられるくらいにならないといけない。」

 

横田先生に伺います。鍼灸学校を卒業して、1年後お弟子さんをとられましたが、その弟子にいやしの道を説かれました?

 

横田:説いていない。1年で弟子を持つとは思っていなかった。カミさんの縁で弟子を持つことになったが、自分だって右も左も分からなかった。

 

朽名:横田先生の人生のプロセス、2つあって、1つは師匠のいない状態で自分の鍼灸をつくるプロセス。もうひとつは、それを後進の人たちに伝えようと、四部録や基本の型をつくり、伝えるプロセス。自分の鍼をつくるプロセスについて伺います。

 

横田:治療をどういう風にやればいいのか。禅の師匠に、鍼禅をやりなさいと言われ、禅と鍼、それをどうひとつにするのかが課題だった。自分が鍼灸学校に入ったのは、大学生のころ運動をやり過ぎて、心臓肥大になり、心臓発作で死にかけた。豊島区の鍼灸の先生に灸点を打ってもらい、家で灸をしてもらっていた。何年かして、歯を磨いているとき、黄色い苦い水を吐いた。それ以来心臓発作は起こらなくなった。なぜそうなったのか考えた。当時、大学は混乱していて授業も行われなかったので、鍼灸学校に行くことにした。学校に入って、素問、霊枢、難経を読んでも分からなかった。学校に荒木正胤先生の弟子がいて、「漢方問答」を読んで、日本古方漢方の話しがあり、吉益東洞を知った。神田の古本屋街に行って、東洞全集を探し、読んだ。それに万病一毒論「瞑眩しないと病は治らない。」とあった。素問、霊枢、難経はピンとこなかったが、万病一毒論はウソではないと思った。これは漢方の話しで、鍼灸の方には「鍼道発秘」に万病一邪とある。万病一毒と万病一邪、これをどう1つにすればよいかと考えた。昔の接心は、お寺で1週間やった。私なんかすぐ風邪をひいて、「向こうで休め。」と言われて休んでいたら、風が吹いて、風で邪と毒が1つになると思った。万病一風と分かって、原稿を書いた。それが無為塾の塾生が見つけて、勝手に彼らが清書して、売りさばいた。そして東洋鍼灸専門学校から講演の依頼が来て、行きたくなかったが、弟子たちが「行かせます。」と答えてしまったので、講演せざるを得なくなった。こんな状態だったので、はじめは、道は説いていなかった。

 

朽名:鍼禅をやれと老師から言われたわけですが、禅が先生の鍼に影響の与えているのが分かります。

 

横田:弟子の中にはカンのいい人、そうでない人がいる。なんとかしようと四部録を作った。そしたら欲が出て、自分ひとりでは何人も治療できないが、弟子を育成すれば彼らがより多くの困っている人を治療してくれると思い、いやしの道協会をつくった。

 

朽名:鍼が禅の深さに影響を与えていますか?

 

横田:そうだと思います。無心というのは、何も考えないということではなく、無は何も拘らないということ。エネルギーのある人は、オレがオレがと我が強い。鍼灸でも、学校で鍼の打ち方やツボを習うが、これも我になる。自己否定して生命本来を見る。

 

朽名:道を求めているとどこかで自己否定しなくてはならなくなる。それを導いてくれるいい師匠がいればいいのですが。

 

横田:真冬の接心は大変だった。老師は「千尋の谷に落ちるつもりでやれ。」と言われ、死ぬ気でやってみたら、敷居の高さ位しかなかった。死ぬ気でやって、自己を否定して、自分の殻を破って大きな世界へ行く。

 

朽名:いやしの道協会は、はじめからいい事をしようというタイプよりも自分の情けなさをどうにかしようというタイプの方が継続しています。

 

横田:自分がつらいと患者のつらさが分かる。私は体が弱く、患者の悪い所が分かる。昔の弟子は頑丈な人が多かったから、鍼が下手だった。いやしはつらい体験をした人の方が入りやすい。

 

朽名:大浦先生も入門して20年以上になります。いやしの道とは何か伺います。

 

大浦:難しい質問ですね。学・術・道とありますが、道は行を通じて得られるもの。学・術、人のやっていないことをやり、それを通じて鍼灸の世界につながる。それが私の道。

 

朽名:看護師向けの「いやしの振る舞い学」という本を書いた。振る舞いとは、プレゼントであり、行動である。いまこの場で、僕は皆さんに言葉を振る舞っているが、皆さんも僕に態度、姿勢で振る舞っている。気の交流がある。鍼治療の場では、鍼を通じて術者と患者の気の交流がある。

 

横田:これからの希望としては、テキストと基本の型を次世代に伝えて欲しい。ただ、最近金儲けのためにやっている人がいて、驚いた。時代がそういうのを優先しているのかもしれないが、一隅を照らす人が増えていって欲しいし、そういう人の人生が明るく楽しいものになって欲しい。

 

 

 

◎14:45- 15:00 閉会の挨拶◎

 

座談会終了後、1回目の合宿からずっと裏方として、合宿の運営に携わってきた福嶋先生に記念品が授与されました。

 

福嶋:急なことでびっくりしています。10回もやると毎年のルーティンワークです。

朽名:では、20日回目までお願いします。

福嶋:(笑)

 

閉会の言葉は三輪先生です。

1回目、2回目の合宿は、僕と河原先生が司会をやりました。もう10回目という思いがあります。福嶋さん、坂井さん、中川さん、多くのスタッフの方、ありがとうございました。この先10年も皆さんと楽しく過ごせればと思います。

 

(文責:養母忠観)

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集合写真2018

 

| ◇合宿研修会 | 17:58 | - | -
2017年 いやしの道 合宿研修会

2017年9月17日(日)18日(月・祝)、第9回合宿研修会が行われました。

今年は55名の申し込みを頂きました。ご参加の皆様、誠にありがとうございました。
この日の為、毎年海外から駆けつけてくれるメンバーも勿論参加されました。
普段の勉強会ではなかなか顔を合わせられない方とも交流出来る、恒例の合宿です。

当日は、発達した低気圧が日本列島を横断した後すぐ大型台風が通過するという荒れた天候で、交通機関全てが大幅に乱れました。
その影響で生憎欠席になってしまった方あり、皆再会を楽しみにしていたのに、とてもとても残念でした。

 

○受付

今年は、茨城県守谷市にて開催。
守谷市は、つくばエキスプレスで秋葉原から約30分と都心からそう離れていないのに、利根川・鬼怒川・小貝川という3つの河川に囲まれ、水と緑に恵まれた豊かな土地です。
歴史も古く、平将門にまつわる「平将門と七人の影武者の墓」や徳川家康ゆかりの長瀧寺、徳川家の安全祈願を行なった寅薬師如来の祀られた正安寺や「家康・水飲みの井戸」など名跡も残されているそうです。

会場は「セミナーハウス デュープレックス」です。
施設の皆様には温かいおもてなしで、会期中は大変お世話になりました。
守谷米はオカワリで列ができる程美味しく、ゆったり大きなお風呂もムーディな照明で最高でした。

観光シーズン真っ只中の大型連休期間にも関わらず、こんな良いお宿を見つけ忙しい日々の中たくさん時間を割いて準備をして頂きまして、合宿スタッフの皆様に心より感謝です。

 

 

 

○静坐

いやしの道の勉強会では毎回お馴染みの静坐をして、高鳴る心を落ち着かせます。

 

 

○スケジュールの説明

濃密な予定の発表。

 


○会長より開会の挨拶

今年は特別に、現在では公の場ではご指導なさらない横田観風先生が参加される、とても貴重な機会となりました!
合宿参加記念ファイルの表紙に書かれた横田観風先生直筆の禅語『平常心是道(『無門関』十九則)』のお話。
「道とは平常心である」という。
その「平常心」とは、本来名など付けられない「認識を超えた心」、無限の時間、空間を有する宇宙のはたらきのままの心という意味で、仮に「宇宙心」と名付けよう。
…続きは(横田観風・講話集『鍼禅茶話』第一巻)をご参照くださいませ。
日常で使う「平常心(ヘイジョウシン)と、禅の「平等心(ビョウジョウシン)」とは違うこと。
さりげない日常の社会を自分という枠を超えて、宇宙的な心を持って生きるという意味と、限定の無い世界と限定のある日常の世界を自由に行き来していくことが、禅の目指すところというお話より、、、合宿の開会です。

 

 


○「気を放つ」から「気が至る」へ

?鍼灸もボディワークである、いう観点から朽名先生が鍼灸師になる以前より続けておられる気流法というボディワークで見出された法則性より、鍼灸師に必要なカラダ作りの試みです。

・「ハラ」とは何か

 いやしの道で強調される「ハラ」について

気海丹田に満ちた気が身体の隅々に行き渡り、そのまま指先まで伝わるようにし、結果として力では無い微妙な鍼の操作が出来るようになるという事。
医道の日本(平成22年1月号 「触れる語る」対談・横田観風×形井秀一)や、いやしの道 第七号(横田観風「ツナミ鍼あれこれ」)で語られている内容や、いやしの道の病気のメカニズムより、いやしの道の技の習得のメカニズムと題して6段階にまとめてお話下さいました。

・気を放つ(気の巡りの活性とリラクセーションをもたらす)

自分の前に広がる空間に身を委ねる、宇宙の広がりや遠くに想いや視線を放つこと、こちらとあちらをつなごうとする事から生じるエネルギーについてのお話。

「あまつかぜ」という気流法のエクササイズ他、様々方法で呼吸を意識してカラダ動かし、身体の中に流れる気を感じるワーク。
気の流れや膨らみをいかに感じ、それを鍼を操作する指先につなげ鍼先まで至らせる
か。ここでは気海丹田ではなく「ヤマカゲ」というツボを意識して、体幹と手をつないで自由にカラダを操る方法を教わりました。
良い治療を行う為、鍼灸師として重要なハラと呼吸。
手から発生し膨らんで鍼先に集まった気の弾力を、リアルに指先に感じることが出来ました。
大勢で行う「あまつかぜ」のエクササイズでは、魚や鳥の群れが一塊になって大移動する様に渦巻き、会場全体に迫力ある大きな気の波が起こりました。
カラダの内と外の境が無くなり、周りの空気に同化してしまった様な、ずっとやっていたい気持ちい〜い体験でした。
え?もうおしまい?いやいや、続きは明朝一番気流法(朽名先生)の時間に。
朝6時だヨ!全員集合〜♪

○いやしの道を学ぶことの意義について
いやしの道の鍼を学ぼうと思ったきっかけやイメージ、いやしの道に何を求めているのか等、皆が想うことや疑問について初学者へのアンケートを踏まえ、「いやしの道」を学ぶことの意義について、安田無観先生が垣間みられた「師の世界」のお話です。
達人の技や鍼の妙味極意について、稽古の進め方や治療の流れまで、鍼灸師として大切な心の在り方と鍼の上達方法について、先生の歩んで来られた道を伺いました。

いやしの道の創設者である横田観風先生の著書、「傷寒論真髄」「鍼道発秘講義」「経絡流注講義」「万病一風論の提唱」の四部録や、「鍼禅あれこれ」「いやしの道 機関誌」から、観風先生が言われる「無我」「無心」「手の内」「観の目」「守破離」などのキーワードよりお話は進みました。
四部録は一度では無く幾度も繰り返し読むと、自分の経験や年数、段階のよってみえるものが変わってくるのだそう。
とにかく何回も読むことが重要なのですね。

稽古については、下記に挙げられたチェックポイントが正しくできるようになる為、具体的に何を参考に勉強すれば良いか。
また、教えの通りに施術しても結果が出ない時はどうすれば良いのか、一人前の治療家になる為に重要な数々ヒントを頂きました。

【チェックポイント】
・診断は正しいか
・治療方針は正しいか
・経絡の選定
・生きたツボの選定
・鍼の技術は適当か

型を身に付ける為には何度も何度も繰り返し稽古をする事、そうしてこそわかる事や見えてくるものがあるようです。
そして基本の型がしっかりとカラダに染み込んだ後、型を離れるのが正しい順番です。
外国人の方に向けた勉強会をされる時「型を離れるのに何故型の稽古をする必要があるのか?離すなら最初からしなくて良いのでは?」とよく質問されるんだ、と安田先生はお嘆きでした。
日本人なら理解できるのが当然でしょうが、果たして本当の深い意味で現代日本人も解っているのだろうか。
この機に自ら問いかけます。

 

あまり想像つきませんが、、、安田先生にも初学の頃がありました。
雲の上の観風先生を見て、悩みながらも迷いながらも考え抜いて手の内を作って来られた過程を聞かせて頂き、各々が自分と重ね合わせて今何をすべきか、考えたのではないでしょうか。
修行の道を進む決して容易く無い厳しさと、信じる道と出会えた事の幸せを、同時に感じたひとときでした。

帰ったら先ず四部録読書の秋、ですね!

 


○グループ実技

指導者を含めた三人でひと組となり、実技稽古をおこないました。

会場いっぱいに広がり、それぞれ、いまある課題にとりくみます。

 

 

○夕食・自己紹介

こころ待ちにしていた夕食の時間。

 

 

前之園空観先生の乾杯の挨拶で、はじまりました。

 

 

夕食後、別のテーブルに移動し、自己紹介。
ひとりひとり、アンケートの回答について、朽名先生から質問を受けます。

 

アンケート「落ち込んだ時、へこんだ時はどうしますか?」

 

 

☆懇親会(自由参加)

自己紹介がおわり、懇親会のはじまりです。
合宿スタッフの方々が用意してくださったたくさんのお酒・おつまみ・ソフトドリンク、参加者から寄付されたお酒とともに、あちらこちらから、弾んだ声がきこえます。

・・・宴もたけなわ・・・天候不良の影響で遅れていた参加者が、鹿児島から、到着!
わー(拍手)

 

賑やかな時間は、夜更けまでつづきました。

 


○気流法によるからだほぐし

2日目(9月18日)、まずは、朽名会長による「気流法による体ほぐし」から始まりました。これは、朽名会長が長年やっている気流法のボディワークです。

まずは、大の字に寝て、膝を立てて左右に倒します。「ゆっくり動いて体の中で何が起きているのかを感じること。」

 

手足を天に向かって伸ばす。「気を放つように。」

しゃがみ、立ち、揺らします。「体の中の水を揺らすように。」「生きていることは振動していること。」
座って手を前後上下に動かし、そして体ごと左右に動かします。「自分を円相の中に入れる。」「遥か彼方から息をするように。」「渦を作る。」

目の前の(想像上の)蜘蛛の糸をつまんで上下に動かす。ハラと手をつなげます。

そして2人1組で腹診の稽古。「ゆっくり足の踵を下ろすように。」「ハラとつなげる。」

朽名会長のボディワークにより体は整いました。こうして合宿の2日目が始まりました。

 

○朝食

食堂で朝食。ベジタリアンの方用のメニューも用意されていました。

 

