いやしの道協会ブログ

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3月 八郷接心

2月28日・3月1日 八郷

春間近とはいえまだ肌寒い八郷。

今月で、いやしの道協会としての最後の接心です。

 

さっそく坐禅。

 
独坐大雄峰の心持ちで坐ってやろうなどと考えたりしてしまったり。
 

茶礼。

八郷接心の始まりの話から、観風先生の若い頃のお話に、
おおっぴらに書くのは差し障るお話ばかりなのが残念です。

 

茶礼や休憩時間では、参加者同士で様々な情報交換などをします。

花粉症の耳ツボ。

 


早朝。
読経。

あれこれ考えながらではダメ。大声を出して、息を付くのを忘れるぐらい、死ぬ気で。

坐禅。4本


経行。

寒さがだいぶマシになっています。

粥坐。

 


作務。
今月は主に枯枝と落ち葉集め。


焚火が温かいです。

何も言わなくても、それぞれがそれぞれの仕事を息を併せながら進めて行きます。

 

講話。

 

『薬病相治』《碧巌録》第八七則

やくびょうあいちす

薬病相治す。尽く大地是れ薬。いずれか是れ自己。

雲門文偃禅師が大勢の修行者を前にして、華厳経の逸話から引用して、仏法のギリギリを言った。

 

華厳経の逸話とは、

文殊菩薩が善財童子に「薬にならないものを採ってきなさい」と言った。善財童子はあらゆるものを調べてみたが薬にならないもののは無かったので、何も持たずに文殊菩薩の所に帰った。

今度は「薬になるものを採ってきなさい」と文殊菩薩が言うので、善財童子はそばに生えていた一本の草を採って文殊に手渡した。

文殊菩薩はそれを受け取り、それを大勢の修行者に「この一本は薬であるが、これは又よく人を殺しもすれば、よく活かしもするぞ」と説法した。

この場合の毒や薬は、実際の毒や薬ではなく、

悟りに導く喝や痛棒などが薬であり、妄想・煩悩が毒である。

 

仏教では薬や病、自分や他人など、相対的に分かれる前の世界を問題にする。

相対的な世界は心で判断する世界。では心を生じさせた大元は何か。

悩み多き人生。七転八倒するその時にも、如何に早く安心できるか。

治って欲しいとはいえ。治っても治らなくても安心。治らなくてもどこかで自他ともに安心できるのが鍼禅。

 

「尽く大地是れ薬」とは宇宙のあらゆるもの、あらゆる事象が全てのものが薬になる。

それは何を目指して、日々を工夫しながら積み重ね、もがいて来たこと次第で、全てのことが薬になる。

 

(万作・椿)

 

斎坐。

 

夜に重曹につけたするめが、こんな風に。

いい味を出していました。

 

休憩時間。

休憩時間も刺絡の練習を。観風先生に見本を見せて頂きました。鍼の向きや角度、刺さずに刺す。観風先生がご自身で一から工夫して培った技術の極意を見せて頂く訳ですが、各自が工夫していかなければいくら見せていても、何も見ていないことになってしまうのだろうなぁと思います。

 
 

模範実技。

一週間前から左腕の痺れ。親指。人差し指。肺経

肝臓の裏辺りと左側首付根辺りに湿疹。

湿疹は5年前から時々。

バッグやリュックで痺れが強くなる。酒は毎日飲む。飲むと痒くなる。

 

首がおかしい時は、首の督脈上、真ん中のスジを探す。悪い方を夾脊、横から押す。

缺盆付近の圧痛。痺れのある指間穴に対して長めに鍼を留める。

 

皮膚病は胸郭内部の熱。肝臓も胸郭内。

我の無い治療。相手が教えてくれる様に自然に。

 

グループ稽古。
所狭しと稽古に励みます。


手に力が入っている。指が力んでいると、治療していて肩が凝る。

同じ様なところを何度も刺すのは迷い鍼。

 

反省会。

 

今月で長らく続いたいやしの道協会行事としての接心は終わりです。

また来月から新体制の役職での接心は、おちこぼれ塾として鍼禅研修の集いが始まります。

| 八郷接心 | 01:29 | - | -
2月八郷接心
1月31日〜2月1日
八郷
今月も寒いですが、雪も降られずにすみました。
 
さっそく坐禅。
 
 茶礼。今月は寒いのにも関わらず沢山の人が来られました。
 
四月からは接心はいやしの道協会の活動ではなくなります。
今後のことを話し合いました。
 
 


