いやしの道協会ブログ

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10月 東洋医学と養生の会

10/21(日)京都市左京区にある洛北禅房 栖賢寺にて

東洋医学と養生の会が行われました。

 

この日は気持ち良い秋晴れのお天気。

山の澄んだ空気とお寺の落ち着いた雰囲気に

清々しい気持ちになります。

 

 

【座禅の時間】

まずはご住職のお話。

座禅をする時の心構えや座り方なども丁寧にご説明いただけますので

初めて座禅をされる方も安心です。

「只、座る」ということの心の在り方を教えていただきました。

お話の後は回廊を渡って観音堂へ向かいます。

 

観音堂の中は撮影出来ませんでしたが

それぞれのスタイルで30分ほど座りました。

ただ、座る、何もジャッジをしない時間。

聞こえるままに感じるままに、自分を解き放つ時間でした。

座禅をした後は少しピリっと、でも穏やかな気持ちになりました。

 

【作務の時間】

草むしりなど。

苔の中の小さなキノコや珍しい木の実の発見などを

楽しみながら、お庭のお手入れをしました。

 

 

 

【昼食の時間】

今回はお寺の近くの「五右衛門かまどごはんの会」に

昼食をお願いしました。

 

野草を使った菜食のごはん。

具沢山のお味噌汁付きで、体にも優しく美味しいご飯でした。

 

お昼の後は、お庭を眺めながら休憩。

ぼーっと眺める時間も癒されます。

 

 

【養生の座学の時間】

今回は小倉重成先生の『無病息災の食べ方』から

病の基本原因について考えました。

人格、環境、生活の3つが病の基本原因となり

生活は「姿勢、呼吸、食べ方、鍛練」の不適正に起因するとのお話でした。

 

 

【気功の時間】

お寺のお庭でする気功は、いつも以上に気持ち良いです。

リラックスしながら気を感じる時間です。

 

 

【鍼灸治療の時間】

鍼灸治療を受けたことがないという方にも体験をしていただきました。

鍼灸学校の学生の方など、希望者は見学も出来ます。

 

今回は一般4名、学生2名、鍼灸師7名の計13名の参加でした。

参加していただいた皆様、ありがとうございました。

 

最後に

 

栖賢寺は台風21号の影響で境内の大木が多数倒れ

建物に多くの被害が出ました。

座禅をした観音堂や回廊の屋根にはブルーシートが貼ってありました。

無檀家の禅寺である栖賢寺がまた元の美しい姿に戻る為に

現在お志のある皆様のご寄進をお願いしています。

URL https://www.seikenji.org/

 

ゆうちょ銀行:00960-8-311306

宗教法人 栖賢寺 シユウ)セイケンジ

店名:099(ゼロキュウキュウ)店

当座:0311306

 

次回の東洋医学と養生の会は、11/11(日)に心耳庵にて開催予定です。

通常は第4日曜日ですが、次回は第2日曜日になっています。

お間違えないようお願い致します。

 

 

(文責 竹ノ上)

| 東洋医学と養生の会 | 11:26 | - | -
関西支部研修会
10月14日日曜日
高槻 市の生涯学習センターにて、関西支部研修会が行われました。
この数日急に寒さが増しました。写真を撮り忘れて残念ですが、今日はとても気持ち良い秋晴れです。

○自由稽古

それぞれが今の課題に向き合って、お互いに治療しあったり、指導者の先生に教えて頂いたり、ここから研修の一日が始まります。






○腹診・背候診

今日は、まず背中を良く観察して探り、図にして→お腹の状態を想像して図にしてみました。想像するのは、思った以上に難しく、いくつか当たり、ほとんどハズレ、でした。
当てものゲームではありませんが、逆から考えることで、普段はお腹を見て背中を見て、それで精一杯ですが、腹診と背部の様子は同時に想像することが必要なのだ、と改めて思いました。




