いやしの道協会ブログ

いやしの道協会の最新情報をお届けします。

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2019年  第11回合宿

 

令和初になる今回の合宿は、みどりの駅最寄りにあります「ホテルニュー梅屋」さんで行われました。

初めての場所になりますが会場が畳張りで、いやしの道の合宿にぴったりの環境でした。

大浴場はラジウムイオン鉱石温泉となっており温泉までいただけるとても贅沢なホテルになります。

 

 

 

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 〇受付


 

受付嬢の皆さま。

素敵な会場をありがとうございます。

 

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 〇静坐


 

高まる気持ちを静めて貴重な学びの時間の準備をします。

 

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 〇開会の挨拶


 

朽名宗観会長より開会の挨拶。

今年のいやしの道合宿ファイルに書かれた横田観風先生筆による「回光返照」についてお話いただきました。

その人その人にある素晴らしい世界を切り開くため邁進せよと、背中を押された気持ちになりました。

 

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 〇江戸期鍼灸からみた<いやしの道> 

   

     大浦慈観先生

 

 

 

鍼道発秘訣集より引用された江戸期における鍼灸から、いやしの道の真髄となる<心>の持ちようについてお話しいただきました。

技術だけではなく患者さんの全体像を観ながら楽にしてあげること。

動揺せず、冷静にとらえ、自分に何ができるか客観的にとらえて患者さんと一丸となり施術する大切さ。

病人を前にして臆病になっては駄目。攻めすぎたり、結果を求めすぎても駄目。

鍼灸を志す者として、まず何より心がけ工夫鍛錬すべきことをご教授いただき、心の修練の難しさを感じました。

そして、江戸期から脈々と私たちが今、いやしの道で教えていただいている心の有り様の大切さを説いておられたのだな、と改めて感動を覚えました。

 

続いて、日本鍼灸史の第一級史料から復刻した打鍼を大浦先生がご持参され、実際に槌の違いをモデルの方に体験していただきました。

 

 

 

 

筆者も先日、大浦先生の勉強会で水牛の槌と鉛の槌との響きの違いを体験させてもらいましたが、鉛の入った槌を使った時は背中まで響いて広がるのが心地よく打鍼の面白さを感じました。

 

とても貴重な史料と道具を用いて講義をしていただき大きな学びとなりました。

 

(文責:福永)

 

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 〇鍼道発秘の刺法 

  

      海野流観先生

 

前半はレジメに沿って講義が行われました。

 

 

 

邪に対して鈍感だったと言う海野先生。

邪がどこにあるか分からなくても鍼道発秘の治療の法則がわかれば治療できるのではないかと考えて、大まかに分けて分類し治療の考え方をみることにした。

〇鍼治療の基本ー寒熱補瀉は1章の放心、5章の大寒、4章の大熱。この3つをベースにして42の病症の病態を分類してみた。

〇似たような刺鍼点、治療法を集めてグループ分けしてみる。

〇それに名前を付けてみるとだいたいのパターンが見えてくる。

Aー熱、邪実、不出・・・鍼灸院に来院する多くの患者

Bー冷え、虚、過出・・・これだけで来院することは少ない

CーAとBが同居、AがベースにあるのでA→Bの順で処置・・・水毒がらみや神経症的な鍼灸院に永く通院するタイプ

DーAとBが同居、BがベースにあるのでB→Aの順で処置・・・中高年の慢性疾患に多い

Eー逆パターン、横ライン

〇治療法から寒熱虚実を推測する。刺鍼方法と場所から病気の体に対する一元的な仕分けをする。

 

 

後半は変形性膝関節症について図解で説明

 

 

その後、実際に膝の痛みがある人に出ていただき、診察しながら治療の仕方、気をつけるポイントなどを話していただきました。

膝関節が痛い患者さんはハムストリングも緊張していることが多いので、この部分の筋肉も丁寧に観察して治療することで、治療効果が上がることを教えていただきました。

 

 

 

(文責:磯崎)

 

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 〇グループ実技

 

指導者を含めた三人一組となり実技稽古を行いました。

会場いっぱいに広がり、それぞれの課題と向き合いながら取り組みました。

 

   

 

 

  

 

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 〇夕食&自己紹介(前半)

 

待ちに待った夕食の時間です。

 


 

三輪副会長の乾杯の挨拶で、楽しいひと時の始まりです。

 

 

 

 

食事半ば、堀副会長の進行のもと自己紹介になります。

今回、座談会のテーマにちなみ「死ぬほど〇〇たこと」です。

 

 

各々の体験や感動など、個性が感じられました。

 

 

 

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 〇自己紹介(後半)&親睦会

 

自己紹介を一時中断し、会場を移動しての自己紹介後半と親睦会となります。

お酒と自己紹介者を囲みながら和やかな時間が過ぎます。

 

 


  

  

 

  

 

大広間での親睦会は22時まで続き、呑み足りない方々は307号室で二次会となりました。

 

 

(文責:中野)

 

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 〇気功 

 

    原田修観先生

 

いやしの道協会の合宿2日目です。

 

まずは6時から近所の運動場で原田修観先生による気功です。

 

 

運動場へ行きましょう。雨が降っています。

 

 

運動場です。雨天のため今回の気功は中止でした。

 

 

10年前の第1回合宿における原田先生による気功指導の様子です。

参考までに。

 

(文責:養母)

 

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 〇妊産婦との万病一風的治療を模索して 

 

    村田底観先生

 

 

村田先生は初めに、ご自身がいやしの道協会に入るきっかけとなった大浦慈観先生の文章を紹介されました。

そこに書かれていた、理論でもハウツーでもない「相手と自分の境目が曖昧になって温かい空間が広がっていく」感じを、ご自身が臨床の場でとても強く感じられた時のことを話されました。

 

 

それは患者さんの生まれたばかりの赤ちゃんを膝の上に乗せて、患者さんを治療された体験でした。

赤ちゃんの持つ陽の気、生命エネルギーが周りの全てを包み込み、温かで穏やかな場が現れているを感じ、先生は「鍼灸師とはなんと幸せな仕事なんだろう」と思われたそうです。

 

 

講話ではご自身の3人のお嬢さんの出産にまつわるエピソードを始め、様々な妊婦さんの症例を話されました。

 

印象的であったのは、良いお産をされる方には特徴があるというお話でした。

それは尺脈を沈めて診た時どれくらい力があるかに反映される、子宮の力があるということでした。そして、そのような妊婦さんはお産が近づくと美しくなる(色気が出る)そうです。

 

そのような妊婦さんの治療をしていく中で、村田先生は鍼灸治療が、現代人の中に埋もれてしまっている原始的な生命力の持つ美しさを甦らせるものなのではないか、出産という営みが生死の淵に否応なしに直面させられる出来事であるからこそ、妊婦の治療は鍼灸治療の本質について考えるヒントをくれるのではないかと感じられたそうです。

 

またその他、妊婦の治療の注意点である合谷と三陰交の禁鍼穴について、その出所である中国や日本の古典の引用。安胎のための具体的な施灸の穴などの紹介などをされました。

 

村田先生の、一つ一つの症例から時代を縦横無尽に行き来して古典に学び、詳しく省察されて次の臨床に最大限に生かされている姿勢は素晴らしく、たいへん感銘を受けました。

 

 

先生自身、最初こそ妊婦さんのお腹に恐る恐る触れていたそうですが、普段通りの腹診の原則と同じ、気持ちの良い触れ方であれば大丈夫であり、腹部への鍼灸治療も手の内が出来てくれば大丈夫であると言われました。そして妊婦さんもご自分お腹をどんどん触られることをお伝えしているそうです。それは自分のからだの声を聞く第一歩になるからです。

 

村田先生は助産師さんと強力なタッグを組まれて、お産に臨まれています。京都では助産師さんたちが中心になって「お産を語る会」が毎月開催されているそうです。お産という話題で初対面の方同士が深い話をするこの会は、地域で人が人と一緒に生きていき、成長していくためになくてはならない場であり、女性から女性へ生きるために本当に大切な知恵が継承されていくのを感じたそうです。