読経。

坐禅。先月は真っ暗の中坐り始めましたが、今月は少し明るくなるのが早い様です。
寒い中坐っていると、太陽の暖かさがありがたいです。
 
粥坐。
 
休憩時間に四月からの役職や典座決めをします。

直日、木魚、版木、ブログ、連絡、会計などなど常連の参加者が務めます。
 
作務。今月は十二月に引き続き、植え替え。
 
枝切り、落ち葉集めです。
 

講話「石橋略彴」
 
意味は石橋と丸木橋。
 
ある修行僧がはるばる趙州禅師の所にやってきて「有名な趙州の石橋を見てみたいと、長い間願っていましたが、只の丸木橋があるだけではないですか」と、趙州禅師を丸木橋に例えて批判した。
趙州はやんわりと「お前さんは丸木橋だけを見て、本当の石橋を見ていない」と答えた。
僧は「石橋とはどの様なものか?」と尋ねてきた。
趙州禅師は「驢も渡すし、馬も渡すぞ」と答えた。
ロバや馬ばかりではなく、お前さん自身も渡しているぞという。
禅では警策で叩いてみたり、指を立ててみたりもするが、趙州禅師はやんわりとした答えをする。ロバや馬は悟れずもがいている僧や、悩み苦しむ世の人のこと。
「自未得度先度他」という言葉がある。
自分が絶対的安心を得て悟っていなくても、先ず一切の生きとし生けるものを悩み苦しむ、此岸から、彼岸へと渡そうという心を発することである。
 
鍼禅の世界でも同じ。
一本の鍼をもって、悩み苦しむ患者に対し、どの様な心で接するか。
 
病の軽い重いがあり、病でも健康でもない世界がある。
治ると治らないがあり、治すのでも、治さないのでもない世界がある。
 
只、若いうちは苦労して必死に「何とかして治してやるぞ!!」という積み重ねが必要。陰陽虚実寒熱の概念。経絡、補瀉、病名、治法などの概念。それが本当に正しいものなのか、自分で点検して、工夫していかなければいけない。
場の作り方であったり、人間関係の作り方もそうだ。
 
そのうちにああしてやろうとかこうしてやろうとかでなく、宇宙そのまんま。
「近所にいるだけで安心だ」と言ってもらえる様になる。
それはそれだけの積み重ねが大事。
 <椿と木蓮>

斎坐。
手打ち蕎麦。美味しく頂きました。
 
休憩。
さっそく、四月に向けてそれぞれの係りの引継ぎなどがありました。
読経の係り。三拝の仕方を観風先生から指導を受けます。
立ち方、座り方。呼吸に合わせて流れるように。上体がぶれないように。
やってみるとものすごく難しいです。


稽古。

耳が二ヶ月ほど前からツバを飲み込んだりするとポコポコいう。
左右ともなったが、現在は右のみ。
脈は右関が強
1.右手に。
2.右耳周囲。左もついでに。
3.左手に。
4.お腹。右胸脇下を中心に。
5.左足に。
耳管がうまく開いていない。
 
 
反省会。コップが割れて少なくなっている。
鍼をしている時は油断をしない。鍼をしていない時でも油断をしないように。丁寧に。
 

 
| 八郷接心 | 20:29 | - | -
1月八郷接心
1月3日4日
あけましておめでとうございます。

お正月でも接心はいつも通り行われます。

坐禅。

茶礼。

お屠蘇と酒の肴がいっぱいです。

新年早々、新しい参加者が来られました。

接心にむけての意気込みを。
そして、それぞれが新年の抱負を述べて行きます。
引っ越し。開業。などなど

朝。読経

坐禅。
まだ夜明け前、本当に寒い中坐るのですが。
坐禅中は気合が入っているせいか、不思議と寒くなかったりします。
気合を入れないと寒くて仕方ないので、坐禅は寒い時の方がおすすめです。

この時期の暗い所から、段々と明るくなっていく中坐っているのも中々良いもにです。

経行。
木々がさっぱりとしていて、気持ちが引き締まります。

粥坐
七日にはちょっと早いですが、七草粥を頂きました。
坐禅で冷えた体がお粥で温まります。


講話

「牛羊無角」『碧巌録』第五五則
兎馬に角あり。牛羊に角なし。
世間の常識では逆だがはたしてどういう意味か。

お葬式で弔いをしていた師の道吾に弟子の漸源が死者を入れた棺を叩いて、
「生きているのか、しんでいるのか」と問うた。
道吾は「生きているとも言うまい。死んでいるとも言うまい。」と答えた。
漸源は「どうして答えてくれないのか」と更に突っ込む。
道吾「言うまい。言うまい。」
漸源「答えてくれないなら、和尚を打ち据えます。」と詰め寄る。
道吾はそれでも「打つのは勝手だが、言うまい。言うまい。」と答えた。
師の慈悲深い教えにも気付かず師を打ち据えてしまった。

(とても長いお話なので、漸源がその後どうなったかは、来年の「いやしの道誌」を買って読んでください。)