○講義
傷寒論真髄 村田先生


237章 抵當証、238章239章 大承気湯を解説して頂きました。


237章 抵當証
しばしば忘れっぽい陽明症の人は、必ず元々腹部に瘀血がある、と。
そのココロは、沈静化していれば静かにしている瘀血に邪が入り、暴れて頭に突き上がり、忘れっぽいのである。
大便硬いが出るのに苦労はない。そして、色は必ず黒い場合はコレにて下すべし。
〈瘀血の鑑別〉
邪が入る前の瘀血は下腹硬く冷たい。
邪が入り暴れると熱を帯びる。
陽明症の場合、象徴的に胃家実を含む為、瘀血の有無を大便の通りやすさと色の黒さよりみる。
また、太陽症の場合は小便自利なら瘀血、不利なら水毒と考える。

238章 大承気湯
心中懊憹、虚実の鑑別。
腹中に燥屎あって邪を発し、腹堅満あったり脈も実の場合、大承気湯。
この場合は、攻めて下せば胸もスッキリする。
心中懊憹といえば梔子し湯だか、こちらは腹も脈も虚の、虚煩の場合。
もし、更に冷えも虚も強ければ、人参湯や四逆湯を用いる。

239章 大承気湯
臍周りが痛く、一定の時間置いて煩燥発作ある場合。その他、日哺潮熱、黄苔、手足がしっとり濡れてくる等の場合も実証で、大承気湯を用いる。



○初伝入門講座
「東洋医学と養生の会」に参加されている学生さんがご入会されました。
一対一でのレクチャーは、時々楽しい笑い声も起こりながら…教わる方も教える先生も真剣です。


○基本の型


型通り、基本に忠実に稽古する時間です。



○T先生がお手製甘酒を朝から仕込んで持って来てくださいました。
身体と心にあったかくて優しい甘味が沁みました。



○講義
鍼道発秘講義 井上先生
380頁 四章 諸考察、を解説して頂きました。

「なぜ、鍼灸の分野においては、今まで瞑眩が問題にされなかったか」
瞑眩を普段からどのように気をつけているかや、経験談など話しあった。
「瞑眩と誤治」
汗吐下和した後に、病状が明らかに回復しているか否か。
気も毒も移動するものであり、陰陽変転するもの。よく傷寒論など湯液に関する文献を学ぶこと。
「西洋医学への一つの示唆」
水毒は寒であり、体の邪熱を追って水毒が熱を冷やしに集まるが、水毒他、瘀血や気の異常も西洋医学の検査では発見できない。
「瞑眩を起こす様に治療すぶきなのか」
わざわざ起こす必要はない。
大切なのは、治療の後、患者の状態がどの様に変化するかを、徹底して観察することである。
瞑眩が起こるのを目指すのではなく、毒が排出されるよう治療する。
「鍼薬一如」
瞑眩は湯液や鍼灸のみに起こるのではない。温泉、断食、食養、整体、その他多くの手段によっても起こる。
病気を治すのは命そのものであり、あらゆる手段は、その手伝いをしているだけ。故に、手段や道具を使いこなせる事が重要である。
「瞑眩の本体」
毒を排出されれば、同じ症状は起こらない。毒が動けば気が動く。
「心身一如」
単に肉体的苦痛を取り除くだけでなく、患者との対話を深め、同時に何らかの精神的導きにより、こころの平安を取り戻せる方法を工夫すべき…
これが本当に難しい。いかに受け入れる態勢を作るか、患者様の心が安らぐため、各々の治療家の個性に合わせて工夫が必要。
「安心感」
汗吐下和の一時の苦しみあれど、命にとっと悪いものを体外に出す、有り難い働きであり、体自身が治すために起きることに無駄な事は無い。