○「災害医療と地域医療」

三輪圓観先生の講義、「災害医療と地域医療」です。


三輪先生は、2011年に発生した東日本大震災をきっかけに鍼灸マッサージ師が被災地で被災された方たちを治療する
「災害鍼灸マッサージプロジェクト」を立ち上げました。
おとなりの方は茨城県常総市高齢福祉課職員の荒井信一郎さんです。
2015年9月の関東・東北豪雨で被災した常総市に三輪先生たちのプロジェクトが駆けつけた時にお世話になった方です。
今回講師としてお話ししてくださることになりました。

(三輪先生)

まず、なぜ災害支援を始めたか、というお話から始まりました。

2004年に中越地震が発生した時、まだ鍼灸専門学校の学生でしたが、何かできることはないかと被災地に行きました。
何かできるはずと駆け付けたものの、自身の都合で1日しか居ることができず、現地の方々と信頼関係を築くこともできずに帰ったそうです。
この時の苦い経験が「支援とは何か」を真剣に考えるきっかけとなりました。

その後2011年に東日本大震災があったときは安易に現地に行こうとは考えていませんでした。
ところが、ヒューマンワールド社から「災害時のPTSD」についての原稿依頼を受け、
まずは被災地に鍼灸マッサージのニーズがあるかどうかを確認し記事にしようと現地の社会福祉協議会に電話したところ、
「鍼灸マッサージのニーズはあります」続いて「いつ来ていただけますか?」と言われ、現地へ赴くことになりました。

なぜ2011年は受け入れられたのかを振り返ると、
中越地震のときは自分の思いだけで行動したのに対して、
東日本大震災のときはできるだけ相手の立場に近づこうとしたからではないかと考えているそうです。

現地では、避難所にいる被災者の方々への治療の一方で、
自らが被災者でありながら自宅の片づけも後回しにして避難所運営などの激務にあたる市役所職員の体調不良を発見しました。
これを現場の医師団へ報告したところ、職員のケアまで手がまわらないということで、鍼灸マッサージ師で対応していくことになりました。
鍼灸師にはまだ珍しい、他の医療職と共に働く機会を得ることとなったのです。

今回「災害医療と地域医療」というテーマで話をしていますが、
災害の中で経験した他の医療職との協働の有効性や、被災地にもともと課題としてあった医療の問題は、
私たち鍼灸師がそれぞれ住んでいる地域の中でも同様であり、
鍼灸師も多職種の中で働いたり、地域の課題を共有していくことが重要であると感じています。

鍼灸師も本来地域の中の存在であり、鍼灸師が地域医療に組み込まれることで、現在の医療では手薄な部分で助かる人が確実にいると思われます。
鍼灸にとっても、国民の受療率は4〜6%で推移しており特にここ数年は減少傾向なのですが、
私たちが今回のような場で素晴らしい技術の研鑽を積んでも、鍼灸を受ける人がいなければ廃れていってしまうでしょう。

さて、災害医療には5つの特徴があります。

?全ての患者さんが初診である。
これは外部から支援に入った医療職は医師も鍼灸師もみな同じですが、日常を考えると特殊な状況です。

?医療器具の不足。
通常病院に備わっているCTやMRIといった検査機器をはじめ、医療機械は使えないか、圧倒的に足りません。

?その場で多職種連携が図られる。
様々な職種のチームが集まり、ほぼ初めましてという関係です。

?手や目の行き届かないこともある。
被災職員への支援が典型例ですが、
東日本大震災では医師による治療の必要な患者さんが約6千人であったのに対し、
避難者は40万人いて、いつ医師が必要となる状態(=災害関連死につながる状況)になるかわからず、予防や早期発見が重要でした。
また、避難所生活者はコリや痛みを訴えることが多く、これらの訴えには医師よりも鍼灸師の方が対応しやすいです。
また、医師に比べてまとまった時間患者さんに接する鍼灸師は情報もとりやすく、中には重篤な疾患を発見して報告するケースもありました。

?従来の地域医療の問題点が顕在化する。
東北地方はもともと高齢化が進み、医療過疎地域も多く大変だったのですが、震災でその問題が浮き彫りにされたという経緯があります。

この中で???などは被災地に限らず、地域医療でも同様の課題として解決の必要のある可能性があると考えられます。

以上のように、災害医療を契機に地域医療についても考えるようになり、
治療院を開いている地元の自治体が主導する災害時看護職等ボランティア制度に登録するなど、
地元の医療に積極的に関わるようになりました。

地域医療といえば、全国共通の課題は高齢社会です。
治すことが中心だった20世紀のCureの医療から、21世紀は治らないことを前提に生活を営んでいくCareの医療へ移行しつつありますが、
これは被災地でも「最高は最善ではない」という、目の前の方に適した医療を提供する姿勢と共通するものがあります。

主に高齢者のケアのために多職種連携を実現させている仕組みに「地域包括ケアシステム」がありますが、
これについては常総市高齢福祉課の荒井さんが詳しいので、災害の話と併せてお話してもらえればと思います。


(荒井先生)
2015年の関東・東北豪雨のときの話ですが、
大雨、川の水の越水により、避難所を開設しました。
やがて堤防が決壊して水海道の庁舎が水没しました。
次の日に停電が発生して、何日かして水道が止まりました。この状態が2週間続きました。
災害はあちこちで発生して、市職員も被害に遭い、業務をこなしつつ、自宅の片付けもままならないありさまでした。

高齢福祉課としては、介護保険利用者やひとり暮らしの高齢者などの状況を把握し、ケアをしました。
常総市の職員だけでは足りず、民生委員や社会福祉協議会、日本財団等の団体等の方々や他の自治体職員に協力していただきました。

地域包括ケアシステムについて、
これはケアの必要な方を地域で対応しようというもので、
国、県、市町村は社会の高齢化に伴いさまざまな取り組みをしようとしています。
以下の4本柱を持っています。

?在宅医療・介護連携
地域の医療介護関係者による会議、研修を通じて協働を促す。

?認知症施策
早期診断・早期対応。認知症の型本人の意思の尊重される地域の構築。

?地域ケア会議
多職種協働による個別事例の検討などを行い、
地域のネットワーク構築、ケアマネジメント支援、地域課題の把握等を推進。

?生活支援の充実・強化
生活支援コーディネーターの配置や協議体の設置等により担い手やサービスの開発等を行い、高齢者の社会参加及び生活支援の充実を推進。

自治体が何をするにしても必要なのは、地域の人の協力です。
災害を通じて感じたのは信頼関係をつくることの重要性。
鍼灸師の方々は、日常の中で地域の方々と信頼関係を築いており、その関係性を活かして各地域で
高齢者に対する取り組みに参加していただけるとありがたいです。
また、新たな取り組みを始めたい場合にも、各自治体で相談に乗ると思いますので、
積極的に連絡していただけるとありがたいです。

(受講者より質問)

?地域包括ケアシステム、鍼灸師は参画できていないのが現状ですが、どのような手順をとれば協働できるでしょうか?
→ 関係者と信頼関係を作っていくことが大事です。1歩踏み出すことが大切。
鍼灸師として、患者さんの状態と鍼灸による効果を関係者に報告し、連携していくことが必要だと感じます。
また、地域の方々と一緒に高齢者にどのようなニーズがあり、どのような取組が必要なのか、さらに地域で
どのようにその取組に関われるのかを発信してもらえると助かります。

?学生ですが、地元の自治会の手伝いをしているうちに地域とのつながりができて、
地域包括センタ―の催しに参加するようになりました。
知り合いの鍼灸師の先生を紹介し、介護予防運動の講座を開いてもらいました。

最後は
「私たち鍼灸師が被災地や地域でできることは本当にいろいろあります」と締めくくられました。

 

 

○<万病一風論的治療>を手ほどきする

横田観風先生の「万病一風論的治療を手ほどきする」です。

「しゃべることがないので、実際にやってみせる。」と実技を示されました。

患者は、吐き気を訴えました。夕べ食べ過ぎたようです。
腕の生きたツボから引き、お腹を緩め、肝から上衝しているのでそれをさばき、首のリンパ節をあたり、首・背中に散鍼、左足に引きました。

 

資料についても少し説明されました。

「毒性化が強いというのはどうすれば分かる?」

―― 触ってみて、手に何か嫌な感じのするところが毒性化が強い箇所だと思います。

「毒性化が強いところは、毒を受けて神経が興奮しているから痛みがある。あなたが言ったのは、毒としてはおとなしい状態だ。」

 

その後、いくつかのグループに分かれて実技の稽古を行い、先生は適宜指導されました。

 

 

○昼食

 

☆休憩中

 

 

○座談会「うつ病を語る」

今年の座談会のテーマは「うつ病を語る」です。司会進行は朽名宗観先生、スピーカーは福嶋青観先生、石部愚観先生、乙重潭観先生、三輪圓観先生、大浦慈観先生でした。

各先生方には順にお話しいただきましたが、ここではその内容をまとめて紹介させていただきます。うつ病に関しては、下記のようなお話をしていただきました。

・身体の極度の冷え、メールのやりとりが苦痛などの症状。後に、それが「冬季うつ」だと判断した。様々な試行錯誤で改善方法を模索している事例。

・大学時代に引きこもり、抗うつ剤、睡眠導入剤、アルコールを常用するようになった事例。後、双極性障害になる。ある時、姉の知人が主催していたテント芝居を観て感動。その座長さんの言葉「人のために働こうよ」が心にひびく。精神障害者の作業場で働くうちに、自分が変わっていった。座長さんに「人のために働くって『自未得度先渡他』ということですか?」と聞いたら「その通り。なかなか解ってもらえないんだよ」と。そのとき滝のような涙があふれた。それを期に双極性障害が治った。

・患者には「先をみるのではなく、次の一歩をみるように」「力を抜けばいい」「精神力は筋肉と同じ。筋挫傷したら、ゆっくりリハビリする。精神障害もゆっくり休みながら治せばいい」と伝える。

・うつ病患者には「がんばれ」というのは酷であると言われている。だが、ただ「がんばるな」というのではなく、がんばる方向性を示してやることが大切。「がんばり過ぎないようにがんばる」ことが大切。

・心の問題だけではなく、身体からの影響で、うつ病になっている部分もある。

・うつ病患者は、元気になり始めたときに自殺のリスクが高まる。9.11など、事件によるショックが引き金になる場合もある。

・昔は、うつ病も鍼灸で治せると思っていたが、今は治そうとは思っていない。身体の方を立て直すことで良い影響があると考えている。薬で中枢神経が鈍らされ、横隔膜が硬くなっている。腹にはガスがたまり、邪熱が内にこもっている。それをうまく治療する。ケースバイケース。周りのサポートが重要。


また、マタニティブルーの事例として、下記のようなお話をしていただきました。

・一日中、子供の世話をし続けていると昼夜の区別がつかなくなるくらいに大変。「電車の線路に飛びこめば楽になる」と思ってしまうときもある。

・喘息の治療でステロイドを使わざるを得なく、授乳ができなくなった事例。年代によっては「授乳するのが当り前」という認識があるかもしれないが、授乳は献血と同程度の大仕事。それを毎日やるのだから大変なこと。

・心身ともに限界のとき、鍼灸師の「こんな体で、今までよくがんばりましたね」という一言で心底癒された。

・お母さんが元気な方が、子供も夫も嬉しいはず。お母さんも、ぜひ自分の身体のケアにお金と時間を使ってほしい。


三輪先生からは、うつ病に関する疫学、種類、診断基準、原因、精神症状と身体症状の詳細などについて、パワーポイントを用いてお話いただきました。10月の月例会では、精神疾患の症例を発表してくださるそうです。


最後に横田観風先生にまとめのお言葉をいただき、座談会は終了となりました。


非常に濃密な座談会でした。貴重な勉強をさせていただきました。心の問題は、一人一人異なるバックグラウンドがあり、異なる人間性が基盤となって生じているものです。医学的知識を踏まえつつも、ケースバイケースで対応するしかありません。朽名先生がご指導くださった「腹同士のコミュニケーション」が重要なのだと思います。スピーカーの先生方には、個人的な体験談やデリケートな事例について、多くをシェアしていただきました。勇気のいることでもあったかと思います。心から感謝申し上げます。

 

○閉会の挨拶

副会長の堀雅観先生が閉会の挨拶をされました。

いやしの道の目的は「世の一隅を照らす」ことです。医療者としては、当然の目的ですが、初心を忘れないためにあえて述べさせていただきました。私達が学術道の研鑚をするのも、全ては世の中を明るくするためです。

朽名先生のご指導はまさに学術道の根底にあるものに気づかされる内容でした。

安田先生の講義では、いやしの道の奥義を垣間見させてくださいました。

横田先生は、創始者自らの実演をしてくださいました。

三輪先生と荒井先生の発表は、まさに世の一隅を照らす事例そのものでした。

座談会での学びも、それに結びつくものでしょう。

これらのプログラムが皆様の癒しの糧になれば幸いです。最後に幹事の皆様、本当にありがとうございました。そして、この合宿に関わってくださった全員のお蔭で、この素晴らしい二日間がつくられたと思います。有難うございました!

 

 

 

 

(文責 田原 養母 堀 小池    写真 中川 三輪 伊藤 田原 堀 小池)

| ◇合宿研修会 | 11:51 | - | -
2016年いやしの道合宿研修会

2016年9月18日(日)、19日(月・祝)に毎年恒例の合宿研修会を行いました。

今年は総勢48名の方々にお越しいただきました。

誠にありがとうございました。

 

今回のブログ記事は、豊田先生、伊藤先生、養母先生、写真は坂井先生に担当していただきました。

 

○受付
昨年までの合宿会場である東京本郷の朝陽館が閉館されてしまったので、東京を離れ、神奈川県大山のたけだ旅館に移ってまいりました。
大山は神奈川県伊勢原市・秦野市・厚木市にまたがり、古くから山岳信仰の対象にされてきました。山頂に阿夫利(あふり)神社の本社があり、中腹に下社と大山寺があります。
中腹まではケーブルカーがあり、参道には土産物屋が軒をつらねています。
観光にもとても良い地ですね。
阿夫利神社は別名雨降り(あふり)神社ともいい、雨乞い信仰の対象でもあります。
台風と秋雨前線の影響で雨が降りしきる中、美男美女、日本列島南は鹿児島、海外からは地球の裏側ブラジルからの参加者が会場に集います。

 

○静座
合宿、講義に入る前に静座で気を静めます。
日常と違う環境、旧友との再会、1泊2日の合宿への期待などで浮ついた気を静め、学問を行うための身体作りです。
結跏趺坐、半跏、正座等々、それぞれご縁のある坐り方で20分という時を過ごします。
深くゆっくりとした呼吸をして、気を落とし肚を練っていきます。
『汝等諸人、此山中に来たって道の為に頭を聚む…』(興禅大燈国師遺誡より)

 

 

○会長挨拶
今回はいやしの道協会合宿始まって以来の事があります。という会長からの衝撃の言葉が!
答えはCMの後……にはなりません。ご安心下さい。
「観風先生が出席されない合宿は、今回が初めてです」
な、なんだってー!!
「そのことを、今知った方、手を挙げて下さい」
(数人が手を挙げる)
「えぇーーっ、本当ですか?」
「今年、横田先生出席されないんですけども…、そのこと(先生が出席されること)を期待されていました?」
「いえ…」
(会場笑)
「先生が出席されなくても、いままで以上に充実した会にするべくスタッフ一同準備してきておりますので、そのつもりで合宿に参加していただきたいと思います」
ここで朽名会長から禅語の話がありました。
『降雪片々不落別所』
「落くべき所に落ち着いているということです。
我々治療家の仕事というのは、患者さん一人一人に落ち着けるような場の設定をするというのが大事な役割としてあります。
その前に我々自身が落ち着いていられるかというのがあります。
合宿のプログラムを全部を終えて、ああ此の場所の落ち着いているなと思えるのなら、その方にとって充実した合宿であったと言えると思います。」