 

現在、助産院あるいは自宅で出産をする人が年々大幅に減少していて、助産師さんがお産だけで食べていけない状況になりつつあるそうです。鍼灸治療のあり方と共に、そのことの持つ社会全体の損失にも思いを馳せる貴重な講義でした。

 

 

(文責:小池奈)

 

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 〇<万病一風的治療>を手ほどきする 

 

    横田観風先生

 

まずは、横田先生のお話から。

 

 

「イメージというのは非常に大切ですね。昔、鍼の学校に入ったころは約半世紀ですけど、鍼灸師と職業欄に非常に書きづらかった。当時の弟子たちも自由業とかいろいろ書いて、鍼灸師とは書かないのですね。ひどい人は漢方医と書いて後で怒られるのですが、世間のイメージが非常に低くて、なかなか鍼灸師とは言えなかった。今は堂々と言えますけど。

我々が学生の頃はとにかくテキストを探そうと思ってもテキストがない。ようやく素問を研究する先生が出した本があるくらいで、しょうがないから原文を神田に行って買ってきて、原文のまま勉強するのですが何しろ読めない。たまたま友達の坊さんに漢文の達者な人がいて、読んでくれましたから読めるようになりましたけど。

とにかくそういう大変な時代でした。そんな時代の人達が頑張ってきて、いろいろレベルがアップしてきましたので、現代では鍼灸師と言っても大丈夫ですね。私も職業欄に鍼灸師と書いて大丈夫です。職業を尋ねられても自由業と言わず、鍼灸師ですと言える時代になってきました。

イメージというのは非常に大切なのです。昔の人は鍼灸師というとそういう風に思っていた。今はちゃんとした人が多くなりましたから一般の人も鍼灸師と聞いても昔とは違うイメージを持つわけです。だから若い女性の方もたくさんこの業界に入っていますが、我々の頃は女性なんてほんの2、3人しかいないのですね。どういう人かというと若くして独り身になって子供を育てるのに食べさせていかなくてはいけない、家族を養うために40代とかそのくらいになって、学校に入って来た人がいました。そういう時代です。今は若いお嬢さんがいっぱいいて、なんか時代が違ったなと思っています。イメージが良くなったのですね。

 

 

なんでこんな話しをするかというとイメージが大事だと言いたいからです。鍼灸学校に入って驚いたのは、鍼灸の話しが多いかと思ったら、当時から生理、解剖、病理とか西洋医学の話しが多くて、鍼灸の話しがあまりなかったのですね。いまではどうか知りませんが、東洋医学を習うときは経絡を習ってツボを習うわけです。そうすると鍼灸師の人が人をみるとき、線と点でみる。あの人の何経が悪いとか、どこのツボが悪いとか言って、人間、生きているだけなのですが、鍼灸師はそういう目でみる。最初に作られたイメージは大切でして、それに反逆したのが私です。

「鍼と禅」の本を読まれた方は分かると思いますが、うちの会はそういう点と線だけではなく、立体的にもみますし、東洋医学と西洋医学をなるべく矛盾なくみられるように体系を作りました。だからそれを学んでいただきたいと思います。「鍼と禅」は易しく書いてあります。一般向けに書いたつもりですが、うちの会のために書いたのではと言われて、そうではないと思っても、読み返すとうちの会のために書いたのではという感じがします。読むと分かりますけど、命というのは流動的で絶えず変化をしている、だから病名で固定することはありませんし、生きた人体をどう診るかで、邪と毒という概念が出てきます。毒は傷寒論と関係しています。傷寒論を学んでもらいたいと思うのですが、傷寒論が漢方薬の本なのに何で鍼灸師が勉強するのかと言われますけど、どんなものでも吸収して、幅広く勉強して点と線だけだはなく、いろいろなものがイメージするときに役立つように工夫して、勉強してもらいたいと思っております。私の鍼の根底には傷寒論があると思って下さい。傷寒論の内容を鍼でできるかなというのが最初の目的でしたけども鍼だけではできないのが分かりましていろいろなものがくっついていきました。傷寒論まだ読んだ事、無い人いますか?がんばって勉強して下さい。あれは最初、慣れないと読みづらいけど、習うより慣れろです。10回くらい読めば身に付きます。」

 

 

次は先生による模範実技です。

 

 

1人目の患者は、右の膝の痛み、右の手首の腱鞘炎を訴えました。鍼に対しては敏感とのことでした。

 

「敏感にもいろいろある。少し鍼を打たれたら寝込んでしまう人とか。本当に敏感な人は鍼を刺さなくてもいいくらいだ。鍼というのはどこを刺すのではなく、敏感な人には敏感な人に合うように、鈍感な人には鈍感な人に合うように相手に合わせるのが大切。」

 

「右に症状が出ている。お腹の右の方に何かあるのでしょう。」

 

「膝のお皿の所は、消化器系と関係がある。夏に冷たい物を食べましたか?」

 

「腱鞘炎、指を使う仕事ですか?」

 

「本当に敏感か分からないから最初の一鍼が大事。まず気が通りやすいかどうかみる。」

 

まず腕の生きたツボに鍼をあて、治療を進めていかれました。

 

 

 

 

2人目の患者は、呼吸がしづらい、動悸がする、めまいもたまにあると訴えました。鍼に対しては敏感ではないとのことです。

 

「それは、水毒によるもの。水毒があって、それからガスが発生すると鳩尾のあたりが膨らむ。そうなると横隔膜が塞がり、息が入らなくなる。横隔膜のすぐそばに心臓があるので、心臓が圧迫されて動悸がするようになる。それが耳の方に上がると、めまいに陥る。そういう人は利尿剤が入った漢方薬、苓桂朮甘湯とかで体質改善できます。鍼治療では、胃腸の働きを調え、凝っている場所を緩めたりして治す。そうしないと何かあるたびに動悸とめまいが始まる。」

 

「六君子湯は飲んでいる。(患者)」

 

「それでは、水毒は捌けない」

 

「水毒は細胞に染み込んでいる。治療をしていくうちに表面に出てくる。発酵するのが夜中、午前1時から午前3時くらいに動悸がする。救急車で運ばれた場合、病院に着くころには良くなっている。ガスが出ると良くなる。」

 

 

腕の生きたツボに鍼をあて、気の通り具合を確認し治療を進めていかれました。

 

「動悸がするときはどこに打つ?学校で習わなかった?」

 

「心包経。(患者)」

 

「じゃあ心包経にしましょう。どこでもいいのだけど。」

 

「鍼は気が通ればいい。みんなやり過ぎる。それで却って患者を悪くしてしまう。」

 

 

 

 

総稽古も行われました。これはそれぞれの課題を提示してもらい、横田先生から解決の糸口をいただくものです。

 

・引き鍼の感覚がよく分からない。鍼を刺して気が巡っているのか分からない。

→引き鍼は遠くでやる。打つ場所が的確かどうかが大切。

 

・引き鍼をするにあたり体幹ではなく、指先の方に反応が出る。

→刺し過ぎると指先に行く。鍼は浮かせるように打つ。刺さなくていけない、と思っている人が打つと指先に行く。

 

・引き鍼をすると相手に痛いと言われる。

→それは痛くないようにやるべき。振動を起こす方法が悪い。ひねりがない。手だけでやらない。肘を動かす。

 

・鍼管を使わない刺鍼が上手くいかない。

→鍼を立てるときの押さえ方が甘い。切皮時にスピードが必要。

 

 

などなど課題を示し、実際に鍼を刺し、それぞれ横田先生からご指摘を受けました。

 

 

その後、いくつかのグループに分かれて実技の稽古を行い、先生は適宜指導されました。

 

 

 

(文責:養母)

 

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 〇座談会「死の臨床について」

 

 朽名宗観先生   安田無観先生


   海野流観先生   石井道観先生


   三輪圓観先生

 

 