○引き続き、この時間も隣卓では、入門講座が行われました。




○丹田呼吸と身体づくり

いろいろな想いは浮かびますが、出来るだけ頭の中を空にして座ります。座り方はそれぞれです。






○治療の課題の発見
基本の型が音楽の基礎だとしたら、ここではジャズのようにと。
肩の力を抜いて、自由な気持ちで目の前のカラダに向き合います。







振り返りの会

今日一日を振り返って一言。
一人でも学ばなければいけないのだけれど…一人では難しく、やはり此処に来ないと、と言うようなコメントが、口々から出ました。
鍼灸師としては皆個人での活動になりますが、経験したこと、悩んだこと、それらを正直に言葉に出せること、先輩先生方に素直に尋ねられること、などなど、かけがえの無い場所があることの幸せを、改めて心同じくした一日でした。


○来月11月は日程が変更になります。お間違えないようご注意くださいませ。

日時→11月25日第4日曜、10:00〜18:00
場所→京都市南青少年活動センター

http://www.f-machi.jp/searches/detail/656
(文責: 田原 )
| ◇関西支部 | 13:34 | - | -
10月湘南研修会

10月12日(木)

曇り空のですが、平塚は少し晴れ間もみえ穏やかです。

平塚市民会館にて湘南研修会が開かれました。

今日は、講義からはじまりました。

1・切脈一葦 木村先生

P452 6行目より

脈證と合せず、或いは證と證と合わせざる者は、其真なる者を主とし、其假なる者を客とすべし。・・・

意訳:脈と證とが合わず、或は證と證とが合わない者は、その真なる者を主として、その仮の者を客とする。

證を主として、脈を客をする時は、證を取って、脈を捨てる。

脈を主として、證を客とする時は、脈を取って、證を捨てる。又

證と證の合わない者は、主證を取って、客證を捨てる。

病毒がある者には、仮虚あり。病毒がない者には、仮実がある。これ脈と證とが合わない者を診察する時の例である。

病毒がある者で、実證にして、虚脈を見わす時は、仮虚の證である。

病毒がある者で、虚脈を見わし、虚證を見わしているけれども、形気が勃勃として、実病の情がある者は、仮虚の脈證である。

病毒がない者で、虚證にして実脈を見わす時は、仮実の脈である。

病毒がない者で、虚脈にして実證を見わす時は、仮実の證である。

病毒がない者で、実脈を見わし、実證を見わすと雖も、形気沈沈として例えば煩熱して、脈が微弱であるように、

実證に虚脈を見わす者は、病毒に痞塞されている時は、證を取って脈を捨てる。

精気が虚脱している時は、脈を取って證を捨てる。

下痢をして脈が洪滑のような場合は、虚證であるのに、実脈を見わしている者である。

病毒に痞塞されている時は、脈を取って證を捨てる。精気が虚脱している時は、證を取って脈を捨てる。

これが脈證取捨の法則である。蓋し病毒の有無は瀉形を以て(全体的に)診察すべし。

質:仮というのはとりあえず実ですよ、虚ですよという事で良いのか?

答:病毒があって本当は実を現すのにそれが毒で塞がれて出てこないがために虚脈を出している場合には、脈が仮ですということ。

降圧剤、アレルギーの薬など内服している時は、薬で抑え込まれて表面に出てこないことが多いので、このように診ていかないといけない。

西洋薬の内服やその他で脈と証があわないことが臨床では多いのですが、この時代にもがんなどで塞がれて

実ではあるがそれがでてこないなどというようなことがあったのでしょう。

2・傷寒論真髄 海野先生

前回の続きより 388章四逆湯、389章通脈四逆湯、390章通脈四逆加猪胆汁湯

応用『漢方古方要方解説』『類聚方広義』から各湯液の解説

四逆湯(漢方古方要方解説)

・発汗して後、自汗出て、虚熱あり、腹筋孿急するも之を按ずるに軟弱、その脈虚なる証。

・手足厥冷し、自汗出て、胸内苦悶あり、或は痛み、或いは乾嘔し、其の脈細なる証。

・慢性胃腸カタル等にして、久しきを経るも治せず、脈弱にして四肢厥冷を発する証。

四逆湯(類聚方広義)