『日々是れ工夫、鍼の道』
いやしの道協会顧問:大浦慈観先生講演

いやしの道協会顧問 大浦慈観先生の講演は上記のタイトルで行われました。
筆者のような新参者は、会長から顧問になり、杉山真伝流の大家である大浦先生の事しか知りません。しかし、その大浦先生も日々臨床で悩み、工夫を重ねているというのです。
「私でもいまでも常にいろんな事を工夫しながらやり続けているのが現状でして、やればやるほど奥が深いというのが鍼の世界だと思います。」
「日々の工夫って大切なところで、私がこの会に入って一番注意されたところは身体の姿勢であったりとか、横田先生もおっしゃってますけど、鍼の先から気がでているかとか鍼と身体が一体になっているかどうか。鍼が自分の一部となって使いこなせているかどうかというのは大事な問題ですよね。」
ここに当日のレジメの一部を載せておきます。
・鍼が身体の一部になっているか?鍼先が自分の眼と同じものになっているか?
・心と気合いの鍛錬の必要性。
・脈診・舌診・腹診をして、患者の身体のイメージができているだろうか?
・患者に対し、自分の鍼灸の手技や言葉掛けは、真実だろうか?
・だからこそ、最後には自分は鍼灸の治療家として、胸を張って生きてゆけるだろうか?
いかがですか。
参加された方は、内容を思い出し、参加されてない方は来年参加したくなりましたか?
来年、2017年も9月に合宿が行われる予定です。
いまから予定をあけておきましょう。
後半は、モデル患者を治療する大浦先生のデモンストレーションが行われました。
「気の通し方というか、いろんな鍼の手技とかやり方というのがあると思いますけど、僕が最近一番大事にしているのは、一本の鍼で自分が何をしようとしているのか、明確に考えながらやるようにしています。」

東西医療の交流
石井 道観先生
西洋医学的臓器と経絡流注や東洋医学的臓腑学説を一体とするにはどうするか。
機関誌『いやしの道』16号に石井先生の記事があります。
「観風先生の万病一風論の中で僕が一番惹かれたのは、『病気のメカニズムの段階的把握、西洋医学的臓器、部品と重ね合わせれば東西医学の調和となる』。いやしの道協会に入られている方は、気の操作とか、邪、毒だとか日本的な東洋的な話というか、そういうものに興味を持たれて入られた方が沢山いると思うんですけども。観風先生の万病一風論を使えば、西洋医学とも調和させることができるということが書かれていまして、私はそこに非常に惹かれましてやってみようと思い観風先生の所に通い始めて今日に至ってます。」
東洋的なこと、傷寒論、経絡流注、五臓六腑、東洋医学的なことを理解するために初めはどっぷりとその世界に浸かったそうです。しかーし、当時は観風先生が傷寒論の講義をするだけで、誰も説明をしてくれなければ、誰も教えてくれなかったそうです。ほぼ独学状態で勉学を続け学問をして、必死についていったそうです。
石井先生は、元々が疑り深い性分で、散鍼も引き鍼も納得が出来ないところがあり、疑いながら使用しても効果が出なかったそうです。自然、臨床でも使わなくなる。
散鍼とはなんだ、引き鍼とは何だと疑問を解決して納得するために、西洋医学的な視点から考えていくうちに自分自身で納得できる、腑に落ちる体験があったそうです。
東洋医学的な腹診所見から何が見えてくるのか。西洋医学的な臓器としてはどうなのか。それを結びつける試行錯誤を講義していただきました。
その一部、肝について載せてみます。

肝 東洋       西洋
  疏泄、      肝臓と脾臓の働きの一部
           代謝(糖、たんぱく質、脂質)
           免疫の作用の一部
  藏血       脾臓(運動中不足分の血液を供給)
  主筋       たんぱく質代謝(アミノ酸産生)
  華は爪      たんぱく質代謝
  目に開竅     臨床症状と精密な作りから
以上はレジメをそのまま載せただけです。
実際の講義では、レジメを元に東洋医学的な概念としての臓と、実際に存在する部品としての臓器をつなぎ合わせるために、解剖学、生理学の書物も読みあさったそうです。
現在もいろいろな先生方のツッコミを受けながら、試行錯誤を続けているそうです。
この内容は、2017年春発売予定の『機関誌いやしの道』17号に掲載予定です。
興味のある先生は、いまから予算を確保しておきましょう。
(文責:豊田)
休憩タイム♪

 

○初回グループ実技
一日目16時半より一時間半の濃厚な実技時間の開始です。

50名近い参加者で大広間は始まる前から熱気ムンムンです。
事前に組み分けされた初・中伝の参加者二名程度に正教授の先生が指導に当たってくれます。
基本、チェックシートの点検項目、自身の臨床上の課題なりを伝えて、実践後アドバイスをいただきます。
周囲も観察してレポートしたかったのですが、自分達のことで手一杯でした。


ですので、中伝2人とU先生指導の実録レポートです。
一人あたり40分の持ち時間、相手の主訴を治療しつつ正教授からの指導を受けます。
中伝も終盤に近づくと診察手順や治療の正確さ、スピードを求められ、かつ鍼管なし三番鍼での施術で
かなり追い込まれます。
私の場合、相手が初めて診るリアルな運動器疾患だったので、かなり手こずりました。
分からないなりに、受傷時の状況や動きの不具合から患部を絞り込むこと、蝕知をしながら患部を探す方法など丁寧に教えていただきました。局所の解剖知識も欠落、よくある運動器疾患とのことで不勉強が身にしみました。
臨床では一発勝負。指導教官から発せられた(痛みがとれた時の)「感動」と「エッセンス」という言葉がずっと耳に残りました。まだまだその次元までの道のりが遠い・・。
相手から受ける治療も本当に参考になります。どんな見立てでどんなアプローチをするのか、そしてどのような状態に変転するか?自分だったらこうする!のシナリオに赤ペンで校正をしていくと、治療が上達するように感じます。
とにかく冷や汗かきっぱなしの一時間半。。

○夕食&自己紹介&懇親会
待ちに待った夕食タイム。いつもは合宿の講義や実技がメインディッシュ。なので、そんな豪華な旅館のご飯は期待できないのですが、とてもとても美味しかったです。

 


献立はお刺身、揚げ物、お豆腐(大山豆腐?)茶碗蒸し、小鉢、お味噌汁、お漬物。
旅館のきどったのじゃなくて、食べると体に染み渡るような、そんな感じの美味しさです。
特にお味噌汁!みずみずしいのにちゃんと出汁が主張してる。


今回の自己紹介のお題目「おふくろの味といわれたら?」と何か関連してくるような偶然。
おふくろの味と言われて、味噌汁という方、比較的多かったですから。
少し世代が離れたり、また各家庭でも、いろんなおふくろの味があるものだと、感心していました。


もう一つのお題目「12歳の自分に一言!」についても「そんな幼少期でしたか?」とか「なるほど、延長線でここまできちゃったのね。」とか、思いながらニヤニヤして聞いていました。
毎年このような自己紹介を、ほとんどK先生の趣味の時間だと思っているのですが、こんな自己紹介も相手の人となりを知るのに丁度良いのかも・・と思った次第です。


そして夕食&自己紹介は最後に巻きが入る形であっという間に終了。

 

○懇親会

食器を片付けて、そのまま懇親会へ突入しました。
いつもは他支部で活躍されている先生方と交流できるのも合宿の楽しみのひとつ。
今回はNさんが連れてきてくれた、ブラジル人参加者もいらっしゃって、なんだか華やかです。
みんな好みのお酒を飲みながら、和やかな時間が流れています。
そして一組、二組と治療が始まる。(酔拳ならぬ酔鍼!)あるところでは臨床や文献の話を真剣にしている。
お酒が入って緩んでも、「やっぱり鍼がすき♥」
うちの会は鍼バカばっかだけど、本当に良い会だと思う瞬間です。(失礼がありましたらお許しください(^^;)
そして夜も更けて、やっぱり宿の人に促されて宴は終了したのでした。

(文責:伊藤里香)

 

2日目(9月19日)

 

○気流法による体ほぐし

まずは、朽名会長による「気流法による体ほぐし」から始まりました。これは、朽名会長が長年やっている気流法のボディワークです。「自分の体に出会う、気付くことが大切。」(朽名会長)初めは畳の上に仰臥位になり、ゆっくりと体を動かし、脱力し、自分の体に意識を集中させます。「ゆっくり動いて体のつながりを感じる。」(朽名会長)やがて坐位になり立位になりボディワークは進みます。普通のスピードなら何も問題のない動作でも、ゆっくりやると自ずと自分の体を意識します。「ゆっくりした動きを続けることにより気を感じ取れる体になる。」(朽名先生)普段からやろうと思いました。

 


万病一風的治療と胸部の腹診所見 〜鍼灸臨床に生かす傷寒・金匵〜

堀 雅観先生
江戸時代の医師、奥田鳳作の「長沙腹診考」をベースに胸部の腹診所見について講義をされました。
・ 万病一風的治療の眼目は「寒熱虚実を調整し、毒の排出を促す」である。
・ 胸部の腹診所見の主な要素は胸中の邪熱である。
・ 生命状態のイメージを細部まで明確に描くことで、より高い効果を出すことが可能。
しかしながら、資料にある記述をそのまま頭に入れるだけでは臨床に活用できない、ということで臨床に活用できるよう情報を整理されました。
まず、心煩、心悸、心気不定、心中懊悩、胸満、胸痺、結胸と胸部所見の概要を話されました。
質問「胸脇苦満は?」
答「今回は膻中付近の症状についてまとめました。」
「胸部所見の特性一覧表」を作成され、自覚症状、他覚所見、邪毒・寒熱虚実に注目して腹診所見を確定する方法を示されました。例えば、「煩わしさ、イライラ」「不眠」「胸苦しさ」「邪熱」「気の結ぼれ」があれば「心煩」と判断できるわけです。
質問「かつては、目の前の患者を師匠が診て、弟子に示したと思うが。」
答「それができればいいが、そうもいかない。定義しにくい腹診所見を各症状から判断できるよう表を作成した。」
基本の型に準じて診察すれば、患者の邪毒や寒熱虚実を把握することができ、患者の現在只今の生命状態を把握することができるが、それは静的イメージであり、それを頼りに治療をすると異常のある部分に片っ端から手を付けていく治療になりがちである。それに対し、どのようなメカニズムで現在只今の状態に到ったのか動的イメージを描けば治療のポイントとして肝心なところに気づきやすくなり意図が明確な無駄のない治療ができるようになる。
鍼灸治療の目的は、邪気を瀉す、真気を補う、熱を冷ます、寒を温めるの四つである。患者の抱える異常な状態に対応した治療を施せば、病的状態を保っていた均衡が破られ、快方に向かう。その際、患者の生命状態を細部までイメージできれば、そこからどのように治癒に導くべきかが、より明確にイメージできるようになり、治療効果高まる。どのような患者に対しても明確なイメージが描けるようになることで、対応できる患者の幅が広がる。
万病一風的治療は、古方派の教えに基づいて患者の生命状態をとらえ、鍼灸によって治療を施す方法である。古方派の原典は『傷寒論』と『金匵要略』である。従って、万病一風的治療を為すことは、既に傷寒・金匵を活かしているということになる。その活用度合いをさらに積極的にするためには、各自が学びなおし、傷寒・金匵のエッセンスが具体的にどう鍼灸と結びつくかを明確にすることが必要と考える。そのうえで為される鍼灸治療は、言わば「先人の同意を得た治療」である。EBM(evidence based medicine)というと通常、科学的根拠に基づくことを意味するが、ここで述べていることは伝統的根拠を得るということである。そうすることで、確固たる自信をもって治療にあたることができるようになる。

グループ実技
入門、初伝・中伝、一般に分かれ各グループに指導者が付き、入門は腹診を初伝・中伝、一般は稽古用紙を用いて稽古を行いました。
前之園先生は、ブラジルから参加した3人に腹診の指導をしました。ブラジルの鍼灸は、中医学が主ということで、慣れない腹診に戸惑っていました。前之園先生は、姿勢を正す、リラックスする、丹田に集中することを繰り返し示されました。