生と死とは何かを考える鍼灸師にとって避けては通れない問題。
常識では死者であるから棺に入っているはずなのに、
道吾和尚が生きているとも死んでいるとも言わなかったのがなぜか分かれば、
牛や羊には角がないという矛盾した言葉の意味も分かる。
認識出来る世界は空であり、無である。
ここでこうして湯気が上がっているのもそうだけれど、
言葉では語れない世界があって全ては成り立っている。
それが分かる為に、坐禅する。

生も死も認識の世界。
生きても死んでも、その裏に変わらずに働いている世界がある。
その世界は言えないし、言わない。悟って分かるしかない。

鍼の世界でも、瀉だとか補だとかは勝手に決めた、決め事の世界。
命はあるようにあるだけ。
治ったとか、病気になったりとか、治らなかったりとか。
それはどういうことなのかを、それぞれがよく考えないといけない。
(椿・蝋梅)

斎坐。
うどんと煮物を美味しくいただきます。


書初め。
お正月の接心は毎年、作務の代わりに書初めを行います。
まず。線や円を書く。線と言っても、これはただ線を書く練習ではなく、世界をぐるっとめぐって来た円相の一部分です。円は円相。石臼を引くように書きます。

腕や肩で書いてはダメ。腹で書く。力を入れて書いてはダメ。気合を入れる。鍼と同じです。
それぞれ決めてきた言葉を書いて行きます。

太極拳の様に、腕じゃなくて脚で書く。
観風先生が書いたものと比べると下手さがよく分かります。

でも書いている途中に下手だなぁとか、筆が割れたとか、どう書くんだったけとか、思い悩んでいる様ではダメ。



実技稽古。
 
風邪の治療。二例。
比較しながら。
咳では喉に見るべきポイントが三箇所ある。
喉のどこが痛むかで、最初のうちは手足の経絡を選ぶのも違って来ます。胃経なのか、腎経なのか。
1.冬至に無理をして風邪をひいた。主訴は咳と痰。
お腹は冷えている。
喉や胸部の痛む部位を探してそこに打つ。血管があるので丁寧に刺す。
喉の治療と手足に引くので治療の大半は終了。後のお腹や背部の治療はおまけ。

2.年末に風邪をひいた。主訴は咳。
痰はない。喉の炎症が主。一例目よりも軽い。
喉の治療。後のお腹や背部の治療はおまけ。
いつもの様に組みに分かれて稽古します。

中伝や初伝よりも指導者の方が多いので、みっちりと教えていただけます。

反省会。
お粥がのりになってしまった。
典坐助手が典坐の足を引っ張ってしまった。
正座で足が痺れて立てずに迷惑をかけてしまった。
などなど。
色々な反省があります。
自分は反省すべき点は沢山あるのにしゃべるのを忘れてしまいます。
坐禅中の電気を消すタイミングに手間取ってしまったりとか、ブログの写真を取り忘れた所が沢山あるとか、写真をどう取るのかが難しいとか。嗚呼。

※接心に参加される方は車の手配等ありますので、出来るだけ2週間前にお知らせ頂けると助かります。

〈文責 ・乙重〉
| 八郷接心 | 23:02 | - | -
東京接心会
白い息を吐きながら駒込駅から会場の勝林寺さんへ向かいます。
12月27日。今年最後の東京接心会。
冷たい空気の中で、ぐっと気持ちが引き締まります。

今日の掛け軸。

講義機ゝ猝樟萓
季節に相応しく、「冷え性」についての講義をして頂きました。
冷え性のチェック・リストを頂き、自分でチェックしてみると…
思っている以上に「冷え性」に近い、
又は「冷え性」になるような生活をしている自分に気づきます。
冷え性についての症例で、女性が多いのは、
女性は男性に比べて筋肉量が少なく、代謝量が少ない事、
内部性器(子宮や卵巣)に血液が集まると、
皮膚に回る血液量が減り、冷症になりやすいという理由があるそうです。

多くの原因不明の不妊症が、「冷え性」が原因で有る事も多く、
冷え性を治すことによって、妊娠した患者さんも多いとの事。
たかが「冷え性」ではありません。

今月の「鍼灸師のための『傷寒論』を学ぶ会でも取り上げられた、
「当帰四逆加呉茱萸生姜湯」の症例を挙げられ、
パソコンの連続使用は指を冷やし、冷え性に繋がるというお話をされました。
機関誌「いやしの道」の編集長でいらっしゃる朽名先生は、
身体を呈して会に貢献なさっているという事です。
ありがとうございます。お身体、大事になさって下さい。

漢方薬の服用以外にも、生活習慣を見直す事、
食事であるとか、服装であるとか、入浴方法であるとか、運動して代謝を高めるとか、
色々な方法で、冷え性は改善することが出来ます。
『食べて治す・防ぐ医学辞典(中村丁次著)講談社MOOK』という本から、
身体を温める食べ物、冷やす食べ物を教えて頂きました。
患者さんに食事指導をする時に、一冊あると便利です。