四逆湯は、厥を救うの主方也。然れども傷寒熱結の裏に在る者、中風卒倒し、痰延沸湧する者、霍乱未だ吐下せずして、

内に猶毒在る者、老人の食鬱(鬱症の一種、気機不利により食滞して消化しないためにおこる)、及び諸々の卒病、閉塞して

開かざる者の如きは、たとえ全身厥冷し、冷汗、脈微なるも能くその症を審らかにし、白虎、瀉心、承気、紫円、備急、走馬の

類を以って、その結を解し、その閉を通じる時は、則厥冷治せずして自ずから復さん。若し誤り認めて脱症と為し、にわかに

四逆、真武を用いるは、猶経を救わんとして足を引くが如し。〜

鍼道発秘

痢病、泄瀉「是は天枢、気海、中脘を刺すべし、重くして渋るものは、痞根、陰陵泉をとる。」

霍乱   「はやく吐きはやく下るを佳とす。痞根、章門、足に引くべし。・・・」

このふたつの違いはなんであるのか?あえてふたつに分けてるのはどうしてなのか?

痢病、泄瀉の方は、下痢がとまらないものを止めるように治療をするが、

霍乱の方は出す、吐かせる治療をする。下痢を促進して出させる。

初期の場合の霍乱は、毒がまだ出きってないからそれを上からも下からも出させるように治療する。

痢病、泄瀉は、下痢が止まらなくてお腹が痛み、弱っていく。重くして渋る急はく様の疼痛、もう出るものがないのに

腸が出そうとしているひっ迫した状態、それを止めるのが痺根(もしかしたらうつぶせの深鍼)、陰陵泉。

霍乱の場合は、同じく痞根を使うがこの場合は、横向き又はあおむけのお腹の深ばりではないか、そして章門、

足に引く(手足の引きばり)と鍼の仕方の違いを説明していただきました。

3・実技 

主訴:後頚部に何の前触れもなく発汗する.

脈:右>左

  右:寸関浮  左:尺が弱い

腹:胸に熱、下腹部に冷え、両鼠径部附近の圧痛、右胸脇少し張りあり

背:胸骨4から7まで圧痛あり、胸骨3番辺りに冷え、胸骨12番の辺りにもピンポイントで冷えがある

さて、どの様に治療するのが良いでしょうか?

主訴をふまえ、邪毒はどこにあるのか?治療のポイントはどこなのか考えます。

横で先生方が治療されていました。

☆湘南研修会は、傷寒論の勉強はもとより、治療の勉強が細かくできます。

日頃疑問に思っている事、治療のあれこれなど質問でき、丁寧にご指導いただけるとても有り難い研修会です。

しかしながら、平塚市民会館で行えるのはあと2回となっておりますので

皆さま奮ってご参加くださいませ。

次回は、11月8日(木)13時30分からです。

文責:牛尾

| ◇湘南研修会 | 15:42 | - | -
9月杉山真伝流勉強会

『杉山真伝流』勉強会 第155回 平成30年9月22

              講師 大浦慈観先生

◆◆◆シリーズ:『杉山流三部書』から(14)◆◆◆

今回のテーマ:『療治大概書』(喘急・翻胃)

『二十一手術』より(塊催術・勇鍼術)