座談会「今どきの子育て事情」
司会:朽名宗観
座談者:海野流観、石部愚観、三輪圓観、福嶋青観、村田底観、牛尾宣子
まず、朽名会長のお話しから始まりました。「今回のテーマは直接医療には関係ないが、治療の土台にはなる。親の心身の状態は子に影響するし、逆に子も親に影響を与える。かつて機関誌『いやしの道』に取り上げてほしいテーマを募集した時、女性の先輩が『母と子の治療』を挙げていた。今回、こういう形で取り上げることとなった。」あらかじめ示しておいた話題に沿って、座談者がいろいろお話しをされました。
1.症状の背景に育ち方や家庭環境の影響が色濃く反映していると思われる患者さんと出会っていないか。
・ アトピー性皮膚炎の男性。ひどくなって仕事ができない。胸が詰まって開かないと言う。話しを聞くと父親が厳しい人で、暴力をふるっていた。今も会話はない。その父親がアトピー性皮膚炎の原因だと思う。
・ 小さい子は親の影響を受けている。影響を受けていない子はいない。疳の虫が強くて、母親の腕に噛みつく女の子がいた。首、肩かちかち。お腹、ガスでいっぱい。治療しながら「大変だったね、我慢したね。」と声をかけると母親が泣きだした。夫婦仲がわるくて喧嘩が多いが、子供には見せられないので、子供が寝てから喧嘩しているとのこと。子供は勘が働くので、ちょっとした母親の緊張や不安に勘づく。全身がセンサーで親の心を読む。親が不安になると子供も不安になる。
2.自分の親と親になった自分を比較して、思うことはあるか。(男性の場合、母と妻を、女性の場合、父と夫を比べてしまうことはあるか。)
・ 母と似ているなと思う。主人は、私の父に似ていると思う。
・ 親と私、性格、仕事、時代いろいろ違うので、比較したことはない。
3.「人類は子育てを集団で行うよう進化してきた」と言われているが、核家族化してそれが難しくなっている。夫の子育てへの協力をはじめとして、どのようなつながり中で子育てをしてきたか。
・ 自分と主人、双方の親は離れて暮らしていたり、高齢だったりして協力してもらうのは難しかった。そこで子供を保育園に預けた。保育園のママ友が頼りになった。ママ友に子供を預けたり、預かったりして、大きな家族のようだった。
・ 子育てには積極的に関わった。寝ている時に子供がぐずると私があやした。妻は寝ていた。住んでいた集合住宅に同じ世代の子供を持つ親が何組かいて仲が良かった。広場で一緒に遊んだり、パーティーを開いたり、スキーに行ったりと濃厚な関係を築いていた。
・ 僕が寝かしつかせることが多かった。子供とリズムを合わせ、気を落として、寝かしつけた。
・ 夫は、仕事が忙しくて、ほとんど子育てに関わってこなかった。両親やまわりの人が手伝ってくれたので有り難かったが、悩むことも多かった。夫がいると、夫の世話もしなくてはならないので、いない方が助かった。
4.子育ての知恵や困った時の対処法をどうやって得てきたか。子育てに役立ったオススメの本、場所などはあるか。
・ 保育園。子育てに困っている母親が治療院に来るが、保育園を勧める。
・ 妻が子供のころお世話になっている小児科を頼った。ママ友情報も役に立った。
・ 子育ての本を買ったことはない。小児科の医学書なら買ったことがある。
・ いつも困っている。年輩の患者さんが相談相手。
・ 無頓着な母親、神経質な母親、両極端に感じる。無頓着な母親は、首のすわっていない赤ちゃんの首がぐらぐらしていてもお通じが一週間なくても気にしない。甘い物は良くないと知っていて、お茶を与える母親もいる。カフェインの摂り過ぎは良くないのに。神経質な母親は、マニュアル世代で子供の取り扱い説明書を求める。育児書をよく読み、情報に振り回されている感じがする。
5.子供が病気になった時にどう対処してきたか。
1)発熱した時はどうしてきたか。
2)予防接種についてはどう考えているか。
3)子供の体調不良の見抜き方。
・ 発熱で病院にかかったことはない。熱は日々出る、小児鍼で熱っぽいところを取る。桂枝湯、葛根湯、麻黄湯、小青龍湯与える。熱が40℃を超えてぐったりしていたら、病院に連れて行こうと思っている。予防接種は、海外に行く機会が出てくるので受けさせている。
・ 高熱になる前に治してきた。それでも熱があったら、解熱剤を使った。漢方薬も飲ませた。予防接種は、打つリスク、打たないリスク比較して、打たなかった。
・ 1年に1回は熱が出た。子供が小さい頃は鍼灸師ではなかったので、鍼灸はやらなかった。
・ 子供は、何かあったても何も言わない。妻が看護師なので、病院に連れて行った。予防接種はすべて打った。子宮頚がんワクチンも打った。
・ 子供の疳の虫は予防接種が切っ掛けになることもある。予防接種により子供の体の中の毒が動いて、体の中が戦争状態になる。ざわざわする。眠れなくなる。
・ 予防接種は受けていない。効果があるという説とないという説がある。一度案内が来たが、行かなかったら、それ以降案内が来なくなった。
・ 患者さんから予防接種受けた方がいいかどうか聞かれるが、答えにくい。
・ 子供の体調不良は、においや汗のかき方で分かる。
・ 体調が悪くなるとあまり食べなくなる。見ていれば分かる。
・ 勘です。何かいつもと違う。なお、熱が出ていても、機嫌のいいときは熱はひどくはならない。
6.男女の役割の違いがなくなりつつある現代において、母親と父親の役割の違いをどの様ように振り分けたら良いのか。また、特に最近母親に変化は起っていないだろうか。また、父性についてはどうか。こういうことを夫婦間で話をすることがあるか。
・ 母親、父親の役割は違う。母親は守ってくれる人。父親は外につながる人。ある程度の年になると母親のお小言は聞かなくなる。
・ 母親は、べったりスキンシップをとっていた。自分は、子供が近所の子供と遊ぶとき安全に配慮するなど母親のできないことをやった。
などなどのお話しがありました。

閉会の挨拶
閉会のあいさつは三輪副会長です。
「師匠から弟子に伝える。過去の資料から学ぶ。両方とも大切なこと。ここはその両方ができる場所。鍼灸には長い歴史があり、その流れの中で、いま施術している。しっかり学んで、施術に生かしていきましょう。こういう機会を設けていただき、スタッフのみなさまにお礼を申し上げます。」
○記念撮影
(文責:養母)
ブログ記事担当:豊田先生、伊藤先生、養母先生
写真担当:坂井先生

 

| ◇合宿研修会 | 15:53 | - | -
2015年9月合宿
 10/8 実技指導の記事を若干修正しました。)

 残暑に続いていた雨もおさまり、朝晩に涼しさを感じるようになってきました。
 いつのまにか9月も半ばを過ぎ、いろいろな思い出を彩るように、彼岸花が咲きだします。

 そんな頃、恒例の夏合宿を20日(日)から21日(月)にかけて行いました。
 今年でなんと七回目、今回は最多の53名の方々にお越しいただきました。
 誠にありがとうございます。

朝陽館
 場所は今年も本郷のオアシス、朝陽館様です。

AMの幹事
 幹事は午前中から打合せをされていたようです!

 では、今年も参加者数名にブログ記者となって頂き、レポートをお届けしたいと思います。

【 開会のあいさつ 】

マスター
 司会進行もスーツを着込み、いつもより気合いが入っています。

 どうも「皆、作務衣を着ている」と思われがちですが、カジュアルなものや、ラフなものもあり、それぞれ居心地の良いものを着ています。


 「秋は収穫といった収めるシーズンなので、皆にとっても力を蓄える機会になると良いです。」という会長の挨拶でした。

【 講演 「鍼による『気』のつながりへの導き」 】

 まずは「鍼による『気』のつながりへの導き」と題して朽名会長にお話しいただきました。

 朽名会長は30年来、気流法で体づくりをされており、その体を生かして鍼をされているとのことで、そのあたりのお話をして下さいました。

 まず能楽師の梅津只園の話から、重さを感じることにより気を感じる体になるとのこと。それには法則があり、リラックス・リレーション(つながり)・リアライゼーション(実感する)の三つで「3R」といわれる。これら三つは同時にあり、三つ巴の状態にある。この状態を実現するにはゆっくり動くこと、fragile(壊れ物注意)な体の扱い、小さな動きから多くの微細な情報を感じとることが必要となってくる。
 そして、カラヤン・阿波研造・双葉山・ジェリーロペス・棟方志功らの話から集中とリラックスの大切さを説明下さいました。「大きな集中をしようと思えば、大きな広がりと繋がっていく必要がある。」
 次に山岡鉄舟の剣術の話から、「ユルリト行ケバ形如図先ニヒロガリテテキニツウズ」とのことで鍼灸師も鍼を打つ時はゆるりとリラックスしていなくではいけない。そして地球とつながっているという事を自覚しよう、とのことでした。
 また、太極拳の発勁は呼気時にするとのことで、これは刺鍼時も同じであること、気に敏感すぎる人は丹田と正中線の養成が重要であるとのことです。

 そして後半は実技に移り、自分を滝だとイメージしたり、手を伸ばして雲を突き抜けるイメージをしたり、仙骨を意識して動いたり、自分を水の袋だとイメージして歩いたりなどしました。みなさん微妙な感覚を感じることができたでしょうか。

会長講演1
 エイッ。

会長講演2
 ヤー!


 トー!

【 講義 「井穴刺絡と『鍼道発秘』」 】

 合宿講義第1弾は、海野先生による『鍼道発秘と井穴潔刺絡』の題で行われました。

 刺絡といえば三輪東朔です。
 三輪東朔を始め、古典的な刺絡療法の系譜と使用される経穴の解説がありました。
 中でも、郭右陶、張従正、黄帝内経(前漢)の中に「十指間」という記述があるが、詳しくどこのことか分からない。本間祥白氏の『鍼灸実用経穴学』の中に十指間の記述がみられること。さらにこれをヒントに井穴の位置や指先の流注の新解釈の可能性へと展開しました。

 いやしの道の四部録である『鍼道発秘』の中にも刺絡の記述があります。刺絡を用いた治法と用いない治法、続いて井穴刺絡の紹介があり、まとめへと入ります。

  ☆刺絡とは、所謂「毒」を出し、邪を瀉すことである。
  ☆井穴刺絡とは、引き鍼である。
  ☆鍼治療とは、実にも虚にも対応(実を瀉し、虚にアタックする治療である)

 さらに、海野先生が研究中の経絡流注の新解釈のお話もありました。それはどのようなものか。参加者だけの特典です。
 今後研究がまとまり、機関誌などに発表して頂けることを待ちしたいと思います!



【 実技指導 】

 初日最後の指導は、観風先生による指導になります。
 ブログの記事は、初伝の方と中伝の方に書いて頂きました。



〔初伝の方〕

 臨床において治療とは、患者さんの身体を改善することである。患者さんが具合が悪い・調子が悪い・心地悪いと云う身体を気持ち良くなるようにする事である。
 心地悪い状態を心地よい状態に改善するのは、施術者が鍼を介して患者に力を与える事であり、それには経絡上の「生きたツボ」に一鍼を下すことで、その時「ひびき」を感じなければならない。「ひびき」を感じるには頭で考えるのではなく、唯感じると云う感覚が大事であり、それには座禅などにより「無」と云う意識とか経験が必要。

<治療>
 主訴・食べると胃がはり落ちていかない
  ・硬いもの、ずっしりしたものがある
  ・右の季肋部に痛み 等
 脈診・舌診・腹診の後、腕に一鍼を下するとお腹がゆるむ。後はまだ残っている個所にチョンチョンで最後にツナミ鍼で治療終わり。凄い。



〔中伝の方〕
 
「皆がなぜ上達しないか。理論にしばられているからだ!!

 観風先生の実技講習です。

 理論に縛られないとは、勉強、学問したものを整理して意識下に押し込め飛躍することです。
 勉学を無視して何も学ばないことではありません。
 万巻の書物を読破し、勉強し尽くす。そのうえで本当に本に書いてある通りになるのか。なぜそうなるのか。自分で考え、試してみることが大切なのだそうです。
 疾医の道の創成者、吉益東洞先生も夜は蝋燭の明かりの下で蚊や虻にたかられても微塵も動ずることなく群書を読破し研鑽を重ねたといいます。
 では、勘違いを起こして勉強せずに術理を無視した鍼をするとどうなるでしょうか。
 
「勘だけにたよった鍼はでたらめの治療になる。必ず壁に突き当たり伸び悩むだろう。」

 とは、記事担当がかつて観風先生より叱責された言葉です。
 皆さんはこのような間違いをしないよう気をつけましょう。    

 理論にしばられない治療とはどのようなものでしょうか。
 
「調子悪いときは、心地悪いのを心地良くするのが治療。気持ち良くなったのが結果、補であり瀉になる。理論や理屈を超えて、体が自然と治るようにしてくれる。」

 この事については、かつての合宿講話でもお話がありましたね。
 さあ、いつのことだったでしょうか!
 『万病一風論の提唱』
 『傷寒論真髄』
 『鍼道発秘講義』
 『経絡流注講義』
 四部録の中に、理屈に縛られず「疾医の鍼」へと飛躍する方法が示唆されているそうです。
 未だお手元にない、あるいは読んだことがない先生は、この機会に一度お手に取って内容に目を通してみてはいかがでしょうか。

 続いて、鍼のひびきとは何かという質問を参加者に投げかけました。ひびきとは何か、ひびいていれば効くのか、どこにやればひびくか。対話型の講義が続き、参加者をモデルにしての治療も行われました。
 
「なぜそうなるのか、なぜ効かないのか、なぜ効いたのか、自分で考える。効いたものだけを残していく。その作業が手の内を作っていく」

 治療実演の後は、参加者の疑問に答える質問コーナー。
 その中から抜粋します。

Q、気を感じられない。にぶい。
A、原始的、生命的な感覚で、それは誰にでもある。頭で考えるからわからない。物を考えないでカラッポになる。農家なんか自然を相手にしてるとわかる、都会人は遠ざかってしまうようだ。一回わかればわかる。心配する必要はない、必ずわかる。

Q、先生のようになるには?
A、私は坐禅を40年やってる。人を治すぞ!という気をずっと持っていた。それが自然と出るようにする。鍼だけが心地良いのでなく、鍼する前から始まっている。自他共に「心地良い」状態を作れるか。それまでは大変だよ。私は皆より努力したよ。

 以上、新人が多く和気藹々とした雰囲気の中で行われました。

【 休憩 〜 宴会 】

 一日目の題目も終わり、夜の宴会まで自由時間となります。

男の休憩1 男の休憩2
 部屋は多くて七人程の相部屋です。
 久しぶりに会う面々と語らいます。

男の休憩3
 熱く火語らいます!

宴会
 そして宴会場はギュウギュウです。
 にぎやかです。
 これが良いのです。


 三輪先生の始めの挨拶をして頂きました。

 今年も美味しいお食事を提供して下さり誠に感謝の限りです。
 ごくごく少数のベジタリアンにもご配慮下さり、まさに日本の「お・も・て・な・し」を勉強させて頂きました〜。


 食事をしつつ、朽名先生の名司会により自己紹介を行いました。
 今年のアンケートは「あの気、何の気、気になる気」でしたが、趣味など話や、人生での気付き、また「気になることが少なくなった、ということに気がついた」という意見もあり、大変興味深いお話の連続でした。

宴会

[ あひょうパンダあひょうパンダ戸中居亜命(石部愚観)オン・ステージあひょうパンダあひょうパンダ ]

石部先生
 晩御飯の後は戸中居亜命(トナカイアメ)こと石部愚観先生の演劇出演時の映像を鑑賞しました。
 石部先生はそもそも演劇をみるのが好きだったそうですが、なりゆきで演じる方になってしまったそうで、今では独り芝居や劇団の主役をつとめる様になったそうです。

 本人いわく「なぜこうなったのかわからない、どこがゴールなのかもわからない。」「誰か教えて下さい。」とのこと。
 そして「43のおっさんが全力でふざけている姿を見て下さい。(笑)」の言葉で映像スタート。
 テレビの中の石部先生は普段は見られない様な表情や動きで、生き生きとされているように感じました。ただ残念だったのは会場に比べてテレビが小さいことや、あまり音量を大きく出来ない事により内容があまり伝わってこなかったことでしょうか。ともあれ石部先生の勇姿(?)を目にすることはできました。

二次会
 鍼の話や、武道の話、演劇の話、修行時代のお話などなど、夜更けまで笑い声は絶えなかったようです…zzzzzzzzzzzz


【 気流法によるからだほぐし 】

中庭
 翌朝6時、素敵な中庭です。

 朽名先生指導の下、初日の講演の中にもありました気流法のからだほぐしを皆でやりました。

 一つ一つの動作をメモすることはできませんでしたが、どの動きも、からだが気持ちよくほぐれます。

エクサ1
 自分の身体に気持ちの良い動きを聞きつつ、天地と繋がりつつ、講演にあったSポイントを意識しつつ、身体をゆっくりと動かしてゆきます。

 微妙な手の開閉(回旋)により、腕や肩、背や腰が伸びたり、ねじれたりする感じがあり、とても研究された動作なんだと思いました。

エクサ2
 決して乱暴に動かすのではなく、ゆっくりと、自分が水の嚢であるようにポッタリポッタリとゆらすようにしてゆきます。
 寝たり立ったり、座ったり、身体の思うままに歩いたり。

 私(ブログ担当)は、自分の身体の硬さ、力の抜けない様子に汗をかくばかりでしたが、それに気付くことも必要なんだと思います。
 自宅でも実践したいところですね。

【 講話 「黙如雷」 】

 横田観風先生による講話です。

先生講話1
 時間となり、入室された先生は「黙如雷」と書いた色紙を胸に掲げたまま、ニヤリとして黙っています。
 皆がポカンとしていると、一言「終わり!」と言って退出されてしまいました。
 皆の口は開いたままです。

 会長は大笑していましたが、再度司会に先生を呼びに行って頂いて、お話の続きを聞くことができました。


 「黙如雷」は『維摩経』という大乗仏教経典に出て来る言葉です。
 『維摩経』は学識の優れた維摩居士という在家信者と、釈尊の弟子達との問答を書いた架空の話です。
 その中に「不二の法門に入るには?」という問いがあります。
 さて、この「不二」とはなんでしょうか?