服装は、上は薄く、下は厚くが原則です。
冬には腹巻など利用すると、更に良いそうです。
靴下の重ね履きなどお勧めです。

よく処方される漢方薬の絵を見ると、
寒そうな青色(冷え、水毒など)でいっぱいで、
見るだけで寒くなってしまいました。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯、苓姜朮甘湯、
真武湯、補中益気湯、十全大補湯、桃核承気湯、当帰芍薬散などです。
食べ物でも生活習慣でも身体を冷やす要素は沢山あります。
患者さんに指導する前に自分が気を付けなければ、と、思った事でした。

実技 
今日も沢山の患者さんが来て下さいました。
ありがとうございます。

講義供ゝ猝樟萓


心下逆満と苓桂朮甘湯についての講義をして頂きました。
心下についえての証はたくさんありますが、
心下逆満というのは、寝て貰うと、心下部が膨れているような感じだそうです。
「心下に上逆と脹滿の感じがあるもの」と、傷寒論真髄には載っています。
そして、それを治する薬方の一つとして「苓桂朮甘湯」が挙げられています。

「苓桂朮甘湯」はめまいによく使う薬の一つです。
沢瀉湯と並んで、先月、傷寒論講義で取り上げられた「五苓散」類の薬方で、
いずれも、水毒がらみの薬方です。
『方極』には、「心下悸し、上衝し、立てば則ち頭眩し、小便不利する者を治す」とあります。
この症状を治す同じような性質を持った薬方として、
「真武湯」「沢瀉湯」「五苓散」が挙げられていました。
その中でも「真武湯」は、冷えの度合いが強い場合に用いるのだそうです。

薬方の解説として、主訴は、
眩暈、身体動揺感、息切れと心悸亢進、上衝、頭痛、神経質(ノイローゼ)等
とありました。上衝がありますから、精神科疾患も当然あります。
心下逆満は、下から上へ充塞感が衝き上げるもの、とあり、
胸脇苦満とは、その方向が異なっています。
苓桂朮甘湯は合方も多く、
四物湯と合方して「連珠飲」と名付け、武田薬品から「ルビーナ」という名称で
更年期障害の薬品として販売されているそうです。
呉茱萸、牡蠣、李根皮と合方して「定悸飲」
鍼砂(砂鉄)、牡蠣、人参と合方して「鍼砂湯」等々

刺法については、
『鍼道発秘』より
・水腫 ・小弁・小児雀目 ・耳の病を参考にすると良いとの事。
いずれも、水毒がらみです。
使う経穴は
肝経症状:めまいが主症状…風池、肝兪、肩井、曲泉
三焦経症状:耳鳴り、難聴、耳閉感を伴うめまい…耳門、天柱、内関、外関
腎経症状:血圧の異常、自律神経失調および心因性の不定愁訴を伴うめまい…
天柱、大杼、肺兪、腎兪、復溜、曲池
(木下晴都著『鍼灸治療学』(医道の日本社)を一冊持っていると便利だそうです)

古典から眩暈の症例と、眼疾の症例を読みました。興味深かったです。

坐禅
今日も副住職さんのご指導の下、
カンとした空気の中、坐りました。


これで、今年の東京接心会は終了です。
今年も朽名先生、山野先生には大変お世話になりました。
ありがとうございます。
また来年もよろしくお願いいたします。
来年も元気な顔でお会いできますように。
   (文責:岡田)






 
| 八郷接心 | 23:59 | - | -
12月八郷接心
12月6日、7日八郷接心

※残念なお知らせが、来年4月から新体制に合わせて八郷接心は、いやしの道協会の活動でなくなります。
その為、後3回で終了します。


寒さが厳しくなってきた八郷です。

寒い中、さっそく坐禅


茶礼

近況報告
ひさしぶりの参加者が2名おられます。
半年、1年振りに来てもお互い久しぶりの感じがしません。
八郷の安心感のなせる業なのか。




まだ暗い中から読経が始まります。

この時期は坐禅をしていても寒くて震えそうです。
冬は警策で叩かれる時の痛みが増します。
叩かれるうちに温まってくるのが不思議です。

経行。寒さの為に、歩くというよりほとんど走っています。
この日は氷点下まで下がったようです。


粥坐。準備をする最中もみんなでずっとお経を唱えています。
最初は全く覚えてなかったので、戸惑ったものです。

作務前の休憩

ちょっとした時間にも治療しあったりします。

かと思えば作務が始まる前から火を起こして温まったり。冬は特にたき火が楽しいです。
今回は植木の植え替えをします。

今回は何本も植え替えるので穴も何個も掘ります。根っこはかなり深いので、かなり深く穴を掘るの重労働です。

今回は甘酒。生姜が効いていて温まります。



講話「一生受用不尽」《無門関》三則

一生かかっても使いきることができないということ。
 
倶胝和尚は問答を仕掛けられたら決まって一本指を立てた。
ある時、倶胝和尚の処にいた童子が、外からやってきた客に「ここの和尚はどの様に仏の肝要を説いているのか」と尋ねられ、指を一本立てて見せた。これを聞きつけた和尚は、童子の指を切断してしまった。
童子が号泣して走って逃げようとした時、和尚が呼び止め、指を一本立てた。童子はその途端開悟した。
倶ていは臨終を迎えた時、「天竜和尚の処で一指頭の禅というものを得たが、一生をかかってもそれを使いきることが出来ない」と言って息を引き取った。
 