まずは朽名先生から死の臨床というテーマをどのように捉えていけばいいのかという手掛かりとなる配付資料に関して解説していただきました。

 

 

【図版1:1983年出版の藤原新也『メメント・モリ』という写真集からの1枚の写真(インドで撮影された 犬が人の遺体を食べている写真)】

メメント・モリ:ラテン語で、死を想え、という意味。

「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」というコピーが写真に添えられている。

死を想う、ということが普段から当たり前のようにある状況は、かつての日本でもあったし、そこから日本の仏教も出て来たが、現在の管理された日本では、遺体が人の目に触れる形でその辺に転がっているということはあり得ない状況となってる。

 

 

【図版2:患者様と治療家の関係性について 朽名先生が「あたま」と「はら」というキーワードを使って示した図】

今回のテーマでは,鉢△主な問題となるが、

・,隆愀検Д▲織⇄アタマで関係していく、所謂一般社会の浅いレベルでのコミュニケーション。意識のレベルは表層。

・△隆愀検Д魯⇄ハラで関係していく、意識のレベルは深層。

死の臨床では、△隆愀犬鵬爾蠅討るようなコミュニケーションになっていく。意識の深層の方に段々下りてくる。

死の臨床は、意識の深い部分が活性化していく可能性のある場だと思っている。

 

 

【図版3:看取りというときの看るの字の一番古い形 甲骨文字】

目の形があって、そこに手をかざしているのが「看」る。

気持ちをずっと遠くの方に放っているような状態を象形しているのが、看るという字。

見の目とか観の目という言い方があるが(宮本武蔵『五輪書』)、どちらかというと観の目の見るに近いような、深い意味合いを持った”みる”がこの文字の中に含まれている。

患者さんの場合は目の前に居るわけで、遠くに居るわけではない。目の前に居る患者さんの何に向かって気持ちを放っているのかというと、多分、存在の深みみたいなものに向かって気持ちを放っていくのが看取りだろうと思う。

 

 

【図版4:「各宗教と霊魂の有無について」(正木晃『いま知っておきたい霊魂のこと』より)という表】

宗教だと霊魂があるというのが前提となるが、現代の日本人の中には唯物論的な考え方をするひとであれば霊魂さえ否定するかもしれない。

宗教によっても、これには霊魂があるけれどこれには霊魂がないという色々な考え方がある。

 

・これまでの日本人(仏教と神道が合わさった日本人):人間、動物、植物、無生命体(石、水、風、山など)にも霊魂が宿っている、或いは精霊が宿っているという発想の仕方。明治以前の日本人はこういうような考え方を普通に持っていた。

・日本以外の仏教:人間と動物には霊魂を認める、霊性を認める、でも、植物、無生命体には認めない。

所謂チベット仏教、チベット仏教に限らずインドの原理的な仏教というのは、植物には霊性を認めない。

「チベット仏教の勉強会に行った時のこと、チベット人のお坊さんは、仏が置かれていて花が供えられている前で、「仏教では生け贄は許されていません。でも、植物は霊性が無いから、供え物にしてもいいのです」と語っていた。

また別の機会に、リンポチェ(傑出した仏教修行者に与えられる尊称)の称号を持つ高僧(ラマ:聖人)の講演会に行った時のこと、そのラマは「日本仏教では、山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)というけれど、それが私には分からないのです」と語っていた。

日本人であったら、「渓声便是広長舌(けいせいこれこうちょうぜつ)」という禅語、山の川の流れる声、鳥の鳴き声、みんなそれは仏の教えを説き続けているのだという、植物にも石にもみんないのちが宿っている、というのが伝統的な日本のアニミズム的生命観だと思う。そういう僕もどちらかというと気持ち的にはシンパシーを感じるので、リンポチェの話しを聞いたときも、やっぱり大分違うのだなあと思った。」

・キリスト教:原則的に、霊性を人間にしか認めていない。

「しかし、アッシジの聖フランチェスコの様に、鳥に説法している人もいる。だから僕は聖フランチェスコが大好きなのですけれど。」

(いやしの道協会所属の敬虔なクリスチャンの方からもお話をお伺いしました)

・イスラム教:人間は霊性があると考えるが、動物、植物、無生命体は、△になっている。

・儒教:人間のみ霊性有り

・道教:人間、動物、植物、無生命体、全てに霊性有り

・アニミズム:人間、動物、植物、無生命体、全てに霊性有り

 

 

【図版5:現代の看取りにおける<お迎え>体験ー在宅ホスピス遺族アンケート(実施場所:宮城県、実施期間:2003年1月1日〜2007年1月31日)からの集計ー】

東京大学大学院人文社会系研究科、死生学について研究している科が実施したアンケート。

宮城県で2003年4月1〜2007年1月31日にかけて、医療機関を通して看取りの経験のある家に「亡くなっていった方が、他の人が見えないもの、聞こえないもの、そういうものを何か感じているようなことがありましたか」というアンケートを採ったところ、有効回答の半分が、今亡くなっていくひとたちがそういう経験をしていた、と言う様な回答を出してきた。

東北大震災の後に東北で幽霊を見るというような体験をしたという情報が沢山寄せられたが、このアンケートはそれ以前の話し。

どういうものを見たかというと、すでに亡くなった家族や知り合い(52.9%)、その他の人物(34.2%)、お花畑、仏、川、神、トンネル、その他、というようなものが挙げられている。

「僕の患者さんに、若いときに臨死体験をしたと言う人がいたのです。その人に、どういう状態でしたか、と聞くと、そりゃ物凄く鮮明に覚えている、と言うのです。今でも絵に描ける位だ、と・・・。」

 

一人称の死、二人称の死、三人称の死、という言い方がある。

一人称の死というのは、自分の死のこと。

二人称の死というのは、家族とか友人の死のこと。

三人称の死というのは、赤の他人の死のこと。

では、治療家として出会っていく、今亡くなっていこうとする人たちの死は、この三つの内のどれに入るかと言ったら、二人称の死になると思い。

しかし、患者さんというのは家族でもないし、友人でもなく、治療費をもらっていくわけで、不特定であるということもある。そういうような方たちと、どういう風に、今亡くなっていこうとしている人たちと関わりを持っていかれるか、ということを、鍼灸の臨床の場で具体的な経験をしている方達に話しをしていただくというのが、今日のテーマである。

 

 

その後、三輪先生、海野先生、安田先生、石井先生、朽名先生に、御自身が関わられた死の臨床の場について、具体的なお話をしていただきました。

時間の関係でご用意いただいていた全てのお話をお伺いすることが叶いませんでしたが、三輪先生のお話は以前の機関誌に、石井先生のお話は今度の機関誌に掲載されるということです。

 

 

治療家として腹を括るということ、どのような場にあってもいつも通り自分の出来ることを只淡々と一生懸命に行っていくこと、鍼灸治療が病自体をどうにかするということにはならずとも目の前の方の何かしらが変わるきっかけとなり得ること、患者様とそのご家族とご自宅という場での臨床について、死や生の様々なかたち、等々、死に関してだけでなくどのように生き日々過ごすかということについてもおもいを馳せる時間となりました。

 

最後に朽名先生が、配付資料の詩をよんでくださいました。

 

「今日は死ぬのにもってこいの日だ。/生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。/すべての声が、わたしの中で合掌している。/すべての美がわたしの目の前の中で休もうとしてやって来た。/あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。/今日は死ぬのにもってこいの日だ。」(ナンシー・ウッド『今日は死ぬのにもってこいの日』)

 

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 〇閉会の挨拶、記念撮影

 

副会長の前之園空観先生から閉会のお言葉をいただきました。

 

 

「みなさん二日間お疲れ様でした。

 

最後は死の臨床ということでありましたけれども、死を意識することで逆に命というものを意識していることになるとおもうのですね。

 