現在学んでいる「療治大概書」は杉山和一検校が京都在住の折

「砭寿軒」よりこの書を譲られ江戸に戻り鍼灸教育の塾を開くに

あたりテキストとするため病名や穴名を漢字に変えて編纂し直し

たものです。31期も引き続き「療治大概書」を学びます。

お知らせ 1010日NHKBSプレミアム水曜日夜8時の

「偉人たちの健康診断」という番組に五代将軍綱吉の健康に治療

をした杉山和一の鍼をする手と道具だけですが大浦慈観先生が撮影

に収録されましたご覧ください。杉山和一をテレビで取り上げて

くださり喜んでいます。綱吉に関しては、生類憐みの令の犬公方と

かお犬さまといわれそこばかり印象に残っていますが、江戸前期

は関ケ原の影響が残り辻斬りがあり喧嘩が多く乱れていましたが、

文化政策も取り入れ人道主義的な立場でいろいろな政策があり世の

中の乱暴さもなくなり文化発展が大きく広がり栄えて行きました。

喘急

大浦先生の患者さんの例があった。元来喘息もちの患者さん尿量少

なく、夏でも汗をかきにくい、エアコンを嫌い掛けずに熱中症に

なった。体内に水分がたまってしまう。発作が起きやすくなる。

汗を掛けるように肩甲幹部に散鍼をして汗を出す。お腹には胃内

停水があり水毒が上って行って痰になり、発作の前兆である。

心窩部や季肋部が硬くなるので和らげお灸をして、胃や臍回りを

温め水毒をさばけるようにする。気管の炎症部位は胸部の散鍼、

天突から邪を抜き取り背部から胸中の邪熱を抜く。喘息になる時は、

季節の変わり目や冷え・精神的ストレス・気圧の変化などで発症

する。会場に喘息の方がいました。今年は気温が高く急に9月は冷え

て台風も多く身体で気象状況を周りに知らせるほど。また別の人は

柴朴湯で治した。 風邪は葛根湯で治すが、それが治しきれず長引

いて中に熱がこもった時、小柴胡湯で胸中の熱を取る。精神科の

先生も柴胡朴湯を使う。精神疾患の患者さんで表面はひんやりして

いても胸に熱がこもっている場合があり、柴胡系で胸中を楽に

させている朴は詰まりを取る。梅核気に使う。天突、合谷、

(喉の気を引く)三里(消化系を元気にまた上逆を引き下ろす)

章門(お腹に向けて消化系統を助けている)巨闕(心窩部・季肋部

方さを緩めている)上脘、中脘は単純に刺すのでなく刺鍼転向を

しながらお腹の広い範囲を緩める。養生的に三里や腹部のお灸も

したい。

杉山真伝流の中之巻第三(治験例4、喘急)長期にあちこちの医者

の治療を受けたが治らず呼吸の急迫がひどく一旦は断ったが、本人

の強い希望の為治療を引き受けた40代の患者さんの例である。

”池・風府より肩、背糠鍼を(急迫がとまる)手の十指間に

久捻(気に巡り良く)足の十指間にも久捻(血の巡りよく)五指の

井穴から血を取る。足も同じ。⇒眛浮腫平常喘急癒え上気せず。

その日は百会から少し血を取る。陽経の三里に大熱の補陰経の

復溜に小熱の補と交信に海火の補。L斉行き診ると上逆益々癒え、

食事益々よく、気分は平生。ぃ検9日後四華穴14壮、肺兪、い譆

魄戸も同じ養生に左記穴に7日間お灸し大いに効果あり。

“作が起きている時◆〕遒礎紊い浸M楡犬了の灸の方法と

段階の治療が解る。そのほか真伝流臨床指南の(治験例7小児喘息

参照してください。命門に7壮7日間と臍中に7壮7日間のお灸で

治療して治している例です。翻胃(膈の事)消化不良で吐く病

吞酸 すっぱい水が胃から喉元まで上がり再び下がる。ストレスで

胃を犯す。膈噎 呑みこむ時咽がふさがる感じ。胃癌、食道癌、

食道狭窄、食道痙攣治療は^瀋欧瞭きをよくする。詰まりをとる。

中脘から邪熱をとる。三里は気を下げる食べた物を下げる。それで

だめなら天突を使う。端座流では天突から長鍼をしていた。今のよう

に薬や捕食できない昔は食べられないことは死であるとだったので

何とか食べられるように考えられた。太白、肺兪の穴をつかっている。

「二十一術」より

塊催術(3)硬結を催くことを目的とした術である。

勇鍼術(4)浅い部位から深い部位まで幅広い層にわたって

邪熱、瘀血、水毒とともに気の結ぼれがあった場合に浅層、

中間層、深層へと刺鍼転向し大きめな雀啄を施す術。

次回は10月20日です。

(市川友理)

| 杉山真伝流勉強会 | 20:39 | - | -
9月 東洋医学と養生の会

9月23日(日) 京都上賀茂心耳庵にて「東洋医学と養生の会」が開かれました。

 

貝原益軒「養生訓」      村田 底観先生

 群盲象をなでるではないですが、今日は鼻、今日は足と読み進めてきました。

 今日は、養生訓のまとめということで、「養生訓」のエッセンスを抜き出して、話をされました。

養生訓の要は何ですか?