もちろん、童子も和尚も指先ぐらいで悟った訳ではない。 坐禅をしたり、様々な体験をして、指先はきっかけに過ぎない。

鍼の世界に置き換えると
「一鍼一生受用不尽」

一本の鍼の中に一身を込め、一鍼乾坤を貫くということが分かるまで、苦労した。
鍼を通して我々は生きている。
鍼の中にすべての真理が詰まっていて、時空を超える。
鍼と自分が一心同体みたいな感じになって生きられたら
一生どころではなく、何生しても使い切ることはできない。


生活は生活
自分は自分
ではなく、いつでもどこでも鍼と関係があるように生きる。

一瞬一瞬を生きながら。
草刈や作務の様な関係ない様なことでも関係ある。
草刈も刈ろう刈ろうとすると疲れる。機械を草の所に持っていくと勝手に刈れる。
鍼も治そう治そう、打とう打とうとしたら疲れる。
体が必要としていて、治そうとしているところに、鍼を置いていけば、体が勝手に治るから疲れない。
それだと鍼を打たれてる人も気持ちよくて治る。

一本の鍼を一生かけても使いきることが出来ない。




斎坐。

八郷の大根も入って、とてもおいしく頂きました。

実技稽古
寒いので下の階にて。

主訴:左腹部鈍痛。食後2、3時間後、特に痛くなる。
三週間ほど前から。おそらくストレスが原因。口が苦い。大便黒くて硬い。
油もの、肉、沢山食べると良くない。食欲不振。
吐き気はない。

たべてすぐの痛みではないから、十二指腸潰瘍の辺りの炎症ではないか。
左腹部の痛みを訴えているけれど、右の腹の方が悪い。
左腹部はガスによる痛みで放散しているだけ。

手にひいて腹と背中から治療。


分かれての稽古。接心参加者はほとんど指導者になりました。指導者でないのは中伝2人、初伝1人のみ。
それだけに内容の濃い指導を受けれます。

反省会。

ひとり小さな部屋で、鍼をひねっているのを一生続けるのかと嫌になったりはしないか?
でも、一人の人を治療すれば、その家族、ひいては様々な人が助かる。
世界に広がっていくことを思いながら、日々を過ごしなさい。


※来年1月の接心はいつも通り、第一の土日の3日、4日です。お間違えのない様にお願いします。
雪の場合には中止となります。
また、参加者は筆禅道をするので、何か一句準備しておいて下さい。


(文責:乙重)

 
| 八郷接心 | 21:25 | - | -
11月八郷接心
11月1日、2日
ひさしぶりの晴れた接心です。


茶話

いやしの道は海を越えています。
カナダから遥々ひさしぶりの参加者が。
カナダのサーモン
ではなくて
カナダとの文化の違いを色々お聞きしました。

新指導者からの意気込みも聞けました。 

寝る前に時間を惜しんで稽古です。


2日目
日の出前から読経が始まります。

坐禅。



霧の中の経行。

粥坐。


2か月ぶりの作務

休憩。

秋の恵み。芋。

講和。『独坐大雄峰』
《碧巌録》第二六則の本則
大雄峰にどっかりと坐っている。独立独尊の境涯のこと。《禅林句集》

ただ、坐しているだけなのか。大雄峰に坐すとはどんなことなのか。
人はいつ死ぬかわからないが、大きな世界で生きれるかどうか。
どんなことが起きても、日々是好日と、安心して一生を生きれるかどうか。

居坐布団三十年  座布団に居ること三十年
常只行道以一鍼  常に只、道を行ずるに一鍼を以てす
不知如何治不治  知らず、治すや治せざるやの如何を
観風一鍼貫乾坤  風を観て一鍼乾坤を貫く
(観風先生開業30周年記念の漢詩)