 人は地球上での厳しい環境の中で、生存競争に勝ち抜いてゆくために大脳が発達してきたと思います。
 この大脳を用いて物事を認識し、分別してゆくことは、非常に便利なことではありますが、その反面、貧富や強弱、老若、生死などといった思いも芽生え、いろいろと悩み苦しみの種となります。
 これが「二」の世界です。

 昔、先生は「いやしの道は何流ですか?」という質問を受けたことがあるようですが、何かを名づけたり、自分の知識に当てはめることで安心をするという心理は、誰しもあると思います。

 先生は、その答えとして「何流でもない」と言われたそうです。
 世の中には名付けられないものがある、それが「不二」の世界です。

講話追1
 いやしの道において、「不二」の世界を行ずるには「気漲る無心」が大事である、とのことです。
 その例として鎌倉時代の北条時宗と仏光国師の問答を、鈴木大拙著の『禅と日本文化』@岩波新書から引用してお話して下さいました。
 詳細は書籍を見て頂くとして、時宗が最後に発した「喝!」というところに「気漲る無心」があるとのことです。

 我々が病者に対する際も、自分自身に負けない様「喝!」と向かわねばならぬ、とのお話でした。

【 講義 「皮膚を診てみよう!小児鍼からの応用」 】

 正教授になられた福嶋先生の講義です。


 小児の治療は点ではなく、面で治療する。
 子供が癇癪を起しているときは、母親も起している場合がある。母子での「気」の交流がなされている。母子共に治療が必要。
 グループになりお互い皮膚の柔らかい・硬いを診たのは人それぞれで面白かったです。



【 グループ実技 】

 ブログの記事は初伝と中伝の方に書いて頂きました。





〔初伝の方〕

 普段なかなか話す機会のない先生の指導と、感受性の強い方とのグループになり、久しぶりに親交を深める事ができ、また、自分とは違い、鍼の感受性が強いので、鍼はブスブス刺せばよいと云うものではないと云う事を思いしらされ有意義な稽古ができました。

〔中伝の方〕

 合宿2日目のグループ実技は、指導者1名に1〜2名の一般参加者、初伝、中伝が付き、1時間半枠という豪華さで行われました。

 参加者が多く座布団を並べるのにも一苦労。ですが、そこはいやしの道。誰も文句を言わず、率先して座布団を並べスペースを確保していきます。何十人と集まっても、わがままがでないのはすごいことだと感じます。

 真の礼から始まり、普段疑問に思って取り組んでいることや、課題を提示し、指導を受けます。

 生きたツボ、引き鍼、鍼の深さ、鍼管を使わない刺入法などなど・・・。
 さらに稽古では、相手の治療を見られるのも大きいと思います。普段の臨床では、ともすると己の我が先行し「こう刺さなければならない!」と視野狭窄を起こしているのを、この先生はこうするのか!とハッと気づかされたり、「僕だったらこうしますね」と違う方法もあるよと指摘を受けることができるのは大変大きなことです。

 普段はポヤ〜っと受けていることが多いですが、合宿実技ではいつになく熱くなってしまいました。(byブログ担当)
 これも年に1度の合宿効果でしょうか。
 来年も行われますので、皆さん是非参加しましょう!

【 座談会 あの〈気〉・なんの〈気〉・気になる〈気〉 】


 昼食をはさんで座談会となります。


 今年の座談会は「気」について先生方にお話していただきました。
 以下は何人かの方に頂いたレポートを編集した上で掲載致します。

<朽名会長 「沈黙のひびき」を聴く>
 ・静止のすがた カトリック神父 押田成人
 静止のすがたには2種類あり、自由や生命的動きを秘めている静止のすがたと、ただ形骸のような静止のすがたがある。前者には、竜安寺の石庭を縁側でじっと見ていたときとか、自分が惹かれた絵画の前でじっと見とれてみているときに生命的動きが秘められていることをかんじる。
 ・自然との出会いにより感じる「気」 染色家 志村ふくみ
 秋の陽の光の中紅葉しかかった木の葉の一枚一枚が丹精に染めあげられ、光が森中に満ちて、姿は見ることはできないが、草木の精がそこら中にいることを感じる。
 ・沈黙における感じる「気」 映画監督 フィリップ・グレーニング
 厳格な修道院に監督一人でカメラのみを持ち、半年間修道士と一緒に生活をしながら撮影。
 上映には、音楽やナレーションがつけておらず、全編を静寂が支配している。

 古語にいう「しじま」(黙)とはエネルギーが濃厚な密度を保持している状態をいい、「静止」には自由や生命的動を秘めているものと、そうでないものがある。そして何も語らない自然には気の力(エネルギー)があり、それを媒介として万物との深い出会いを学ぶことができる、といったお話でした。

<安田先生 「無」>
 患者の虚実や治療における補瀉ってなんなの?と、若い頃には補はどこから気を持ってくるのか、瀉は本当に気が体外に抜けているのかなど色々補瀉について考えていたそうです。今では体が勝手に良くしてくれるので考えなくなったとのことでした。

 これは長年の経験と鍛錬によるもので、これが「無」の境地に追いやり、考えて治療するのではなく、患者から発する「気」を感じ勝手に手が動くと云うものとおもう。私も早くこのような治療家になりたいとおもいます。

<福嶋先生 「小児鍼における母と子」>
 同調についてのお話でした。母親と子供のつながりは強く、親子で治療することが必要ではないか。母と子は本能的につながっている。
 子供が体調を崩しているときは、母親もなんらかのストレスなどを持っている場合がある。そのため、母親も一緒に治療したほうが良いと感じる。子育てにおいては母と子供はいつも一緒にいるため「気」が同調し、母親の悪い「気」を子供が感じ取るものと思われる。

 今の母親はマニュアル的であり子供との接触が足りないことがあるので、なるべくスキンタッチをして心地良さを共有してほしい。子供の治療を多くされている先生の貴重なお話です。

<船坂先生 武術における「気」>
 「剣術」と気についてのお話です。達人曰く、剣先から右の親指で感じるらしいです。山籠りすると気に敏感になる。下工は殺気を感じたら切り殺し、上工は殺気を感じたら相手の気を収めて思い止める器量をもっている。
 武道では「未前の気」が重要で、気のやり取り、コミュニケーションをしている。それは日常の中でも活用できるとのことでした。
 また同じく剣道をされている玉水先生のお話で、剣道八段の人と対戦した時に気の力かわからないが動けなくなって負けたそうです。

<藤田先生 火災においての人命救助時の「気」>
 命の危機に陥った時のお話です。藤田先生は以前に消防士をされていたそうで、マンション火災の時に前は見えず、ボンベの酸素も無くなりそうになってしまいました。その時に直感に導かれて九死に一生をえたそうです。普段は敏感でなくても、危機に直面すると人は感覚が敏感になるのではないかとのことです。

<大浦先生 「杉山真伝流」よりの説明>
 『杉山真伝流』の気に関する所を紹介していただきました。術者は気が機(きざ)すのがわからなくてはいけない。それはピリッと感じたり、まるで空気が変わるように感じる。それは経験を積まないとわからない。患者さんはわからないかもしれないが、邪気さえ抜けば体は良くなる。邪気を抜くには雀啄などで揺さぶって動きやすくしてからすると上手くいく。邪気を抜いたあとに正気をめぐらすことも大切。

 気が至ればその「気」をめぐらし、さらに広げることが大事である。「気の至るは釣を垂れるに魚の餌に食いつくが如し」この境涯に至るには経験と鍛錬が必要。などなど臨床に生かせる話をして下さいました。

<横田先生 総括>
 最後にまとめていただきました。鍼灸ほど気にうるさい分野はない。
 「気」とは生物が生きてゆくために獲得したもので、誰にでも持っているもの。

 やっていると色んな体験をするが、それにひっかかってはいけない。治療においては、考えては駄目で感じるものである。「無」になりただ患者を治したいと云う気持ちを持つだけ。
 原始感覚は全ての生き物が持っており、人間的な脳と動物的な脳の真ん中あたりで生きていくのが良い。鍼灸でも人を治したいという気持ちがあれば、その力が湧いてくる。心地良い気を送ればよくなる。勉強をたくさんしたら、あとは馬鹿になるように。と、聞いているとなんだか心地良くなるお話でした。

 このような治療家になるには、これからの経験と鍛錬が必要と感じました(一生だとおもうけど)。「気」の究極は「賓主回互」にあると思いました。

【 閉会の挨拶 ・ 記念撮影 】

まずは新田さんがブラジルへ、鈴木ヘザーさんがアメリカへ帰国されるという事で挨拶をしていただきました。

続いて前之園先生から閉会の挨拶です。
今回の合宿も勉強になった事、来年は戸中居亜命さんの生ライブを期待している事、近くに居ても遠くに居てもみな気はつながっている事、ブラジルで研修会を行う事などを話されました。



最後は全員で記念撮影をして解散となりました。

さてさて、今年の合宿も無事に終わりました。
改めて、いろいろな方の協力があって、会の行事が成り立っているんだと感じます。
運営する側だけではなく、参加して頂くということ自体、ありがたい「協力」であると思います。

来年も…楽しみであります。
よろしくお願い致します。
では!

ブログ担当:井上、豊田、海保、石水(まとめ)
カメラ担当:中川
(敬称略)
| ◇合宿研修会 | 21:00 | - | -
2014年9月合宿

(H26/9/24 全ての記事が揃いましたにじご担当の方ありがとうございました)

彼岸も近づき、暑さも早々と収まりつつありますが、まだまだ日差しは強く晴れ、ナイーブな頭皮を刺激します。
そんな中、今年も全国から本郷朝陽館さんに集い、合宿が開催されました。
朝陽館

懐かしいお顔もあり、初めてのお顔もあり、皆で集い直にお話できるということは、どんなに時代や文化が変わっても、貴重ですばらしいことです。
頭はクールにハートは熱く、今回も頑張ってまいります。

今年のブログも参加された幾人かの方に記事を寄稿手して頂きました。

9月14日(日)

12:30 受付

今年も恒例、イケメン、イケジョに受付をして頂きます。

いけめん いけじょ
テレ笑い〜あひょうパンダ

13:00 静坐

どんな場所でもまずは静坐です。

静坐

差し込む光がまぶしいです。

13:15 開会の挨拶

開会にあたって、会長の挨拶です。

会長

昔の先輩は休憩中も時間を惜しんで鍼の稽古をしていたそうです。

全国から人が集まり、お祭のようではあるが、怠り無く励んで欲しいとのお話でした。

13:20 大浦先生講演

合宿一番目は大浦先生による「打鍼術、員利鍼を用いた刺法の研究」のお話です。

講義は、まず打鍼術の代表的文献である『鍼道秘訣集』にある刺法の解説から始まりました。
刺法には、火曳之針(ひびきのはり)、勝曳之針(かちびきのはり)、負曳之針(まけびきのはり)、相引之針(あいびきのはり)、止針(とどめるはり)、胃快之針(いかいのはり)、散針(さんずるはり)、吐針(はかすはり)、瀉針(くだすはり)、車輪之法、があります。その中でも、基本となる刺法は、‐ ̄版型法↓∩螳之針、散針の3つです。

大浦先生実技1
‐ ̄版型砲蓮大実証の人の養生のための針であり、また傷寒で大熱(=体中に熱ある時)の針として、傷食(=飲食の不節制により胸脘痞悶・悪心嘔吐する状態)の時の針として用いられ、腹部の硬結や拘攣を目標に、邪気を打ち払って針を引く瀉法の針です。
これと反対に、∩螳之針は、虚労の証の者や老人の養生のために用いる針であり、また慢性病にも用いられ、腹部に深く陳旧化した硬結や拘攣に対し、邪気を曳くことと針を引くことと相引きに引く針で、「補法の針」「和らげる針」と称されます。相引きに引くとは、腹底に沈んでいる陳旧化した硬結は針に対し反応するのが遅く、刺入した針頭をゆっくりとしたリズムで叩いていると、次第に正気が集まり硬結が弛みはじめ振動に反応してきます。そうしたら押手を自然に浮かべ、また針を少し引いて叩き、邪気を浮かべてゆく方法です。
散ずる針は、浅く切皮のみを繰り返す今日の散鍼に通ずるもので、大風が浮雲を吹き払うように滞りなくサラサラと針を立て、その心持ちは心軽く重げなることなく針を立てることです。

次に、無分流の『針治書』から、腹の強み・弱みを見立てて、それに合った数ヵ所適宜に針を打つことと、針を打ち込む分量および邪気の真ん中に針が置かれた時の「当たり」について解説がありました。和歌にも、「針はただ、打つと思えば、力みあり、槌の重みに、通す心ぞ」、「針先の、邪気に当たれば、応えあり、小槌三つ四つ、打ちておくべし」とあります。

大浦先生実技2大浦先生実技3
実技では、スリオロシの金鍼を用い虚証タイプの人に火曳之針と相引之針、ステンレス鍼を用い実証タイプの人に散ずる針と勝曳之針が行われ、また、特殊な用い方として胃快之針と瀉針、養生のために用いる車輪の法の実演がありました。最後に、員利鍼を用いた志室・腰眼穴への刺法の実演がありました。員利鍼は、鍼尖より1.5僂曚匹僚蠅最も太く、鍼柄に近づくにしたがい、また細くなっています。それゆえ、鍼を刺入するときも、鍼を引くときも、ともに強い響きが伝わる仕組みになっています。また、押手の摘み口をゆるめて刺鍼転向しやすくし、四方八方に響きを伝えるのが特長となっています。これら打鍼法および員利鍼法は、毫鍼を用いても同様の効果を出すことは可能であり、私たちの日々の臨床にも大いに通じるものです。手の内を豊かにするためにも、こうした手法をヒントに学ぶことの意義を感じさせられました。

(市川[友])

14:35 准師範による講義(原田先生)