今年はいやしの道協会の新たなチャレンジとして、死の太極にあるような、あそこにね、いますけれども、お子さま連れでも参加していただこう、いやしの道協会は女性の社会参加を応援します、ということで(笑)女性の方はどうしてもああいう可愛い子がいると本能的に助けてあげたくなってしまうのだと思うのです。ですので、今年は、男性指導者陣が子守をして遊んでもらうということで、やらしていただいたのですけれど、結局、最後はお母さんには勝てないのですね、僕たちはねぇ、そいうところが、おじさんたち、すごく可哀想だなあと思って、石井先生のことを見ていました。(笑)

 

この閉会の言葉や宴会の時の自己紹介の司会等は、東京の副会長3人でまわしているのですね、ですので3年おきくらいにこの閉会の言葉になるのですけれど、前回この言葉を言ったときが、ちょうどブラジルからの参加者が来るというときで、そのときも新たなチャレンジということで、いやしの道協会というと、特定の立場に拘らないということでやっていますので、常に常に新しい方たちを受け入れようとは思っているのです。

 

しかし、誰でもウェルカム、どんどん色々な人が入ってくるというのは、それだけいろいろなことがごちゃごちゃになってくる、何でもかんでも有りになってしまうという危険性もすごくあるのだと思うのです。ですので、誰でも来ても良いのだけれど、誰が来ても大丈夫なようにいなくてはいけないというのも、実際すごく大切なところで、誰が来てもいいように、というふうに今回やってくれたのが合宿の係の方たちなのですね、毎年、紹介させていただいてますけれども、坂井さん、牛尾さん、福嶋さん、中川さん、みなさんが思っている以上にいろんなことを準備してくれていると思います、改めてありがとうございました。

 

誰でも受け入れる、誰が来てもいいように準備をするという会でありたいとは思いますけれども、その中でも何かみんなの中でひとつ真理になるものが会として繋がりの根本に持てるように、それが万病一風論の風という部分なのか、いのちとか、いやしとか、という言葉で何で表すのかは分からないのですけれども、そういう会であれたらいいなと思っております。

二日間がみなさんにとって、これから進む道の何かの足しになったら良かったなと思います。お疲れ様でした。」

 

(文責:小池理)

 

 

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(写真:伊藤・尾崎)

 

 

| ◇合宿研修会 | 11:16 | - | -
9月杉山真伝流勉強会

『杉山真伝流』勉強会 第167回 令和元年9月28日(土)

           講師 大浦慈観先生

◆◆◆シリーズ:『杉山流三部書』から(26)◆◆◆

今回のテーマ:「撰鍼三要集」(補寫迎髄を論ず◆法■隠現僂茲蠖啄術

前書き「療治大概書」を編纂後「類経図翼」に強い感銘を受けた杉山和一は自らの序文

と跋文を加えて、「撰鍼三要集」を著した。1682928日、杉山流鍼治学問所が正式

に開校すると、「療治大概書」と「撰鍼三要集」の2冊がテキストとして暗誦された。

講義に入る前に大浦慈観先生より杉山和一検校の木座像が発見されたお知らせです。

漢方の臨床第66巻第9号 目でみる漢方史料館(373)貞享二年生前の作が写真入りで

紹介された。長年探していた杉山和一検校の生前作の木座像です。検校が没する9年前の

貞享2年(1685)5月18日に制作されその後106年を経て、寛政3年(1791)

修復されそれ以来228年後の今日に至った物であることが判明した杉山検校の座像である。

 