鍼は患者さんの体に刺しているのか。

命とは
病気とは
健康とは
治しているのか
治していないのか
鍼は宇宙を貫いている

宇宙のど真ん中に宇宙一杯の自分がいるのだ。




斎坐。

ヤーコンに薩摩芋。八郷の恵みをさっそく戴きます。


実技稽古。
主訴。疲れやすさ。食欲不振。やる気低下。
股関節の痛み


引き鍼、腹、背、頸、股関節、津波鍼。運動鍼の順に治療。
最後に引き鍼をしながらの運動鍼。観風先生も一緒になって屈伸運動。


歩きながらの引き鍼。

一本の鍼でどのように変わるかが問題。どこに打つかではない。
治療後、脈、腹は変わり。びっこをひきながら歩かれていたのがまっすぐ歩ける様になるから不思議です。

反省会。

また来月お会いしましょう。
| 八郷接心 | 23:33 | - | -
10月八郷接心
10月4日、5日
台風が近付いているため、雨の降る中の接心でした。

今月の接心は14名。
虫の鳴き声の中。坐禅。

久しぶりの参加者が。
 
先月の合宿では、指導者試験に二人も受かりました。
続々と指導者が誕生して嬉しい限りです。
それぞれの参加者が、合宿の感想を。
女性や普段会えない参加者と話が出来て良かったなどなど(笑)
 



読経

坐禅。

経行

今月も雨なので、中で。
ゆっくりと歩くのも難しいものです。
 

今回も作務は雨の為に中止に。
代わりに二人組で稽古を。
 
 
休憩。梨。
休憩中も、合宿で話題になったなんば歩きや、経行の歩き方について。
丹田で歩くということ。難しいものです。
 
 
 
丹田は地面と平行に。歩くたびに上下させない。

「体露金風」《碧巌録》第二七則

体露は全体露現、金は五行説で秋に相当する。金風は秋風のこと。大地一杯秋風がふく様のこと。


僧、雲門に問う。「樹凋(しぼ)み、葉落つる時、如何」
雲門云く「体露金風」
一人の修行僧が、雲門禅師に「木が枯れ朽ち、葉が全て落ちてしまう時、つまり余分なものを捨て去り、悟ったという誇りも捨て去りして禅者として磨きのかかって来た境涯とはどんなものはどうでしょうか」かという問いに、
雲門は「天地一杯が秋風に吹かれている」と答えた。

他の指導者であれば、渇したりするところ。公案というのは、坐禅もしないで頭で理解しても何の足しにもならないどころか害になる。質問に対して、答えの内容の意味することを考えてはいけない。

鍼灸師は、陰陽五行説や臓腑経絡説などの東洋医学の体系を覚え込む。それを頼りに診断や治療している。人体に十二経絡の線状の様なものを思い描き、補瀉を為すべき経穴を、脈診で考え、頭で探す。
しかし、実際の人体は理論体系に合わないことは、沢山ある。
吉益東洞は、湯液の世界で、論理体系を極力避けて、真実に近づく様に、削ってきた。
 初学のうちは論理体系は覚えなきゃいけないが、覚えて後生大事にしがみつくものではなく、一度覚えたら捨てていかなければいけない。
鍼でも坐禅でも論理などを突き抜けていくには、繰り返し繰り返し、何度もやっていく必要がある。
 
(芙蓉、秋桜)

斎坐。カレーうどん。

おいしくいただきました。


 
実技稽古


一か月前に風邪をひいて毎週ごとに痛みの移動する状態への治療。
今一番気になるのは右頸〜右肩甲間部
寝違いは細かいリンパ腺の腫れが凝っている筋肉に波及して起こる。
 頸の寝違いは付け根がポイント。表面の熱をさばいて、中のスジをラインに沿って刺していく、後、手に引く。
それでもダメならちょっと頸に刺絡すれば良い。あんまり他をやると効果が薄れる。
腰に2、3か所。
寝違いは深い。敏感な人でもきちんと刺さなければいけない場合も多い。

 
 
反省会。
典座も畑のものがとれなかったり、予想していなかったものがあったり、対応するのが難しいものです。

今回は普段1時間半の実技の時間が、かなり長いものに。作務がないのは残念ですが、それはそれで面白かったです。

 次回は、晴れてくれることを祈って。

 
 
 

 
 
 
 

 
| 八郷接心 | 02:40 | - | -
9月八郷接心

 
9月6日、7日八郷接心が風が強く、秋を感じさせる接心です。
今月の接心は合宿が優先。人数が少ないので、いつもとちょっと違う雰囲気です。
 
虫の鳴き声と団子の蒸す音の中の坐禅です。
虫の鳴き声が体の中に響いて来ます。
虫が自分か自分が虫か。
 
今月は仲秋の名月ということで、お団子を味噌で頂きながらの茶礼です。
みんなで団子を丸めます。少し柔らかくなってしまいました。

 
いやしの道の今後の話を。
立場の違いを越えて、広がって行くにはどうするか。
禅は本来、宗教でない。坐禅をすることでもない。
違っていても同じ、同じであって違う。
違うものに見えても、その根底にあるものは同じ。
鍼灸でも、浅く刺す流派、深く刺す流派様々、でも治る体は同じ。
治療の仕方は違っていても、治るという点では同じことが起こっているはず。
立場の違いを越えて、それぞれの良さを認めることが大事なのではないか。
 
 
 
 
 