^食を慎むこと。

怒りをこらえること。

飲食を慎むことと怒りをこらえることの具体策がそれに続きます。食事は少なめ、お酒はほろ酔いで留める。寝る直前の食事は控える。等々。

飲食が慎めそうもない時、怒りをこらえられそうもない時、どうすればよいですか。

歌をうたってみましょう。詩を音読してみましょう。踊ってみましょう。掃除をしてみましょう。と続きます。

他人に100パーセントのことを求めていないか考えてみましょう。自分の能力以上のことを抱え込んだり、やろうとしたりしていないか考えてみましょう。といったものもあります。

規則正しく生活してみましょう。全身を上から下まで隈なくなでてみましょう。足の指、足の裏をもんだりこすったりしてみましょう。櫛で髪をといてみましょう。体に関すること。

丹田呼吸をやってみましょう。人付き合いを減らしてみましょう。言葉を減らしてみましょう。

天地自然や他の人達に生かされていることに思いを馳せましょう。と締めがあります。

そうした節制が習慣化するとどうなりますか?

元気が養われて、無病長寿の日々がやってきます。そして目が開けて知りたいことを知り、できなかったことができるようになります。(これは益軒先生の実感ではないでしょうか)

そして・・・天地に仕えるという生き方ができるようになります。(大切なもののために、命をかけて働く勇気が湧いてくるそうです)

養生の他に、元気なうちにやっておくと良いことはありますか。 

緊急時の応急処置や薬のことなど、基本的な医学知識を心得として知っておきましょう。

よい医者を見つけておきましょう。(勉強熱心で、分け隔てなく、臨機応変の処置ができる。師匠について学び、いつも医学や患者のことを考え、他の医者の悪口をいわず、自慢話をしない。流行っているからといって、良い医者だとは限らない)

 象(養生訓)の姿が見えてきました。

 

ヨーガと気功          玉水 雲観先生

まず足のほぐしから。 

 いつもは上賀茂の裏山の林の中ですることが多いのですが、先の台風のダメージがここにも在りました。今日は室内です。

ていねいに一本一本足指をまわします。足の裏を緩めて行きます。足首をまわして行きます。

 足の指をまわしていると、普段、足を粗末に扱っていると感じます。

 足の指や足の裏、足の感覚が甦ってきます。

気功法(呼吸法)

(スワイショウ) 楽に立って、ぶらぶら腕を前後に振ってゆきます。こんどは左右に回します。

(背骨の揺らし) 背骨を前後に、左右に揺らし、回転させて、詰まった所を緩め、気を通します。

(大地の呼吸法) 丹田から足を通り、大地に息を吐いて、吸います。

そして、頭の上の手の指先まで息を吸って、

吐きながら、手を降ろして、丹田に気を収めます。

(気の体感) 手を向い合せて、手で呼吸をしてみます。 そのうちに、もやーとしたものが手の間に感じられてきます。

 呼吸の中に子供たちもいます。 こどもたちがいて養生の会らしいと思います。 

 

鍼灸治療

一般の参加された方の治療です。

担当した鍼灸師は最後までやりきって、それが良い治療になるのが基本ですが、

何か足りないと感じる時、行き詰まった時、村田先生、玉水先生にアドバイスをいただいたり、その先の治療をお願いすることもあります。

自分が見えていなかったこと、部分部分は見えていても、全体像が掴めていなかったり、ポイントがずれていたり、踏み込みが浅かったり、鍼の手技、灸の手技が未熟であったり。先生方のアドバイスと治療が指針となります。ありがとうございます。