原田先生による『各々の工夫から学びあう・姿勢の気づく・守について』と題した対話形式で熱のこもった講義が行われました。

原田先生
まず、例会での倉田先生や船坂先生の講義内容を交えながら、横田先生について語られました。
横田先生は「ハラ・立ち方が違う、センター(中心軸)を持っている、意識が濃い」とのことでした。
原田先生はその技を学ぼうにも、その盗み方すら分からなく、追いつくには真似るしかないということ、いわゆる守破離の(守)に拘り努力を重ねられました。
他には、いやし手は場に入る時の心構えが大事として「構成力・静か力(やる気・熱)・鋭力・出発力・覇気・勢い」が絶対不可欠であること、患者さんは姿勢のよい先生に診ていただきたいと思っていること、あたかも自分が天井からヒモで吊られているような「吊りセンター」があると身体は楽に使えることなど、長年の臨床経験から多くのお話をされました。
実技では、バレーや気功の動きを通して、吊りセンターや身体の前後・円の意識を皆で学びました。
工夫としては「吊りセンターを使い、最小限の力で行うこと」のようです。
不思議なことに、初めは出来なかった動きが最後には出来そうになりました。
ある動きをマスターするには効果的な過程があるようです。
最後に松緊張や鍼法についての解説が行われました。

多くの講義内容でしたが、最も心に響いたのは「師匠はいつも弟子を心配して、ハートぴのこ:)で抱えている」という言葉でした。弟子も子供も持ったことのない者には見当もつかない心境で、教える側の苦労が伝わってきました。

そして、ある元スカッシュ全日本チャンピオンに言われたことを思い出しました。
「師匠への最高の恩返しは、師匠を超えることである」。

(木村[克])

15:50 横田先生による指導

今年も初伝・中伝を対象に指導をして頂きました。
まさに文書などでは伝わらない、実際の技術、雰囲気を学ぶことができます。
その感想をお二人に投稿して頂きました。

 峅E調冑先生の模範治療を見て」

先生模範1

[患者] 女性
[主訴] 空咳が出る 左背中痛 仙骨の痛み 前頭部もやもや等
[診察]
脈 左:下焦弱い 右:寸弱い 下焦実
腹診 右:腹直筋 左:外陵〜大巨 に反応あり

先生模範2

[治療]
右手:肺経孔最付近→ダン中に通る
左手:心包経ゲキ門付近→左の背中に通る
腹、背中、腰等の反応点に刺鍼
最後 ツナミ鍼 右足臨泣→両手、左足運動→胸に感じる(悪いところ)
患者楽になった。

先生模範3

[注意点]
・腹は最初にみぞおちに刺鍼せず、下から治療する
・切皮は第一打目を指と鍼柄の距離を狭くし、引きを大きくする。
・治療にきまりはない。どんな患者にも対応できるようになる。
・鍼を打つ時は呼吸と気合が大切。
[感想]
治療は(私)初伝が練習している「基本の型」を最初に行い、それから主訴・腹診・背候診から得た情報に従って治療をしているだけであった。(「基本の型)」をするだけで身体が改善してゆくなんて)
これからは、「基本の型」を行う時ただ漫然と行っているだけ出なく、もっと真剣に気を入れて患者に反応を聞きながら「基本の型」をしてゆこうと思います。又、今さらながら「基本の型」の習得の大切さを痛感させられました。
それと主訴・腹診により得た情報から治療するに当たり、四部録をもう一度読み直しをしようとおもいました。(「傷寒論真髄」は最後になるとおもいます。)

(海保)

◆崋造亘楾臀匹琉貳屬量楸ゆう★

観風先生の模範実技を間近で見ることができました。
新人さんの中には、まったくの初めてという方もいますから、本当に貴重な時間となりました。

観風先生i1
最初は参加者が先生を前にして緊張してしまうことを危惧していましたが、そんな心配は無用でした。
たくさんの質問がとびかって、お答えになる先生がお疲れにならないか心配してしまうほど。

モデルさんの症状詳細や治療順序等はもう詳述されておりますから、割愛させていただきまして、先生の治療を拝見させていただいての感想をつづっていきます。

まず、一鍼で、こんなにも効果が出るものかと感嘆し、そして何が違うんだ〜?と自分のものと比較し、基本を軽んじていないか振り返ったり、以前とは違うところを見てる自分に気がついたり・・そんな考えが頭の中をグルグル行き交っていました。
手本中の手本である先生の治療を通して、自分の課題も明確になり、気づいたことを生かして今後も技を磨いていきたいです。

前半の盛り上がりの熱気を残しつつ、後半は初伝と中伝でグループを作り、実技の稽古をしました。
ここでも、観風先生がグループ毎に指導してくださりました。

(伊藤[里])

18:30 宴会

学びの後の宴会ビールが楽しみで…という噂もありますが、今年もステキなお食事とお酒を沢山頂きましたゆう★

酒酒

もちろんカイペリーニャもあります。

宴会

皆さんお茶目です。

お食事を頂きながら、諸連絡がありました。

乙重中伝

初伝終了試験の合格発表と証書授与です。
二人ともカメラ目腺ですねアンパンマン

勉強会案内
自主勉強会の報告など。

その後、今年も恒例の自己紹介が朽名会長の名司会で行われました。
本年は残念ながら会長をイジリ返す(・∀・)○ほどの人はいませんでしたが…来年に期待したいと思います!キラーン

9月15日(月)

東京といっても朝は静かで気持ちが良いです。
散歩をすると旅館の裏手には大きなクスノキがあります。

クスノキ
木肌は冷たいと思いきや、優しい温かみを感じます。
「本郷弓町のクス」とWikipediaにも掲載されているようですね。

睡眠
相部屋の皆様は昨晩遅くまで語り合っていたらしく、まだ夢の中…

6:00 気功(原田先生)

合宿2日め、秋の気配を感じさせる心地よい朝です。
原田先生の気功に参加しました。気功は初体験です。
まずは、本編に入る前の準備の型から入ります。
大広間の空気がゆっくりと動き始めました。
そして、昨日の予告通り「熊」の型に入ります。
熊が太い木を抱えて引き倒す様な感じで体を動かしていきます。
しばらく続けた後、ゆっくりと「静」に戻り、終了です。
1時間があっという間でした。
終わった後は、体にスーッと息が入っていくような気がしました。
途中で手の先に温かいほわっとした何かを感じる瞬間があり、あれは、何だったのだろうと不思議に感じています。

(吉田[幸])

8:50 講話(横田先生)

今回は「会に新しい風を」と題して、今後の協会のあるべき姿についてお話をして頂きました。

先生講話

時代も変われば人も変わります。
協会というものも時代に合わせた形に変わってゆく必要があります。
逆に変わってはいけないものもあると思います。
そういった点について、昔話を交えてお話下さいました。

年に一度の合宿では、全国から色々な方々が見えて、普段、お会いできない先輩や、同輩たちと親しく語ることが出来るチャンスでもある。
横田先生も70歳を迎えられ、色々と思う事もあるという事で、今回の講和となりました。

平成元年につくば研修所を作って、接心を20数年、続けられています。
先生が禅を始められたきっかけは、雪底老師にお会いしたことだったそうです。
「お前、何やっとるんだ?」と聞かれ、「鍼やってます」と答えたら、「鍼禅やれ」と言われて、今までそれ一筋にやってこられたそうです。
最初は無為塾というのをやっていらしたのが、それが解散して、観門会、いやしの道協会と続くわけですが、無為塾をやっていた頃とは時代も人も変わり、「新しい風」を吹き込もうと思ったのがこの講義の由来だそうです。
最初の頃は勉強に来た人7人くらいを2階に上げて勉強させていたのが、先生のご家族を隣町に引っ越して頂き、そのまま無為塾をやっていらしたそうです。
面倒見の良さに脱帽です。
師匠は選べ、と、座談会の中でも出てきましたが、理想の師匠ですね。
朝、5時に起きて坐禅して、月に1万円を出し合って生活していたそうで、自炊していたのですが、ガスの使い方が解らなかったり、うどんを茹でるのにかき回さないので棒状のうどんになってしまったり、しらたきの輪ゴムをはずさないまま煮て、食べる時に輪ゴムが出てきたり、何だこりゃ?と言う事もたくさんあったということです。

時代が次第に変わり、先生たちが苦労して勉強している古典を、インスタントに教えて貰いたがったり、段々と人と時代が変わってきたことを感じ、無為塾を52歳の時に閉じられたそうです。
無為塾を止めた後も、接心に来てくれた人を中心に観門会を立ち上げ、その時に勉強に来てくれていた方たちが、今の指導者です。
その後、いやしの道を立ち上げ、16年になるそうです。
様々な困難を乗り越えて、いやしの道があるわけです。
それでも、現在はインターネットなどの世界となり、今までの通念が通じなくなってきたことも多く、考えることも多くなり、会に新しい風を、と、思うようになられたとの事です。

(岡田[早])

9:45 指導者による講義(山野先生)

山野先生

「非特異的腰痛」とは、一言でいうと、腰痛の85%を占める ”いわゆる”腰痛 である。
(因みに、特異的腰痛とは、ヘルニア・カリエス等、器質的原因による腰痛のこと)

MRI画像や、FNSテスト、検査等での異常の有無とは別として、腰痛原因は”ストレス”である事が多い。
腰痛発症以前からの、仕事や家族関係の変化、趣味等にもヒントがあるので、問診内容にも要注意。

腰痛以外に、腰痛が原因と思われる、肩内旋・大腿筋膜張筋・大転子等に現れる症状を治療することで腹症も整い、結果として腰痛が緩和された症例に沿っての講義だった。

山野先生の鍼灸師と理学療法士として双方目線からの見解をお聞きして、検査数値や画像からの判断で、西洋と東洋のどちらの治療を先ず必要としているのかを、見謝らない事が、患者様にとって最善の治療を受けてただく為に重要であること、そして、鍼灸でのケアをする際に、緩急や補瀉、治療の順番などを間違わないように、脈診・舌診・腹診をしっかり確認し、その時々の変化や経過も見逃さない事が大切だと感じた。

(田原)

山野先生は東京接心会の方で、主に整形外科的疾患をキーワードにして漢方の症例などを分析するといった講義をして下さっていますが、今回はそういった症例を二つお話して下さいました。
一つ目は大柴胡湯証の方の腰痛。
二つ目は腰椎に器質的な問題があるにも関わらず、痛みが出たり出なかったりするという症例です。

片や邪毒にて腰が痛み、片やストレスで痛みが変化します。
この邪毒とストレスは、単純に同じものとは思いませんが、関連性がありそうですね。
今後の医学の発展に必要な課題かと思います。

より深くお話を聞きたい方は東京接心会までご参加下さい。

(石水)

11:00 グループ実技

今回は14グループに分かれての実技です。
時間が限られている中、組み合わせを見て、座布団を持ち、グループの場所を確保して実技をはじめます。

実技1実技2

毎回この時間は、直接指導者の先生をはじめ、観風先生や大浦先生、朽名先生からも指導を受けることができるので、とても有意義なものになります。

実技3実技4

私のグループは、指導者の方と中伝の方と初伝の私の3人で行うことになりました。
各自がその時の自分の課題を解決すべく、指導を受けます。

私は、昨日の観風先生の実技を見て、1本の鍼をしっかり響かせる事が出来るようになることを目標の一つに挙げて指導を受けました。
自分ではしっかり鍼をひねっているつもりでも、それは十分ではなく姿勢、両腕の力の抜き方、押手の圧や鍼の捻り方などなど・・・
さまざまなところに工夫が必要で、それがとても大切なことなのだと解り、教えていただいた通りに行うと、鍼のひびきがしっかり伝わってゆきます。
また、散鍼も熱をさばく散鍼、身体に挨拶をするための散鍼と、ここにもいろいろな工夫が大切なのだと教えていただきました。

また、中伝の方の課題の痛くない刺鍼方法(中伝の方になると、鍼管を使わない刺鍼方法を学ばれます)を見せていただきながら、自分が中伝になった時のことを思い浮かべながら、指導者の方のお話を伺っていました。(なれるのかしら・・・・?)

さらに今回はなんと観風先生が、カメラマンとなり、指導を受ける様子を熱くカメラに収めておられました。(写真の仕上がりが楽しみです)

そして時間はあっという間に過ぎてゆき、無情にも終了の声がかかりました。
もっと教わりたいという欲がでてしまいますが、とても贅沢な時間を過ごすことができました。

(牛尾)

13:00 座談会

座談会

二日目午後は、合宿研修会のメインイベントとも言える座談会です。今年は『からだを耕す −それぞれの<身・息・心>の調和法−』と題して8名の先生方のお話を聞かせていただきました。

座談朽名先生

まずは朽名会長による『大地に触れる』についてのお話です。「人」、「大」、「立」の象形文字の成り立ち、剣術の名人が残した奥義を現す言葉、世界各国の人々のたたずまいをおさめた写真を解説していただきながら、本テーマについての導入をお話いただきました。

座談原田先生

続いて原田先生から『体を耕すには』と題し、長年の実践に基ずいた具体的なポイントをお話いただきました。お話だけでなく、身体全体を使ったパフォーマンスまで示して頂き、原田先生の身体論への情熱が伺えました。

座談安田先生

次は安田先生のお話です。数年前に始められた弓道のお話や、断食後に起こった瞑眩現象についてお話いただきました。誰でもが体験できることではない、貴重なお話でした。

座談舩坂先生

そして舩坂先生は、過去に徒歩での日本一周や直新陰流の猛稽古などを全うされており、朽名会長から「身体をつかった荒行に関して、この人の右にでる人はいない」というお言葉がありました。それらによって培われたナンバ歩きについて実際に示していただきました。

座談福島先生

福嶋先生からは、ご自身が体調不良だったときの様々な体験談についてお話いただきました。患者さんから「先生は悩みが無さそうですね」と言われることがあるそうですがポイントは「悩みを手放すこと」だそうです。子供のころに白隠禅師の「軟酥の法」を実践されていたことには驚きです。

座談前之薗先生

前之園先生からは、話の視点を東洋から西洋に変え、スポーツの立場からの身体についてお話いただきました。東洋的行も、スポーツのトレーニングも、不思議と行き着くところは重なってくるようです。ハードルの為末選手のインタビューの引用も交え、ゾーン体験についても語っていただきました。

座談堀先生

私(堀)からは、エネルギー医学の観点による身体の捉え方、耕し方についてお話させていただきました。時間が押し気味ななか、エネルギー医学の原点である秘教(トランス・ヒマラヤ密教)にまで踏み込んでお話しましたが、いかがだったでしょうか?ご感想をいただけると嬉しいです。

座談大浦先生

大浦先生からは、杉山真伝流の立場からの身体観を資料とともにお話いただくとともに「手の体操」の実習をしていただきました。治療時、いつも万全の体勢で施術できるとは限りません。ベストの姿勢でなくとも効果的な手技を行えるような手をつくっておくことが大切です。

座談観風先生

最後に横田先生からまとめのお言葉をいただきました。今回のテーマは「身体を耕す」でしたが、あえて「耕す必要のない、大いなる生命がある」という観点を示して頂きました。観風先生ならではの本質的なコメントで、全員の話がまとまったような気が致します。

(堀)

14:30 閉会の挨拶・記念撮影・解散

海野先生

座談会の後、副会長・海野先生から閉会のお言葉を頂きました。

玉水先生
真打昇格ではありません。

今回の合宿では、研修と並行して石水先生と玉水先生が指導者試験を受けていたのですが、2名とも無事合格の旨が発表されました。おめでとうございます!