坐禅。雨の降る中の坐禅。
雨が広がって行きます。
雨が自分か、自分が雨か。
 
経行

雨なので、中で。
丹田に気を込めながら、歩きます。
九月、それぞれの役職にも少しずつ慣れてきます。
版木の音の響き方が四月とは、明らかに違います。
 
作務は雨の為に、地下室の片付けと、窓拭きです。


 
休憩。豊水梨。
美味しく頂きました。
 
作務は少し早く切り上げて、
新たな試みに関して実験。
腹診での寒熱や邪の感じ方についてなど、興味深い話が色々飛び出します。

 


講話「白馬入蘆花」

僧、巴陵問う。如何なるか是れ提婆宗。
[白馬蘆花に入る。什麼(なん)と道()うぞ。]

巴陵云く、銀椀裏に雪を盛る。
 
白馬、蘆花に入る。蘆花はあしの花。白馬も蘆花も白く、銀椀も雪も白い。どれも白く、見分け難い。見分け難いが区別がつかないかと言えば、馬は馬、芦花は芦花、椀は椀、雪は雪ではっきり分かる。
 
同じでいて違い、違っていて同じということ。
普通、認識の世界では、全く違うものに思えても、その根底では同じものが流れる。
人は比較をするから悩む。貧乏なことを悩み、足の短いことを悩み、不細工であることを悩む。全て比較をするから悩む。
禅はその比較から離れて、底に流れる同じであることに目を向ける。
 
鍼の世界でも色々な流派があるが、立場を如何に越えていくか。
底に流れる同じであることに目を向ける。
 
〈すすき〉藤田先生による投げ入れです。
 
斎坐
 
うどんが足りずに、急遽素麺に、食事の分量は、大人数なので、なかなか難しいです。
 

実技稽古
特に症状がない第0段階の治療。
とは言え、悪い所はあるものです。

血圧高めなので、上から下に治療。
ぐりぐりせずに、2日か3日後に効くくらい。
ただ悪そうな所にやって、気を通すだけ。
 
「みんな鍼を信じ切れていない。」という言葉にどきりとします。
患者さんに鍼を信じてくださいという、治療する側が、真実徹底して信じ切れているのか。
どうしても治そう治そうとして、やり過ぎて、治るのをかえって邪魔してしまいます。
 
 
反省会

いつもと雰囲気が違うことに戸惑ったり、雨が降ったことに戸惑ったりしてしまいましたが。
禅なら違っていて同じ、同じでいて違う。
雑踏の中でも坐禅が出来る位に。
 

帰りには晴れました。

今月は、また合宿で会いましょう。
 
| 八郷接心 | 10:29 | - | -
8月 八郷接心
8月2日3日八郷接心。
晴れて、暑いさなかの接心です。
 
着くと観風先生にまず挨拶。
随坐。
坐禅。二しゅ。
この時期は寒さに耐えながらよりも、より気合を入れないと眠くなってしまいます。

茶礼。

明日の坐禅中も五人稽古。続々と指導者を目指す接心参加者。改めて、指導者になる覚悟を問われます。
指導者試験の前には、一週間まばたきをしない気合で望まないといけない!
ピリピリとして、そのことばかり考えて、生活から変わるもの。それだけの覚悟があるか。
坐禅中にごっそりと指導者が抜けることで場の空気が変わることに対して、
こちらもそんなことに負けてたまるかという覚悟で臨みます。
気合を入れて坐れなかった時には、30分がものすごく長く感じられていましたが、
きちんと気合を入れて坐ると足の痺れもすくなく、時間が経つのがあっという間で、
30分が5分位に感じられます。
粥坐。

作務。


藪枯らしのツタと格闘中。

スイカで水分補給。塩をかけると甘いです。

カブトムシ。久々に見ました。カミキリムシとか、八郷は色々な生き物に溢れています。
今回の接心は熱中症対策としていつもより作務が短いです。
その代わり、白隠禅師ほか大家の書を隣で見せていただくことに。
水風呂に入って、さっぱりとしてから伺います。

 

講話。「内観真修」

《白隠禅師「遠羅天釜」内観真修歌》より
内観とは心の内を観てゆくこと。それを日々実践し、実際に体験していく本当の修行が大事。
「総じて一切修行者の、精進工夫は内観の、真修もって致すべし。」

「常に心気を下にして、臍輪気海丹田と腰脚間に充たしめて…」
臍輪気海丹田のみならず腰や脚に気を充たしてゆく、坐禅の時だけでなく、どんな動作の最中でも、臍輪気海丹田と腰脚間に気を充実させていれば、何をするのも疲れることも、飽きることもないという。

坐禅中は出来ていても、歩いている最中、鍼をしている最中、気を充たすことが出来ているか。
ちょっと物を取ろうとしても、意識はそちらの方に行ってしまう。それではダメ。
内観真修歌では、徹底して臍輪以下丹田、気海腰脚足身に気が充実していれば、心が空っぽになり、「無」の状態になれると説く。
日々、何をする時も、臍輪以下丹田、気海腰脚足心総てに気が充実しているかどうかを見返しながら精進工夫に励むことが大事。