前回の補瀉迎髄の続きです。大きく杉山和一はこのように思ったという講義があり、次に

難経の本意は補瀉呼吸を用いるべきと言っているのかそうでないのかというお弟子さんの

質問になりそれに対して杉山和一が答えている。その気隨となし補となす也と。今日は続

きで、別に人が質問した。鍼は瀉ばかりで補はないのではないか、どのようなものが補法

というべきか。杉山和一が答えている。本当に補がないというわけではない。しかし内経

の根結篇に、瘦せて虚弱体質で病の勢いも衰えている、例えば結核が長引き慢性化して体

が虚しているものには鍼は刺してはいけない。素問の宝命全形論では人には虚実がある。

五虚〔細い皮寒い5ぞないぽ利前後グ食入らざるものには鍼は良くない。5実

には〔盛ん皮熱するJ脹るものぢ臂便通じざるものグ媼営蠅泙蕕彩椶發呂辰り

見えないは遠慮せず鍼をする。誤解しないでほしいことは、素問霊枢の一番元の書かれた

頃は紀元前200年頃で鍼は太いので強刺激になる。そういう鍼は弱っている人にしない方

がよい。霊枢の五閲五便篇血気有余、肌肉堅緻(しまっている)人は鍼をする。

素問奇病論篇気血が不足するものは損なってはいけない。体がやせ細っている人には鑱石

(メスのような)物で切開等をすると血が少なく気も漏れ不調になるのでいけない。

霊枢の脈度篇盛んな実症には瀉して虚しているものには薬で補いなさい。

霊枢の邪気臓腑病形篇諸々の不足しているものは、陰も陽も体型の気も不足している。

鍼もってなからしめ整えるには甘薬(補法の薬)でする。鍼は瀉があって補なしの引用文

である。入江豊明先生が常にいうは気血の往来、経絡の流れや貫く流れをみて、陰を補い

陽を鍼すべし。陰は血や津液、陽は気、陰にあたる臓腑がしっかりしていたら、経絡の気

も循環するが、病気の時は臓腑まで侵されて失調していたら、経絡の循環もスムースに流

れない。例えば肺が侵されて外邪が入り気管支炎や肺炎になっていたら、肺の経絡上にも

気血が循環していることにならないで肺に炎症して熱がこもり経絡の循環もよくないまた

、冷たいものや脂もの飲食して胃が弱ってしまい食を受け付けず弱ってしまうと臓腑も冷

えて経絡上の胃経や脾経が冷えてしまう。従って臓腑を把握して整えることによって経絡

の陽気の方も配属せしめてやる。陰が平らかなれば陽は穏やかになっている。陰陽の不調

和が起こっているのが病気であるなら陰を平らかなれば陽も戻ると同じだろうか。例えば

血液も津液も足りて潤っていたら、身体のエネルギーも順応して正常に機能する。反対

津液や血の陰が不足するとエネルギーばかりがあばれ、上部ばかりが熱くなり、頭痛や

眩暈をしてしまい、津液が働いていたら身体も冷まされて順調に働く。陰を補い陽を配す

べし。その陰陽を調和させて血気が整いその片寄ること無く、平らかにしておこうと平ら

かなることが補瀉だ。

栄衛のきそん、からだの羸瘦、精気が尽きると言っていることは不足の状態をいっている。

鍼を用いて調補しようと欲して、返って元気を傷ぶる。これを瀉あって補なしと言って

いる。ここまで入江先生が言っている。杉山和一が先生は至れり尽くせり言ってくれて

いる。と感想を述べている。素問霊枢に書かれている解説です。また私が案ずるに霊枢経

九鍼十二原篇のこと)(杉山和一は九鍼十二原篇を重視していた)虚実の要九鍼もっと

妙なり(九鍼十二原は補法も含めて鍼を持って治す。)身体が虚している時は実する、

とは気口(橈骨動脈の寸口のこと)脈をみて虚している時は鍼で補いなさい。まさに

鍼をする大義十二原篇に存しています。特に補法が上手にできるかどうかが大事。瀉は

やりすい鍼は刺すだけで瀉となる。補は難しい。弱い人は邪を追い出す力がなく、

こもっているのでそこに気血を集め元気を付けて自然に邪が出て行ってくれるようにする。

お腹冷えしくしく痛むときそこに鍼をして気血を集め温まるようにしてやるとぴりぴりと

邪気が漏れてくる。追い出す力を付けてやる。補法を上手にすることは鍼をする人の見せ

どころである。病が経絡に留まり改善しない、或は気が経絡に流れているはずが臓腑に集

まって経絡に流れていないそういう時、鍼は有効に働きますよ。故に先生はこれを補法だ

とした。まことに補法がないということではない。例えばお腹と手足の経絡の関係で言って

いることが殆ですが、胃が冷え食滞の時もそうであるが気が滞り、渦巻き気が上下に流れな

い時、足三里から補い胃に元気を付けて経絡上に行ったり来たりして気を動かし徐々に

ほどけ臓腑と経絡とのながれが一体となってし、胃腸が働き毒を排泄するようになる。

食滞は腸の方に行き便通に、便秘として滞っていた塊が動きだしたり下腹部の冷えで瘀血

があるとき陰経を補っていると下血をして解消されて下に行き、邪気は上に行き頭がぼん

やりしたり、詰まりせき込んだりするのでそれをさばいてやる。

実技は雀啄術、・・杉山検校の口伝、まず直鍼にて目的の部位まで十分に刺入し、そこで

暫く鍼を捻る。もし鍼先に何か障る者がある場合には鍼を少し引くようにして暫くまた捻り

ようやく障る者が緩み無くなれば、これが気の離れたことと理解してよい。

チョクチョクと連続鳥の啄む心持にてとあるがその対象となるところに応じて〇撫の方向

、角度∋間リズムい燭錣澂ゾ絏蕊ξ賄世旅夫Э爾記┛き鍼補瀉と真伝流の

島浦検校の解説は極めて懇切丁寧である。最も基本的な術であらゆる病態に応用が効く。

次回10月19日第三土曜日

市川友理

| 杉山真伝流勉強会 | 04:06 | - | -
9月 東京接心会

9月28日土曜日、駒込の勝林寺さんにて、東京接心会が行われました。

 

 

 

境内はちょうど彼岸花が満開でした。

 

 

 

 

 

 

 

〇実技

主に初伝の方は、3人一組になり、指導者の先生にそれぞれの課題について指導を頂きます。

 

 

中伝の方は一般の方にモデルになっていただき鍼灸治療をします。

 

 

〇講義

朽名宗観先生による「女性と漢方(2)」

今回は、つわり、安胎、産後の悪露を中心に学びました。

漢方の症例を通じて、鍼灸で治療にあたるならどのように鍼をするか、

考えながら学んでいきます。

 

 

 

 

〇座禅

 

秋の虫の声に包まれての座禅となりました。

じっと動かず、気合を入れて座ります。

 

座禅の後は、お経を唱和します。

今月は、般若心経を皆で唱えました。

 

日常生活では、いつもあれこれと考えが湧いては消えてを繰り返しています。

お経を唱えている間は、不思議と雑念が入ってきません。集中できます。

 


 

 

 

夜の境内も素敵な雰囲気ですね。

 

 

次回の東京接心会は、10月26日土曜日17時半からです。

どうぞご参加くださいませ。

 

(文責:久喜)

| 東京接心 | 12:09 | - | -
笠間研修会(新)

●基本方針

横田観風先生が続けて来られた鍼禅の精神にならい、いやしの道の良き担い手となるよう自未得度先渡也(自ら未だ渡らざる先に他を渡す)の心構えで後進の指導・自己研鑽の場とする。

 

本研修会は2019年8月まで茨城県石岡市で行われていた鍼禅の集い(旧称 八郷接心)に参加していた有志が上記の基本方針に基づいて新たに立ち上げた研修会になります。

 

初めての会場、内容も皆で手探りの状態ですが良き学びの場となるよう努めてまいりますので、これからよろしくお願いいたします。

 

 

●初日

10月とは思えない記録的な暑さの中、記念すべき第1回、笠間研修会が行われました。

 

今回、お世話になる施設です。

かなり急な坂道を車で登ってきて、到着…と思いきや階段が…。

さっそく修行の雰囲気が出てきました(笑)。

 

 

1、作務

まずはお世話になる施設の大掃除から始めます。

なかなかに手強そうな汚れと埃が…💧。

2、薬石(夕飯)

何と今回、藤田先生が自家製のパンを持ってきてくださいました!

さすが、笠間研修会の典座番長!……もとい、典座頭!

見事な薬石(夕飯)でした。

3、坐禅

坐禅堂もあるのですが、大掃除をしなければまだ使えない状態なので、寝泊まりをする本館で3本坐りました。

つくば研修所とはまた違った雰囲気ですが、山奥ですので虫の音と風の音と犬の鳴き声以外何も聞こえず、集中して坐れます。

(これまでの八郷接心では夕飯は無かったため、適度な空腹で坐れましたが…。あんな美味しい夕飯の後だと睡魔が…💧。気合いが試されました😼。)

4、茶礼

今回のプログラムについて、今後の活動について、そしてこの会の基本方針をどうするかについて話し合います。

先輩方が八郷接心→鍼禅の集い→笠間研修会と続いてきた中で大切にしてきた思いを伺うことが出来、身が引き締まる思いでした。

 

●2日目

2日目は昨日の暑さとうって変わって肌寒い雨となりました。

5、起床・掃除

6、朝課

つくば研修所で行っていたのと同じお経を唱えました。

新しい環境に全く戸惑いが無いと言えば嘘になりますが、これまでやってきたことと同じ事をしっかりすることで少しずつリズムが掴めてきました。

7、坐禅

朝の坐禅は4本の予定でしたが、お世話になる施設をしっかり掃除せねば!という気合が入り過ぎて時間がおしたため、3本となりました。

2本目が終わった時点で経行(きんひん)で施設周辺を歩きましたが、改めて良いところだなぁ…と思いました。

ちなみに今回は版木を室内に吊るしたため音が凄かったです。

8、粥坐(朝食)

粥坐は藤田先生が見事なお粥を作ってくださいましたが…、申し訳ございません💦。

写真を撮り忘れてしまいました。

味はとても美味しかったです!

 

9、傷寒論真髄 輪読会

いやしの道協会の学術道のうち、学の根幹となる『傷寒論真髄』を輪読してゆきます。

まずは『桂枝湯』から。

初伝組もフォローアップ講座での素読の成果が出せた!!…のではないかと思います。

次回からは機関誌いやしの道14号の『鍼灸師のため『傷寒論』を学ぶ会・講義録
・桂枝湯(一)(二)』を読み、更に理解を深めていく予定です。

10、作務

坐禅堂の畳を片付けて大掃除が始まります。

「フゥ…。いい仕事が出来た。」

「見よ。あれがいやしの星だ☆」

(冗談です。本当はつくば研修所を探しています。)

藤田先生特製の梅ジュースとミカンで休憩です。

大掃除再開です。

舞い散る埃も何のその。ラストスパートをかけます。

11、斉坐(昼食)

引っ越し蕎麦ならぬ、引っ越し素麺になりましたね(笑)。

作務で働いた後なので特に美味しく感じます!

12、実技

合宿所のオーナーと、お知り合いの女性、計2名が患者さんとなってくださり治療が行われました。

(患者さんのプライバシーの関係で写真は割愛させていただきます。)

指導者の中から高橋先生と藤田先生が治療にあたり、初伝組は見学に回りました。

 

その横では中伝の木村先生が石水先生に治療をされていました。

(その後、初伝組も実技稽古をしましたが、写真はありません💦)

13、反省会・茶礼

今回の研修会を振り返り反省会です。

皆さん、各自の課題は見えたでしょうか?