おつかれさま集合

最後に全員で記念撮影ピースをし、合宿研修会の募が降ろされました。

皆様、二日間お疲れ様でした。講師の先生方、充実したご指導を有難うございました。そして何より幹事の皆さま、仕事と家庭があるなか、半年も前から諸々の準備を重ねていただき、本当にお疲れ様でした。有難うございました

(堀)

人それぞれ歩いて来た道も違いますし、進む方向も全く同じではありませんが、その一時でも集い、語り合う中で、各々より良き道を見出すヒントが見つけられれば、喜ばしいと思います。

また、来年お会いしましょう〜。

写真:中川(由)、石水
まとめ及び文責:石水
(敬称略)

| ◇合宿研修会 | 00:00 | - | -
第5回 合宿研修会

■一部作成中9/22■

いやしの道協会の合宿です。

今年も9月15日、16日の二日間、台風18号に負けることなく元気に開催となりました。
場所は伊勢原から東京に戻り、本郷は陽明館様にお世話になりました。

受け付けの部屋に入れば、昭和の香りが漂う、なんとも素敵な雰囲気があります。

受付

以下、ブログ記事の方も例年通り、参加された中の数名の方にお願い致しました。

【9月15日】

13:00〜 静坐

今年も全国からたくさんお集まり下さいました。

静坐前

会場がどこであっても、まずは静坐で心を落ち着かせます。
いつもより少々長い時間でしたが気がついたでしょうか。


13:20〜 開会の言葉、会長講演

はじめに会長のご挨拶から講演となります。

人が集まり、一晩でも寝食を共にして勉強する中で、いろいろな気付きや思いが生まれると思います。
そのどんな事でも自己変革の1ステップにして欲しいという会長の挨拶です。

会長

講演は、現在朽名会長が取り組んでいる心身症関係の内容で、症状も現れやすく、治療の目の付け所となる心胸部の診察法や治療論についてお話をして下さいました。

心身症では不安感などと共に動悸や胸苦しさというものを訴えることがあると思います。
こういった症状を漢方、東洋医学として見ると、上衝や心煩、胸脇苦満といったキーワードに置き換えることができます。
次に、そのキーワードがどういった湯液の証に当てはまるかを調べてゆくと(都合良く『傷寒論真髄』巻末に索引がありますが)、桂枝湯や小柴胡湯の他にも多くの証が見出だせると思います。
それらは何が異なるのか、証の眼目は何であるのか、目の前の患者さんに合うものはどれか、漢方家などの症例も参考にして詳しく見てゆく必要があります。
傷寒論を一章から読んでゆくという勉強も大事ですが、例えば「上衝」といった単語をキーとして傷寒論を解いてゆくことも大変良い勉強法であるということです。

さて、臨床にあたって、心煩や胸脇苦満はどのようなものであるのか正しく見分ける必要がありますが、これは書籍を参考にすることは元より、諸先輩に教えて頂き、観る目を養う必要があります。

ちなみにこの「観る目」は神田橋條治先生に言わせると(分析的にじっくりと見るのではなく、全体を直感的に)「瞬間で見ると早くて間違いがない」そうですが、朽名先生としては更に(人を看取るときのような姿勢で)「看る」ということが必要だとされます。
そのためには患者さんの言語化されない身体の表現を感じるとることができるか、そもそも自分自身が自らの身体の声を聞くことができるか、とても素直そうで難しいところです。

最後に、上記の具体的なお話として朽名会長自身の症例を発表して下さいました。
まさに看察を以って、患者さんに寄り添い、機が熟せば気持ちの落ち込みや不安感など解放してゆく、そういった印象を受けました。

例によって配布資料は半分ほど残っているようですので、続きは東京接心会でお話下さると思います。

(石水)


14:55〜 準師範による実技・講義

次は安田先生による講義で、「模式図を描こう」をテーマに進められました。

安田先生1

脈、腹診の講義を行い、そして組になって実際にモデルの模式図を記入していきました。
模式図を仕上げる為には、傷寒論などの専門用語を描くより前に、自分が感じたことを言葉にすることが大事だと教わりました。

安田先生2

絵画の描きかたで写実、抽象、とありますが見たまま、感じたことを描けて抽象画へと繋がる、ということも教わり広い視野から模式図をどう描くかについて学ばせてもらいました。

(岡田功司)


16:00〜 初伝・中伝指導

今までの合宿で観風先生の講義は、自由質問形式となっていたが、今回の観風先生の講義は、「響き」をテーマに行われた。

先生も、本会の治療は「気を操作する治療」とおっしゃっているとおり、「響き」は、それを実現していく上で欠かせない。
しかも、心地よい響きと、効果のある響き!
これを意識して、自分は治療していただろうか・・・(汗)

観風先生2

中伝に入ると、鍼管を使わず、捻鍼・直刺にて刺す稽古になっていくが、これは、鍼と相手との反応を感じる、まさに「響き」を感じるための稽古。
初伝の皆さん、早く中伝に上がってきてください。
どんどんと、楽しくなってきますよ!

最近、手元に変化を感じるようになったと考えていたが、先生から、「そんなものは、捨てる。皮膚の向こうに起こる反応を感じよ!」との言葉に、新たな課題を与えられたと感じた。
押手で感じるのか?針先に感じるのか?心で?体で?

来年の合宿までの課題として、工夫あるのみ!

(林)

今回の合宿では、『響き』をテーマにお話し頂きました。
響きには二種類あり、一つには心地よい響き。これが出来るかで患者さんにいい気持ちになってもらえるか、嫌がられるか決まってきます。
もう一つは、ここぞというときに劇的に変化させられるような効果のある響き。難しい病気にはガラッと変えるような響きが必要となります。
治療者は、上手くなってくると、響きが相手の身体にどういうふうに影響していくか、伝わって行くかがわかってきます。
ただし、ゾクッとするとか、ビリビリするとかの(自分の身体に入ってくるような)相手から来る情報は捨てて、相手の身体側の状態(できごと)をキャッチする事が大切です。
そうでないと自分が大病してしまいます。
響く層が何層かあって、生きたツボをとれば層まで刺入しなくても響きが得られ、ある層まで刺入すればこちらに響くとか、もう少し刺入すると違う方へ響くなどがあります。
お互いに感じ方を伝えながら練習していくことが大切です。
大事なのは、どれだけ観察出来るかと、響かせる工夫をすることです。

横田先生と初伝者で、モデル患者の手の陰経に鍼をしてどこまで響くかを比べました。
横田先生の鍼は手の先とお腹の方へ、初伝者の鍼は手の先へと響きました。
これは、押し過ぎているからで、相手の皮膚が押したら押し返すのを感じて、その人に合わせていくのだそうです。
その他色々な質問にお答え頂きながら、鍼管を使わずに痛くなく刺入する仕方なども見せて頂きました。

グループに分かれて、どこへ響くかお互いに言い合いながら鍼を行い、その後お灸を教えて頂き、それぞれ響きを意識しながらお灸を行いました。
お灸の響きは悪寒のような、ゾクゾクっとしたりザワザワーっとするようなものがあり、生きたツボにすると、熱いっとなった後にザワザワーっと遠くに響きます。
実際に横田先生にお灸をしてもらいザワザワーっを体験することができました。
横田先生に直接ご指導頂けて、各々に気付きのある貴重な時間だったと思います。

(坂井)


16:00〜 (同時進行)指導者の会

※同じ時間に指導者だけの勉強が行われました。

まずはかねてから念願の指導者同志による鍼の打ち合い稽古 三人一組のグループに分かれ、一人あたり約15分の治療。普段なかなか治療者同志、鍼を打ち合う機会があまりないだけに、得るものが大きい貴重な時間でした。○○さんの打ち方、何とも言えない柔らかさ、真似して取り入れてみたいなぁ!
後半は、指導法についての話し合い。普段どういう目的意識を持って指導の場に臨んでいるか、各自述べてもらい、それを皆で共有できれば等…う〜む、なるほど。有意義な時間でした。

(高橋妙観)


18:30〜 宴会

たっぷり学んだ後は、お楽しみ宴会にて親睦を深めます。

その前に、初伝終了や指導者合格、準師範になった方に対して証書の授与が行われました。

宴会1

また、今年は事前にアンケートとして集められた「いやしの起こるとき」を元にして、一人ひとり自己紹介をしました。

宴会2

踊りもありました(^^)

笑い有り、涙は有りませんが、意外な一面もあり、皆さんほんとにいろいろなご経験をされた後に、この場に居るんだな〜、ということをシミジミ感じました。
大変貴重な時間となりました。


【9月16日】

6:30〜 気功

こちらも恒例となりました、原田先生による気功の時間です。
今年はお試し太極拳として一時間弱身体を動かしました。

気功

お上手な方は見た目も美しいものです。
マネをしているだけでも、だんだんと気海丹田あたりが落ち着いて、しっかりしてゆく気がします。

(石水)

8:45〜 講話

観風先生1

疾医のハリを目指すために「四部録」の内容をどのように調和すれば良いのか?

疾医の道にいくには理屈を乗り越えて、感じるまま、実際のからだの状態に鍼が合うようにするにはどうしたらよいか?

四部録で一番手ごわいのは、「傷寒論真髄」
次の難点は、四部録読んで、ひとつひとつがばらばらで、一つにならない。
どうしたらひとつになるか。

後学者は、理屈から概念を掴もうとするので、「傷寒論」の湯液の方法論と「鍼道発秘」の鍼灸の方法論がまったくちがうので、ひとつにならない。
どうしたらいいか、それらを繋ぐ架け橋として霊枢経脈篇を研究し、「経絡流注」を講義していった。

学ぶ者は、勉強したものをどこかで整理、飛躍して行かないと疾医の道にいけない。
飛躍の仕方を示唆しているので、資料を参考にしてもらいたい。

資料から「傷寒論」、「経絡流注」、「鍼道発秘」、の理論を、それぞれを概念化させることで「万病一風論」としてひとつの体形にまとめることができる。


身体には毒と邪がある。毒からは必ず邪がでている。それが生きたツボとして現れるわけだ。


毒と邪の関係性が大切。その関係性がわからないと、繋がらない。
毒は体質(水毒、オ血、しこりになってるものなど)で、みんな持ってる。
毒があれば必ず邪は出てる

「傷寒論」で言ってる毒は毒性化がはっきりしているところ。
そうじゃないところは鎮静化してて、みんな持っていても、邪は出てるが弱いからことさら問題にしない。

芦原検校の「鍼道発秘」には、邪のあるところに一鍼をくだせと書いてあって、塊があったり、辛そうだな思うところに鍼をすれば、邪のあるところに鍼をしていることにつながる

そこから、一歩とびぬけて、患者さんがやってほしいと感じて、呼ばれてるところに鍼を持っていって鍼をする。

そうすることによって、我をとることにもつながる。

自分でうたなくてはとかここに鍼をうたなくてはでなくて、体がここにやってくれと望む場所に促されて鍼をすることで、自分の我がとれる。
道においては独り善がりにならないことが大事なことである。

ここで質疑応答があり、飛躍するためにも、理論をしっかり学ぶこと。
学んで体におぼえこませてから飛躍することがたいせつであると締めくくられました。

(深尾)

9:30〜 正教授による実技・講義

ハニカム二人
※現在作成中※


10:25〜 グループ実技

初伝の私は最近、急性症状の患者さんに、型通りの手順で行って悪化させてしまったことがあります。
今回のグループ実技で、患者役となって頂いた先生が急性症状で、「急性症状は型の逆」という、まさに今!のタイミングで、指導して頂きながら実践することができました。

治療後、患者役の先生:「左の頭が重かったのが、今は右の方が・・・」となりました。
指導の先生:「じゃあ、こんな時どうしますか?」
私:「右の方も取ります」

正解は?「ブー」です。
元々右もあったけど感じなかっただけであったか、身体が自然に治ろうとして痛みを感じるようになった、のだからこれ以上追いかけたら、ドーゼオーバーになってしまう。とのことです。

以前、治療後緩解→夜中に悪化(翌日一日痛い)→翌々日緩解という経過をたどった症例があり、それが誤治だったのか瞑眩だったのか?と考えていましたが、これはドーゼオーバーだったんだということを実感しました。

患者さんの慢性症状やお腹の硬結、辛い箇所を見ると、急性症状とは関係がなくても、ついつい「アレもコレも」と手を出してしまい、その結果、何が効いて、何が間違っていたかわからなくなっていることに気づきました。
これからは意識して、ムダな鍼数を減らし、ひとつひとつ丁寧な治療を心掛けたいと思います。


グループ実技中、観風先生から「何か質問はないか?」とお声かけ頂いたので、私は切皮痛について質問しました。
私は甘手なので押手に安定感がなく、切皮痛を出ないように打とうとすると押手の上下圧をグッと押しぎてしまい、軽くすると痛みが出る、の繰り返しで自分なりに練習しても、なかなかうまくいきませんでした。
観風先生から「上下圧だけでなく左右圧を変えて、自分の前で円を描くような形で持ってみな?ほら?痛くない」
ほんの数秒で、圧の方向、指の形、姿勢、いろいろなものが整って、魔法のように、無理なく痛みのない切皮に。
「そういうことだったのか!!」と目からウロコでした。

今までがいかに(できている)「つもり」治療だったかを反省し、普段一人でやっていたら絶対に気付かないことを、改めて気付かせて頂いた有意義なグループ実技でした。
何人かの方とも、グループ実技の感想をシェアさせて頂きましたが、それぞれに新たな気づきがあり、その話がまた自分の発見につながり、普段見えないものが見えた合宿となりました。

生きたツボのとらえ方、鍼の効かせ方、早さ。どれをとっても目の前で繰り広げられる先生方との歴然たる差。それに凹みながら、憧れながら、早く「つもり」治療から脱却し、日々精進していきたいと思います。

(三浦)

13:00〜 パネルディスカッション

今年のテーマは「いやしの起こるとき」でした。
まず司会の朽名先生から、人は何かと「深い出会い」をした時に、本質的ないやしを感じるのではないか。
それを日常的に表現する言葉が「元気をもらった」なのではないか。
ということで合宿参加者に「私のエネルギースポット」「元気をもらった○○」という事前アンケートを行った旨をご説明いただきました。
そこでおもむろにDJ朽名先生がラジカセのスイッチをポチッと押し、ユーミンの『やさしさに包まれたなら』が流れ、「♪ やーさしーさにー、つーつまーれたーならー、きっとー、目に映るー、すべてのことはー、メッセージー」という印象的なフレーズを聴いてからのパネルディスカッションの開幕となりました。

パネラーを務められたのは、
 安田先生/原田先生/海野先生/石井先生/石部先生/
 大浦先生/藤田先生/船坂先生/伊藤先生/乙重先生/村田先生/
 河原先生/三輪先生
という豪華な皆さまでした。

パネラーの皆さまの「いやしの起こる時、起こった時」「エネルギースポット」などいやしに繋がるお話を順番に
聞かせていただきました。
そして最後に観風先生にもお話していただきました。

・いやされた後が大事。
 前の自分とゴロッと変わったのか、そのままいい気持ちになっただけだったのかの違いは大きい。
 いやしの道協会で、「いやし手になる」ことを学んでいる我々にとっては、自分がいやされたことで、自分の存在が人をいやせるようにチェンジできるのが、本当のいやしである。