斎坐。


ごますり風景。

稽古。

#1右足の痛み。
#2右拇趾痛風。

痛むスジを丁寧に探していきます。

経筋で考えていく、腰やお腹の方にも反応は出ている。

スジが長く浅い場合は、スジに沿って斜刺にて刺して行ったりする。

反対の手に引きながら運動鍼、
その後、痛風に対して痛風は本来なら直接は刺さないが、時間が経っていてある程度治まっていたら刺したりする。反対の足に引かれましたが、引ければどこでもいいと。
今回はたまたま、分けて引いただけ。


反省会。次回は、九月は特別合宿が接心に優先とはいえ、ほとんどの常連の方は参加する模様です。
台風が来ないと良いですが。

(文責・乙重)
| 八郷接心 | 21:58 | - | -
7月八郷接心
7月5日、6日八郷接心。

紫陽花が満開。梅雨の合間。見事に雨が避けてくれます。

さっそく掃除。

先月は思いのほか寒かったので、こたつを上げます。埃でいっぱい。


坐禅。だいぶ暖かくなってきて冬の寒さの中で坐るのとはまた違った感じです。



先月末には観風先生がイタリアに行かれていたお土産をみんなで飲みます。

ちょうど、常連参加者の結婚の報告、ひさしぶりの参加者の子供が産まれた報告、めでたいことが重なるのに合わせてスパークリングワインで乾杯。

『医道の日本7月号』には大浦先生、堀先生の記事が載っています。いやしの道もどんどん広がっています。

少ししたらあちこちで治療が始まります。

明朝。

掃除。

今月も5人稽古があり、指導者が坐禅中にごっそりと抜けてしまいます。


やはり雰囲気が変わります。指導者の先生方がおられた方が空気がしまって気合も自然と入るのですが、一緒に坐ることに意味があるのだと改めて感じさせられます。

経行。紫陽花の中を。

粥坐。

作務前に気合を入れてます。


今月の収穫は沢山の蕪です。

みょうがを間違って切ってしまいました。この後、味見、香りは少ないものの、みょうがらしさは残っています。


講和。『心不可得』

《無門関》の二八則
竜潭和尚のところにやってきた徳山。
夜遅くなったので帰ろうとして、徳山は辺りが真っ暗なので提灯をもらおうとした。
竜潭和尚は提灯に火をつけて渡してやったが、徳山が受取ろうとすると、和尚はフッと吹き消してしまった。
徳山はその途端、悟りを開いて、竜潭和尚に深々と頭を下げた。
徳山はその後持っていた『金剛経』の注釈書を焼き捨ててしまった。

徳山が竜潭和尚に会う前、禅宗をやっつけてやろうと『金剛経』の注釈書を持って南の方にやってきて、点心を食べようとしてある店の老婆が「金剛経の中には過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得とあるが、お坊様はいったいどの心に点心しようとなさるのか」と徳山に聞いた。徳山はその問いにぐっと詰まりながらも竜潭和尚の所在を聞いた。

私たちも『素問』『霊枢』『傷寒論』『金匱要略』や数々の古典や医学書を学ぶけれど、真理は体にしかない。どんなに学ぼうが患者が治せないなら、真理には程遠い。また、経絡治療、太極療法、鍼灸にも浅く刺す、深く刺す、経絡を見たり、スジバリを見たり、体の味方や理論が違っても、鍼を体に立てる。やっていることは同じ。
自分たちの治療法が正しいというのは、我が身が可愛いだけの間違い。

治るのであれば、同じことをしている。
悟ってしまえば、同じこと。そうなったら本は燃やしてしまえばいい。

《蛍袋、虎の尾、野甘草》


お昼は、すべて八郷や我孫子近郊で採れた旬のものばかりで作られています。

実技。
総稽古。

頭痛の治療。
まずは、初めてやる場合は、敏感かどうかを確かめる為に引き鍼をする。
頭痛は上から下に治療。《鍼道発秘講義》の頭痛の項を参考に。


仕上げに刺絡を二か所から。

敏感にも関わらず、しっかりと治療したので、一旦治まっても症状がまた出てくるかもしれない。
その場合も、それから静まって治る。

分かれての稽古。少しずつレベルが上がっているせいか、贅沢なことに1対1でも今回は指導者が余ってしまいました。

反省会。
体調を整えて、接心に参加する。
体調が整っていなくても接心に参加すれば、治療を受けたり、学ぶことが沢山あります。
学び方は、心持次第。落ち込まず。諦めずに。これも修行あれも修行。
気合を入れて一歩ずつ進んでいきましょう。


(文責・乙重)

 
| 八郷接心 | 23:12 | - | -
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