次回までにしっかりと勉強or坐禅ですね。

 

ちなみに今後の活動ですが、オーナーさんのご厚意により、年明けも1月から使用可能になりました❗

ありがとうございます❗❗

 

最後にオーナーさんにお願いして集合写真を撮っていただきました。

 

 

来月、11月は諸事情によりお休みとなります。

次回は11月30日から12月1日の月跨ぎの形での開催となります。

 

(文責:中野、松本)

| 八郷接心 | 08:50 | - | -
9月 東洋医学と養生の会

9月22日(日)京都上賀茂、心耳庵にて、『東洋医学と養生の会』が開かれました。

北山は台風の余波で、にわか雨もある曇り空の一日です。

 

経絡流注講義      玉水雲観先生

○手の少陰心経の流注と病症。経脈篇にいたるまでの変遷。

○後世に付け加わった病症(経穴の重視。心脈は単独でなく他の臓器と密接に関連)

生きたツボの鍼の効果。ツボの浅深と鍼の深さ。置鍼の効果と考え方。

○横田観風先生の闘病体験は、変転する病症も、古典に対応していた。

  ・細いスジへの一鍼  ・神門穴の主治症と気の停滞  ・気の停滞を除く

玉水先生の講義は、学生の方へ大事なポイントに絞って、生きたツボや置鍼が人体でどう作用するか、観風先生の闘病体験など、臨床の話に笑いも織りまぜて進んでゆきます。

この本は、その人のその時々の在りようで、響く所も響き方も、また違ってくるように思います。

 

貝原益軒『楽訓』    村田底観先生

今日は上巻の三つの章を読み進めました。

○天地に風雷の変あれども和気を失はず、人に患難ありとも和楽を失ふべからず。

・・・天命を安んじ、心を自ら寛くすべし。・・・・うき世に住めば、心にかなわざる事多し。是世のならひなり。・・・・

益軒先生は実際に多くの苦難に耐えて、道を開き、道を楽しまれた方なので、ことばにも力が籠っていると感じられます。

○もしこの理(ことわり)を知れらば、身の上につきて楽しみ、ほかを願うべからず。・・・・坐(おる)には坐の楽しみあり、立(たつ)には立の楽しみあり、行(ゆく)にも、臥(ふす)にも、飲食(のみくらう)にも、見るにも、きくにも、ものいふにも、楽しみあらずといふ事なし。・・・・理くらければ楽しみを知らず、欲ふかければ楽しみを失う。

『坐る』では、心耳庵に通うAさんがご自分の座禅の話をされ、『立つ』では鍼灸師Bさんが、また『楽しみ』について鍼灸師Cさんが、クライアントの老夫婦の奥さんが入院され、残された85才になる旦那さんが何を見ても何をしても楽しめなくなったという話をされて、皆で話をしました。

こうした話の広がり、違った見かた、それぞれが何を考え感じているのか、シェアーできることはこの講座の眼目でしょう。『楽訓』は喚起力のある書物です

○人もし暇(いとま)あらば、心のどけく閑(しずか)にし、日を永くして、いそがわしかるべからず。

・・・・時節の過(すぐ)ること殊(こと)に早ければ、時刻を惜しみて、一日をもって十日とし、一月をもって一年とし、一年をもって十年(ととせ)として楽しむべし。楽しまずして・・・後(のち)に悔ゆべからず。

原文の言葉には独特のリズムと力があって、声にだして読むと気持ちのいい文章です。現代文に直すとそれが失われます。

 

気功と座禅     玉水先生

丹田での呼吸を意識して、大地へ息を吐き、大地から息を吸って、丹田に収めます。

静かに坐ります。(三十分坐りました。長く感じた人、短く感じた人、辛かった人、楽しめた人)

 

実技(一般参加の方の治療、鍼灸師相互の治療)

三組の治療が並行してすすみます。

それぞれの気配が潮騒のようにきこえます。

治療の中で無音へ入って行きます。

ポツポツ、そして烈しく、雨が降り注ぎます。心の中の景色がうごきだします。

雨がやんで、治療もおわり。身繕いをして後をかたずけます。

会計の集金のあとは、輪になって座り、今日一日を振り返ります。(ありがとうございました)

(文責:小倉)

| 東洋医学と養生の会 | 10:14 | - | -
9月 関西支部

令和元年98日(日)大阪府高槻市現代劇場の集会室にて

関西支部研修会が行われました。

この日は35度を超える暑い一日でした。

 

 

腹診と背候診の対応 

 

ペアになり主訴を聞きながらお腹と背中の状態を比べていきます。

お腹をみて背中とどのように対応しているかみていきます。

ペアで確認した後、指導者の先生にポイントを教えていただきます。

 

 

 

『傷寒論真髄』村田先生

 

この日は村田先生が漢方薬を煎じて持参してくれたので

はじめに皆で試飲しました。生薬をかじって「これは苦い」

「シイタケっぽい味がする」など感想を言い合いながら

いただきました。たまたま他の人が持参した「ナツメ」も

一緒に漢方薬とともにいただきました。

 

 

 

今回の講義は少陰病の白通湯(314章)、白通加猪胆汁湯(315章)

真武湯(316章)、通脈四逆湯(317章)のお話でした。

 

白通湯証のメインは「下利」

陰証の下痢を主治する湯液の比較をすると

冷えて陽気がめぐらずに下痢をするのが白通湯証で、

それがより重篤になれば白通加猪胆汁湯証となる。

脱証で下利清穀するのが四逆湯証で、より重篤ならば通脈四逆湯証となる。

真武湯証は水毒が溜まって下痢をする。

 

真武湯の章では矢数道明先生の『漢方処方解説』を参照に

心臓疾患、メニエール、高(低)血圧、胃腸疾患、腎臓疾患、関節リュウマチ

湿疹、遺尿症など、様々な真武湯の応用について模式図を元に解説していただきました。

その他、浮腫の鍼灸治療の症例や西洋医学的な浮腫の考え方などのお話がありました。

 

 

基本の型・チェックシート

 

昼食の休憩をはさんだ後は、基本の型の稽古です。

15分の時間制限でペアになり基本の型をしていきます。

時間を計ってすると、集中力がより高まるような気がします。

 

 

 

『方伎雑誌』井上先生

 

お昼休憩を挟んで井上先生の『方伎雑誌』の時間です。

この日で第一巻が終わります。今回は「狂症」について。

ぶつぶつ言いながら立ち騒ぐ人を大承気湯で治す話が出てきました。

発狂している人に「病」ではなく「狐憑き」だということで

騒がしい読経を続けたところ自殺してしまったという話もありました。

「江戸時代にはこういうこともあったのかぁ」という会話から

現代でも同じようなことがあったという実話のエピソードが

参加者から淡々を語られ、静かな衝撃でした。

激しい症状でも大承気湯で良くなった症例から、現代にも通じるお話で

西洋医学で沢山の精神安定剤を服用して良くならない人も

漢方薬で良くなる可能性もあるということだと感じました。

 

 

入門講座 玉水先生

 

 

腹診、『傷寒論真髄』、『方伎雑誌』のそれぞれの講義の時間には

玉水先生による「いやしの道しるべ」入門講座が別途行われていました。

入門したての方、もしくはこれから入門を希望する方向けの講座です。

今回は「万病一風的治療の実際」のところをやりました。

講義とともに、実際にやってみてテキストに書いてあることと

照らし合わせながら進めていました。

時折笑い声も聞こえ和気あいあいとした雰囲気で行われていました。

 

 

 

丹田呼吸と身体づくり

照明を消して少し暗い中で座りました。

 

 

治療と課題の発見

 

実技の時間は、主訴を聞いて実際に治療をしていきます。

気持ちの良い鍼の響きについウトウトしてしまいます。

 

 

 

振り返りの会

 

入門したばかりの方や、今度入門される方など、新しい方が増えてきた

関西支部。新しい風が吹き、初心を思い出し新鮮な気持ちになります。

 

次回関西支部は同じく高槻市の現代劇場集会室にて10/13(日)に開催予定です。

 

(文責:竹ノ上)

| ◇関西支部 | 16:45 | - | -
8月 東京接心会

8月24日東京接心会

勝林寺   

 

 

 

蓮の花をさがすと

 

 

実を発見。

 

さらに種として収穫出来そうな実も

 

 

花を発見。

花は早朝から午前中に咲き、徐々に閉じるそうで

午後はつぼみに。

 

 

実技

 

 

 

 

 

 

講義

 

朽名宗観 先生

「女性と漢方(2)」不妊症について

 

漢方模式図が患者さんの腹診の時にすぐ役に立ち

また、わかりやすいです。

東京接心に参加しなければ学べない貴重なものです!