・「無になる」とはどういうことか。
 自分をなくして宇宙と一体になる。
 宇宙的なエネルギーの媒介みたいになる。
 つまりいつでもどこでもエネルギーを得られる状態。
 その人といるだけでとても良い気分になれる人っているものだが、そういう人になれるのが本当のいやし手。
 自分自身がエネルギースポットになる。

 その為にいやしの道協会では、学・術・道の「道」を大切にしている。
 「どう」しようか悩んで、「未知」の世界をがんばっていって下さい。

詳しい内容は機関誌に掲載される予定ですので、どうぞお楽しみに。

(中川)


14:30〜 反省会、解散

記念写真を撮り、終了となりました。

ご指導下さった先生方、遠いところお越しいただいた先生方、運営計画をして下さった先生方、誠にありがとうございました。
世のために働く良いいやし手が増えることを信じています。

(ブログまとめ:深尾、石水)

| ◇合宿研修会 | 09:27 | - | -
合宿研修会

NEW! 現在作成中 10/28 記事更新(これにて完了_m_) グッド

9月16日〜17日の2日間、早いもので4回目となる合宿研修会を伊勢原にて行ないました。
いつも会っている方や、数ヶ月、数年ぶりとなる方と会う事ができる貴重な場となります。



まず、企画運営をして下さった幹事の方々を始め、近場も遠路もお集まりいただいた方々に感謝の気持ちを捧げたいと思います。

今年もブログの方は、会員方々にご協力を頂いて書いて頂いた感想をアップしてまいります。

12:00〜 受付



今年もニュー天野屋さんでお世話になりますグッド



今年はイケメンも受付です。



合宿の注意事項などの説明をうけました

13:00〜 静坐〜会長挨拶



永富独嘯庵のお話
永富独嘯庵(江戸中期の医者。山脇東洋の門下であり、古方派の医師。西洋医学にも精通。)
著作『吐方考』『嚢語』『漫遊雑記』

北島雪山(江戸前期の書家、医師であり、陽明学者で唐様書道の基礎を開いた)

松尾芭蕉(江戸前中期の俳人。俳句を静寂の中の自然の美などより高度な精神世界を表現するものとした)

それぞれの書、俳諧と自分の治療とを比較すると冷や汗がタラタラ流れる
思いだったと自戒している
芸者という言葉は今もがあるが、芸とは当時は武芸者のことであった。
今風にいえばアーティストであるが、やはり一芸に秀でてこそ一流であり
朽名先生は、日ごろから「歌って踊れる鍼灸師」を標榜していらっしゃるが
アーティストとして、量としての座視をしたいとのことです。

13:20〜 会長講演



静坐に続いては会長による講演です。
題目は「『四部録』および機関誌『いやしの道』をつなげて読む」となります。

四部録を別な本と考えれば、万病一風論、傷寒論、鍼の流儀書、経絡流注について書かれたものに過ぎませんが、一人の病人、病態を中心に見ると、いのちというものを多方面から説いたものといえます。
そういった見方の手本として「心身症としての肝症」を例に話して下さいました。

何かしらの精神的なショックが関係する痛みには、通常の治療ではなかなか改善しないことが多いです。
鍼灸や湯液を使わない精神療法では、現在、朽名先生が研究中している和田東郭が有名であるようですが、肝症や肝気のうっ滞、胸脇苦満といったものがキーワードになるようです。

それらのキーワードを通して四部録を見ると何が分かってくるでしょうか?
柴胡剤、気の滞り、血室、眼病、子供の癇証、などなど。
漢方医の治験例や、朽名先生の自身経験からいろいろと話をして下さいました。



患者さんに現われる症状は、一見関係が無いようでも、湯液の証や、流注を考えると関連している部分が見えてきます。
また、逆に関連性を利用して治療をする事ができるという、東洋医学の応用力を再認識した講話でした。


(石水)

14:45〜 観風先生による初伝、中伝指導



初伝中伝履修者を対象に観風先生がご指導してくださりました。
柔道のかかり稽古のような総稽古というものだそうですが、参加者一人一人の質問に対し、観風先生が一つ一つお答え下さりました。
でもその前に、観風先生が皆の稽古の場をみていて「姿勢、呼吸のバランスがわるい」と指摘してくださりました。
姿勢が良過ぎても丹田に気が落ちない。息をふっと吐き、肩の力を抜くことが一番大事。鍼を打つ時になって腹に力をいれてはダメなどなど。





たくさんの質疑応答があったため、印象的な内容および個人的に大事だなと思ったことを抜粋します。

・ドーゼ過多にしない為には引き鍼が大事。
・慢性と急性の病を同時に治療するとドーゼ過多。
・津波鍼のコツ。上下の動き、鍼の方向を大切に。最初に小さく、だんだん大きく上下の振幅を出す。肘が動いてないといけない。
・敏感な人(治療者)。手に来る邪気は意識すると病気になる。大事にするのは、治療している患者側の邪気を感じること。
・何人か治療してしんどい人は自分で治そうとしている、自分のエネルギーでやっている。(鍼の刺激や患者の体の反応に)「おまかせ」すると疲れない。でも気合もエネルギーもないとできないので、何らかの鍛錬をするとよい。
・治療にメリハリをつけること。例えば膝痛が主訴であり、腹などにも問題がある患者に対しては、客気衝心をさけるため横腹に刺鍼するなど軽く全体に治療するが、あくまでも膝が主になるよう、治療の配分を考えること。

初中伝では似通った悩みを持つことも多く、他の方の質問であれ、おおいに参考となったことと思います。
(伊藤)



みんな姿勢を良くしようと、反り過ぎて下に気が落ちにくくなっている。反りすぎると心下部で痞えてしまってダメ。
下腹を力んでもダメ。

ついつい力んでしまうのはきちんと毎日座って工夫あるのみですね。

総稽古は一人一人それぞれ抱えてる課題を観風先生がひとつひとつヒントを出してくださります。
自分が抱えている課題だけでなく、段階の違う方の抱えてる課題のヒントまで聞けるので勉強になります。

鍼管なしの鍼の打ち方。治療時間が長くなってしまう。敏感過ぎて邪を受けてしまう。患者さんの響きを術者が感じられない。などなど

その度に工夫の仕方、意識の持ち様など、観風先生の指導が入ります。
順番に質問していったのですが、すぐ時間が過ぎてしまい、全員質問出来ないのが残念でした。
(乙重)

16:15〜 分科会

〔分科会1〕候背診 〜背部の診断のしかた〜(安田先生)



安田先生に、迷いの多い背部の診断のしかたを教えていただきました。
なぜ迷うのか。いやしの道のテキストには、候背診については「うつぶせになってもらい、まず背部全体を診す・・・」というくだりで、手順もさらっとしています。

候背診の手順や腹診で得られた情報を生かして、背部のどこに目をつけるのか・・・。
尾台榕堂の「方伎雑誌」から例をあげられ、心下痞→痞根を想像すること、上焦、下焦は背部、腰部のあたりに目をつけること、中焦の病はすべてに反応がでやすいなど教えていただきました。



最後、参加者同士二人1組になって、候背診の手順の確認とスジバリがあるかどうかや生きたツボの反応を
確かめあって講義が終わりました。

普段の治療や稽古も迷わずに鍼ができるようにしっかり生かしていきたいと思います。
(深尾)

〔分科会2〕肘(小児)・肩・足関節の整復法と臨床現場での簡単な活用法(松田先生)



今回松田先生による、鍼灸師が身近に出会う関節疾患に対する対処法を実演を兼ねて教えて下さいました。

・肘内障(俗に言う肘がはずれた)

2〜4歳の小児に多い。子供を引っ張ったり、持ちあげたときに肘の靭帯がずれたもの。
子供は痛がって手をぶらんと垂らしていることが多いそうです。
肘関節付近を把握し、母指を橈骨頭に当てる。前腕を回内、回外しつつ、母指で橈骨頭を軽く圧迫すればクリック音とともに簡単に治る場合が多いそうです。



・足関節捻挫

単に筋を伸ばしたという程度から、靭帯の断裂、骨折まで、様々。
骨折やひびの場合の鑑別法として、腫れ具合、内出血具合、圧痛、患部から離れた処を叩打して骨折部に痛みが響くかなどを示された。
足関節を牽引しながら距骨部を押し込む整復をすることによって、捻挫だけでなく足関節の可動域が低下している場合や、卒中等の回復や予防に応用できるという。

・リスフラン関節

この関節の可動域を広げることによって、高齢者の廃用性症候群、外反母趾、横軸性偏平足、足底筋膜炎などの改善に応用。
両手でリスフラン関節を揉みほぐす感じ。

・肩関節

肩関節痛の患者に、脱臼の整復法が役立つ場合があるそうです。
(海野)

〔分科会3〕身体運動と鍼灸治療 〜運動学的視点を臨床に活かす〜(山野先生)




姿勢や重心の位置及びに歩き方等をみれば、どこが痛んでいるかを判断するだけでなく、腹診の目安になる、ということを教わりました。
腹診をする場合にはベッドで寝てもらっていることが多いため、止まっている範囲でしか判断ができません。
しかし、動作を観察(望診)することによって、腹診をする前からどこに問題があるかの目安を付けることができ、ダイナミックな診方ができるということです。
(前田)

〔科会4〕小児鍼と生きたツボについて(福嶋先生)



昨年、うちの甥っ子が生まれ、熱をよく出している様子。
なんとかしてあげたいなー、と思っての参加です。

まずは、福嶋先生の道具紹介。
道具によって、ドーゼが変わります。多様な道具がありますが、ドーゼを考えなければなりません。

小児の身体は、まだ未成熟。
小児の身体の見方を教えていただきました。
お腹も打診が中心になります。
経絡がまだできあがっていないため、面でとらえる必要があります。探すポイントは、皮膚の変調。
参加者全員の皮膚を触る稽古をしましたが、本当にみんな違います。
皮膚からだけでも、いろいろな情報がつかめると実感しました。

実際に藤田先生を赤ちゃん(!)に見立て、練習です。
打診によって背中の皮膚に変調がありそうな場所を探すと、皮膚の過緊張しているところが見つかりました。
その場所をイチョウ鍼でさすってあげると、大人でもお腹にあったガスが移動しています。
子供の変化する速度は速い、足りないなと思う程度に行うことがポイントのようです。

ほかにも、母親への関わり方、治療ポイントの見つけ方を細かく教えていただきました。



難しく思っていた小児はりですが、福嶋先生のガイダンスだと、なんだかできそうな気がしてきました。

福嶋先生、ありがとうございました!さっそく、今度甥っ子の治療してみます!
(林)

18:30〜 宴会

勉強で熱くなった頭を更に熱くする、夜は皆さんお待ちかねの宴会です。
今年は(例年と比べれば)大人しい宴会になりました。

ガソリン乾杯お兄さんコーナー
和気あいあいと杯を交わします。
この時はまだ酔っていません。

カイピリーニャ紹介カイピリーニャー
ブラジルのカクテル、カイピリーニャも登場しました。
(石水)


17日 6:00〜 気功

こちらも恒例となった原田先生による気功教室です。
今回はいつもより長く、6時から7時半まで指導して頂きました。

呼吸法気功
初めの30分間は呼吸法。
そこからは站椿功(たんとうこう)、十五勢(じゅうごせい)、六字訣(ろくじけつ)などをして頂きました。

細かい事はチンプンカンプンですが、身体がすっきりする事は確実です!
(石水)

9:00〜 法話



観風先生の法話は「工夫(くふう)」という題で行われました。

いやしの道協会では、初伝・中伝が奥伝の先生に指導を受けますが、先生方により表現方法やニュアンスが違います。それに対してどれが正しいのかという質問があるそうです。
観風先生は「どれも正しい」と答えるそうです。



「我々の治療は答えがひとつしかないというんじゃなくて、答えはひとつもないというのが正しい。答えのない問題にいつも直面して、その場で答えを出していく作業が我々の治療なんですね。」

この言葉には頭をがつんとやられた気がしました。
治療とはひとつの最適解があり、それに近づけていくのが治療だと思っていました。
その後、実際に訪れた患者さんの例や、接心で受けた質問を例にだしてお話をされ、いよいよ我々鍼灸師の「工夫」とは何かという段になります。

「工夫とは、鍼をやって効かなかったときが工夫のしどころです。」
患者さんが来て鍼をしたのに効かなかった!
さてどうするのか。
まあいっかとぽかーんとするのは私ぐらいにしておいて、普通は「何故治らないんだ」と疑問を感じ、発憤しますね。
発憤が工夫をする第一の鍵だそうです。
次に自分のやったことの反省をするそうです。
反省もなくまあいっかとぽかーんとして安酒を飲んでるのは私ぐら(以下省略)
どうして効果がでないのか、どうやったら効果が出るのか、問題意識を持つのが大事だそうです。
「問題意識を持てない人は工夫ができないです。」
次に効果がありそうなことを実際に試します。
実際に試しもせず昼間からごろごろしてるのはわた(省略)

「自分で工夫していく事がないと、我々の技術の世界では上達しないと思います。」



自分で考え、自分で試し、試行錯誤し研鑽を重ねる。
「工夫」の一言には大変な重みがあるのですね。
観風先生の講話は、接心茶話として機関誌『いやしの道 九号』から連載されています。
講話以外にも臨床検討報告や機関誌でしか読めない貴重な情報が満載です。
まだ全巻そろえていない先生はいますぐ、いやしの道協会書籍販売の日本の医学社へお問い合わせを!
(豊田)

9:40〜 グループ実技





私の班は、初伝三人で、指導者は海野先生、高橋先生であった。
『鍼灸Osaka103号 腹診再考』に大浦慈観先生の腹診図が掲載されたのでそれを道標に実際に腹診をする稽古をした。

心下では何を観ずるべきか?
少腹では何を観ずるべきか?
臍傍では何を観ずるべきか?

日ごろの稽古では「何となく」で通してしまいそうな部分に焦点をあててジックリ「観擦」した。

ほかの部分との違うところは?
皮膚近くの浅い部分だけでなく、体の奥のほうの部分にも感覚を向ける。

実際に観ずる感覚が脈診、舌診、切経と合致するか、または矛盾していないかをチェックし、実際に鍼を打ち、それぞれどう変化したかを観ずる感覚が大切であり、こうしたスタンスで治療に当たるべきだと痛感させられた。
(興津)

12:30〜 パネルディスカッション

今年は「食について」をテーマになりました。
円座をくんで、禅宗、カトリックからはじまり、日本の戦中戦後史、世界ではどうなのか、
漫画のまで多岐にわたり食について、経験から語り合いました。







14:30〜 反省会、他



本年も無事に終了致しました。
新しい知識が得られた方、技が上達した方、今年も二日酔いに悩んだ方、もっと羽目を外したかった方など、いろいろな体験があったと思います。
そういった体験には良いも悪いもなく、全てが貴重な経験であると思いますので、今後一年に活かすと共に、来年またお会いできたら宜しいかと思います。

また来年〜

反省会はパネルディスカッションの
あと行われる予定でしたが、今回時間の都合で省略となりました


(ふかお、なんぶ、おきつ、いしみず)

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