 

 

伊藤翠観先生からも講話

 

 

 

 

座禅

 

筆者は座禅は欠席でした。

いつもなら坐禅の後の般若心経を唱和しさらに清々しくなります。

 

 

 

文責 酒井

 

 

| 東京接心 | 02:42 | - | -
8月杉山真伝流勉強会

講義日程の変更のお知らせ

9月の講義は第4土曜日9月28日です。

 

『杉山真伝流』勉強会 第166回 令和元年8月17日(土)

           講師 大浦慈観先生

◆◆◆シリーズ:『杉山流三部書』から(25)◆◆◆

今回のテーマ:「撰鍼三要集」(補寫迎髄を論ず)、21術のまとめ

前書き「療治大概書」を編纂後「類経図翼」に強い感銘を受けた杉山和一は自らの序文

と跋文を加えて、「撰鍼三要集」を著した。1682928日、杉山流鍼治学問所が正式

に開校すると、「療治大概書」と「撰鍼三要集」の2冊がテキストとして暗誦された。

私杉山和一は黄帝内経を全体的に考えてみるに、内径の何を引用しているかというと

内径を読んでみるに非常に幽玄微妙で奥深く本当の意味を理解しにくいものである。

先ずは霊枢第一編である。(霊枢九鍼十二原篇の引用文)鍼で虚実に対しての要点は

九鍼の操作が最も妙である。補瀉の時の瀉に於いて鍼を持って切皮をして刺入して何

かをしてパンと放つように鍼を出す。そうすると陽(皮膚の表面)を開いて鍼を抜き

去ると邪気は自然に洩れる。鍼を抜くとき穴をしっかり押さえながら鍼を抜いて、

しかり閉じれば血も出ず気散ずることもなく中に気血も漏れることない。(内温と言

い十八術はここよりきている。・・・鍼をよく捻り気血を集め温め鍼を抜くとき押手で

親指と人差し指を交互に穴にふたをする。)補法である。九鍼十二原の為に内温術は生

まれた。補法は意(こころ )をのったりゆったりする。気血を巡らし軽く押し蚊やあぶ

がそっととまるがように、抜くときは気を漏らさないように弓つるを引くようにぱっと閉

じる。また曰くは霊枢の五乱篇のことでゆっくり入れて、ゆっくり抜く補法をいっている。

世の中に今他の説に補瀉を論じている。鍼を呼の時左回転してひねり、抜く方に鍼を抜い

て閉じないこれを瀉という。呼吸の吸に右に捻り入れる方に力点を入れ、鍼を抜いたあと

鍼穴を閉じるは補法。捻転補寫は明代いろいろの説があった。誠に一里あるが用いても用

いなくても良い。なぜかといえば難経に補寫の法は呼吸に従い鍼を入れる、出すのみに

あらずと言っている。鍼を熟知しているものは左(押し手)を信じて運鍼するが、鍼の

未熟者は右(刺し手)だけに気を取られ刺手だけで操作する。鍼を刺すときにあたり押手

で鍼するところを柔捻し、爪で皮膚を押して切皮痛を和らげ、はじいて気を集め動脈が脈

打つようになる。鍼を経絡の流れに従うように鍼を刺し、鍼を押して中側に入れるこれが

補法。刺入して得気して鍼を動かして気を引っ張るようにするは瀉法という。それでも気

得れられない時男は外、女は内に。(解釈はいくつかあるが、陽は外、陰は内にする。

気を得なければ男性は浅めに、女性は深め

にまた捻りを加えたり。このようにしても得気しないときは死んでしまうよ。

入江豊明先生は左右の補瀉を左半身を瀉そうとするとき親指を内の方に引く方に。右半身

は時計回しに引く捻転の補寫を言っている。お弟子さん(杉山和一のお弟子さん)問う。

難経の本位は補瀉呼吸を用いるべきではないとするのですか。あるいはそうではないので

すか。私、杉山和一がいいました。呼吸を用いないということではない。何故なら素問の

真邪論を案ずるに、吸うとき切皮も鍼刺入もして気を得て(瀉法)、静かに留め邪を散ら

ばらないようにする。息を吸ったとき鍼を転じて(捻って)気の得気がでてきたのをもって

効果が出てきたと判断して、息を呼した時鍼を抜くと、体表面に気がのびていくので鍼を

抜き邪気を漏らす瀉法。これは呼吸の補瀉でしょう。真邪論に言っていますよ。難経では

呼吸出内の鍼のみにあらずと言っているのは、それは必ずしも補瀉を否定しているんじゃ

ないですよ。捻りの補瀉も言っています。(補寫は…鸛淙簽蹇平啄)開闔補寫 

G嬰省簽蹇´じ撞枴簽軼ある。)必ずしも呼吸補寫だけではないと難経ではいっている。

必ずという字が一番大事です。いかんとなれば呼のとき入れ、吸のとき出すは補。吸う時

鍼刺入して、呼の時鍼をだすは瀉となするに 呼吸補瀉のみでない。呼吸補瀉だけを

もって終わりだと言っていないのが内経の真意だ。

かつ楊氏(楊玄操さんで難経註解の著者)虞氏(虞庶さんで難経註の著者)注釈家でそう

いう人が補瀉呼吸法を論じている。難経は呼吸補瀉を否定しているわけではない。

呼吸も考えた方が良いよ。ゆえに経に曰く(九鍼十二原)気の流れに逆らいそれを滞ど

こうる気をうばうならどうして気が虚していかないことがあろうか。実している状態な

らば気の流れに逆らいあまっている気を奪うようにすれば、実している気が少なくなって

いかないことはない。追いかけてこれを救うは実なきを得ん。虚している時は反対に少な

くなっている気を追い求めてあつめてたすけて、どうして気が実してきて戻ってこないと

いうことがあろうか。必ずなりますよ。と言っている。九鍼十二原の補法瀉法の有名な

言葉が書かれている。三陰三陽を論ずるに、手の三陰のごときは臓より手に走り。

手の三陽は手より頭に走り、足の三陰は足より腹に走り、足の三陽は頭より足に走る。

その気に流れに逆らを迎となし之を寫となす。その気を従うっを髄となし補となす。

流注の補寫を言っている。流注に従い補法瀉法をすればよい。

実技は二十一術のおさらいで全ての術を一つ一つ実演した。

大浦先生の打診の槌や鍼を実際に見て手にとらせてもらう。

次回9月28日第四土曜日

(市川友理)

| 杉山真伝流勉強会 | 02:27 | - | -
8月 東洋医学と養生の会 色川合宿

8月24日・25日、《東洋医学と養生の会》の初めての合宿を開催しました。

 

いつも車で片道5時間かけて関西支部研修会に通ってこられる峯先生の所に、

皆で行ってきました。

 

大阪方面から特急に乗って、右手に雄大な海を眺めながら、

和歌山の沿岸部を進んでいきます。

 

普段、盆地の京都に住んでいると感じられない、

海の向こうへの憧憬が胸の内から湧き上がってきます。

ひょっとすると、はるかな昔、

海を越えてこの列島にやってきた先祖の血が首をもたげるのかもしれません。

 

峯先生のご案内で、まずは橋杭岩に。

弘法大師が立てたという伝説の奇岩群は、

厳かな雰囲気というよりは、むしろ温かな感じでした。

 

 

波の寄せる音に誘われて歩いていくと、

足元には小さな貝が岩に付いていて、

秋の気配の漂う海の冷たさが素足に心地良く触れます。

 

昼食は、丁寧に出汁をとったうどん・そばと、

勝浦港で陸揚げされたマグロの丼ぶり。

 

それからイルカ・クジラの漁で有名な太地町を通り、

那智勝浦から那智大社へ。

 

 

樹齢八百年の楠がありました。

鎌倉時代から人間の営みを見つめてきた古木に、

現代人の心はどのように映っているのでしょうか。

 

 

那智の滝は遠くから臨むと、

落ちてゆく水がスローモーションに見えて、

時間の流れが一瞬変容してしまったような、

独特の感覚に襲われます。

 

同時に、日本列島の自然造形は、

穏やかな感じがするものだなあと改めて思われます。

 

しかし水しぶきのかかるような近くで見上げると、

滝から吹き下ろしてくる冷気の圧迫感で、息ができなくなり、

思わず顔をそむけて呼吸を確保しなければならなくなります。

 

 

そして峯先生の住む色川へ。

 

 

美しい棚田が見られるここ色川は、住人の半数を移住者が占める、

日本の山間部の地域としては移住先進地なのだそうで、

峯先生の連れて行って下さった喫茶店も、

東京から移住してきた若夫婦がやっている素敵なお店でした。

 

 

ご夫婦の二か月の赤ちゃんも抱っこさせてもらいながら、

書棚の充実した本のラインナップを眺めました。

 

有精卵やオーガニックの梅干し、梅ジャムなどが、

しばしば驚くような安価で並べられていました。

 

ご夫婦で淹れてくださったコーヒーを堪能した後、

野菜をもらいに寄ったお宅も、移住してこられたご家族でした。

牛を飼い、鶏を飼い、

子どもたちが川沿いの樹を牛に食べさせていました。

 

偶然にも、いやしの道会員が何名かお世話になっている滋賀県朽木の参禅道場にも、

行かれたことがあるとのことでした。

 

 

夜は、色川で獲れた鹿肉・猪肉や無農薬野菜などで、バーベキュー。

子どもたちは花火を楽しみ、

とっぷりと夜のとばりも下り、

大人たちは美酒を片手にいつしか鍼の話に。

 

治療後二週間にわたって身体が変化しつづける鍼の話。

感覚を信じることができるか。

勉強は本当は必要なのか。

勉強して分かるということと、勉強して覚えるということの違い。

 

また、<病気のメカニズム〉のゼロ段階〜五段階までは学習していても、

所生病的是動病の講義が不足しているために、

<病気のメカニズム>を目の前の患者さんの治療に活用しにくい状況になっていること、

に気付かされました。

 

深夜まで鍼の話は続き、某先生は酔っ払って、

「鍼なんて適当にやれば効くんですよ」

ばかり連呼してもはやどうにもならない状況に。

 

やがて治療が始まり、

鍼をされた人が一人、また一人と眠りに落ちていきました。

全員寝静まったのは、深夜2時頃でしょうか。

 

早朝5時半、峯先生の古くからのご友人が治療を受けに来られ、

皆で診察させていただきました。

 

朝まで酔っ払っているかに見えた某先生は、

患者さんを前にする頃にはちゃんと正気に戻られ、

内心心配していた私はホッと胸をなで下ろしました。

 

皆で相談しながら灸点を下し、

あとは峯先生の治療で少しずつ身体の状態が良くなっていくことを祈るばかりです。

 

治療後、皆で手分けして支度して朝食となりました。

峯先生のご親戚が作られた絶品の漬物各種と、

和歌山特産の干物、

地元野菜たっぷりの味噌汁、

有精卵の卵かけごはんをいただきました。

 

 

それから色川よりさらに奥へ、

恐ろしい山道を車で慎重に慎重に進みながら、

秘境の滝に向かいました。

その名も宝龍の滝。

 

車を降りて進んでいき、

危険な岩場はバケツリレーのようにして大人3人で子供を受け渡しながら川を渡ると、

見事な滝がありました。

 

 

先頭を歩く峯先生は、滝壺のあたりからサギが飛び立つのを目撃されたそうです。

 

色川では、ウリボー、キジなどの動物が前を横切り、

蛇口から流れる水は自然の清水で美味しく、

そこここを流れる川はどれも蒼く透き通った清流でした。

 

最低限の現金収入の目途さえ立てば、

移住してもやっていけるとのこと。

 

他方で、集落から外れたさらに山奥では、

道の途中でポツン、ポツンと家が現われ、

何かハッと胸を打たれるような感じがありました。

 

人間の生活の多様性ということ、

望んでそこに暮らしたのか、

やむをえない事情があってそこに暮らしたのか、

そしてそれら一切の人間の営みを包みこみ、やがて呑み込んでいくかのような、

南紀の自然。

 

中上健次の『枯木灘』の舞台はもう少し北のあたりになります。

 

桃源郷のような色川の集落は、

その風景を大切にする人たちの絶え間ない営みがあって、

守られているのだと、

旅から戻ってから気付かされます。

 

 

そういえば、杉山真伝流にも影響を及ぼした妙鍼流は、

伝承によれば熊野発祥の古い流派の鍼法を残していると、

機関誌に書かれていました。

 

《東洋医学と養生の会》、9月は再び京都に戻って、

第四日曜日に心耳庵にて開催予定です。

 

(文責:村田/写真:小倉)

| 東洋医学と養生の会 | 10:23 | - | -
8月 関西支部 研修会
8月18日日曜日、高槻芸術会館にある市民会館和室にて、関西支部研修会が行われました。








祝出版!横田観風先生の最新著書「鍼と禅」の販売会からスタートです!



○腹診と背侯診の対応



腹と背との比較だけで身体を診ると、普段あちこちに気が散って、結局曖昧になってしまっていることに気付きます。

○初伝入門講座実技



まだ参加は数回のメンバーですが、覚えが早くて素晴らしい。

○講義「傷寒論真髄」村田先生



310章猪膚湯

そんなに虚寒ない状態で、少し陰に傾いたくらいや、陰病から陽病へ転ずる時になる状態といわれる場合もある。
少陰病なので表証はないので、虚気上逆して喉など症状ある場所を直接治療する。

311章 甘草湯方
甘草一味だけ、という思い切った薬方。
平滑筋や皮膚粘膜に接触する事で効果ある薬方なので、喉痛の場合は喉などに当たる様にゆっくり少しづつ飲むのが良い。 矢数道明「漢方処方解説」治験例より考察。
甘草はアルドステロンに近い働きがあるため、満月様顔になることも稀にあるが、その場合五苓散を処方すると良いそう。
桔梗湯方
甘草湯で治らない、扁桃腺まで腫れて痛む場合の例、尾台榕堂「類聚方広義」参照。
312章 苦酒湯方
口内炎、舌炎、扁桃腺炎など、龍野一雄「新撰類聚方」尾台榕堂「類聚方広義」参照。
卵を殻ごと、酢と半夏を入れて沸騰させる、と、家で作れそうな薬方。
浅田宗伯はジフテリアに用いた様。口唇ヘルペス等にも良いかも。


313章 半夏散及湯方
桂枝が含まれるのつま、表証ある邪に入られたものに用いる。
本日の薬方は全て喉に痛みあるものなので、西洋医学的に見た上気道感染症(風邪)や、溶連菌かどうか見分け方を西洋医学書数冊より参照したもの、解説して頂きました。

○入門講座講義 玉水先生



質疑応答、声飛び交って盛り上がっています。


○基本の型・チェックシート








○総稽古








総稽古は、全員の見ている前で自分の課題を教わります。
勇気ある挑戦に場は緊張の空気にもなりますが、それぞれ正直な気持ちで意見交換し、リラックスして学べる時間でもありました。

○入門講座講義 玉水先生




○丹田呼吸と身体づくり

肩の力を抜き足腰落ち着いて坐れる、各々しっくりくる形を探してから始まりました。


○相互治療と課題の発見


とにかく治すことに注力。
そして、それぞれ今後の課題を見つけます。

○振り返りの会





来月は、9月8日日曜日、会場は同じく高槻市民会館にて行われます。

奮ってご参加ください。


(文責:田原)
〔関西支部研修会〕毎月第二日曜日 8月のみ第三日曜日             

9月8日(日)、10月13日(日)、11月10日(日)、12月8日(日)です

〔東洋医学と養生の会〕 毎月第四日曜日に 会場:心耳庵(京都 上賀茂) 又は、栖賢寺で開催する予定です。 

8月24、25日(和歌山県色川 合宿)、9月22日(日)、10月27日(日)、11月24日、12月(休み)

| ◇関西支部 | 21:49 | - | -
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