 

 

振返りの会

今日は一般の方3名、学生2名、鍼灸師5名でした。

一般の方も、学生の人もいろんな背景をもって参加されています。

いろんな時がここに重なってゆきます。

 

通天閣の下に暮らす方の参加がありました。今夜の京都タワーです。

 

次回の養生の会は、10月21日(第3日曜日)栖賢寺です。

栖賢寺さんも台風の被害に遭われています。驚かずに心づもりをしてお越しください。

文責:小倉

| 東洋医学と養生の会 | 14:50 | - | -
第10回合宿 高木先生講義資料

2018年 第10回合宿の講義「万病◎◎…なんて、やめておけ」の資料を高木先生より頂きました。

 

PDFをダウンロードしたい方はこちらよりお願いします。

(URL: https://1.gigafile.nu/1027-c53741fef72565d992cc6a7fb9cf52b5d

※ダウンロード可能期間:2018年10月27日(土)

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うつ病患者さんの心の中

・夜中の陰気な気分、悲しい気分は、朝まで尾を引き、目が覚めているのに起きあがる気力がでない。仕事に行きたくないと思ってしまう。
・陰気な気分になって仕方がない。とくに大きな心配があるわけではないのに、妙に気が沈む。
・食事もうまくない。朝の爽やかさをこのところ感じたことがない。
・責任上欠勤はしないが職場に出ても仕事に手を付けるのが「おっくう」で困る。やっと仕事に手を付けても、すぐイヤになる。
・時間がなかなか過ぎていかない。時計ばかり見てしまう。仕事というものがそもそも無意味なものに思えてしまう。こういう感じも初めてだ。
・自信がなくなり、これから先やっていけるかと弱気で不安になる。
・なぜか不安になってくる。何かが不安だ、というのではない。何かわからない不安だ。
・ときにイライラしてくる。身体がそうなるのか心がそうなるのか、そのところははっきりしないのだが、とにかく、じっとしていられない。人にわからないように、そのあたりをウロウロしてみたり、体操をしてみたり、ため息をついたちして誤魔化している。
・いつも一緒に行動する友人達とさえ一緒にいることに少々疲れを覚える。逆に不安で一人でいることができず、常に誰かにそばにいてほしがる場合もある。
・考えてもそれを実行する決断がなかなかつかない。今までのようにテキパキできない。
・とても気が小さくなってしまった。自分でも変だと思う。直属の上司から注意をされると、その内容は大したことでもないのに、いわれた言葉がとげのようにあとあとまで胸に突き刺さって、なかなか抜けない。上司はなぜか自分につらくあたる。どうしたらよいかと悩む。
・電話が怖い。電話の話に即座に対応する力がない。電話で新しい仕事を要求されてもどう答えたらいいのか自信がない。
・決断力がなくなっている、といっても大決断ではない。毎日の小さな仕事について、これを先にやるとか、あれをどこにもっていったほうがよいとか、そういうなんでもない小決断ができない。迷ってしまう。
・集中力がおちた。文書を何度読んでも意味が頭に入らない。
・根気が続かない。今まで自慢だった持久力もガタガタ。
・特に午前中の気分がすぐれない。朝の元気がない。自分で自分を叱咤激励してやっと職場へ到着する感じだ。
・職場(家族)のためには自分がいないほうがよいのではないか、などと考えてしまう。
・食事の用意、掃除、洗濯がおっくうで仕方が無い。
・頭痛、口渇、便秘、寝汗など体の不調が急に出現してきた。
・「ああ、また今日一日が始まるのか」といった、情けない感じになる。「これから先、二人の子供を育てていけるかしら」などと今までにない弱気が起こって、暗闇の中で涙ぐんでしまう。
・心が弾まない、楽しいという感覚をこのごろ忘れている。
・何をしても心から面白いと思えない。腹の底から笑えない。
・テレビを見ることも少なくなっている。テレビをみてもうるさく感じ、くたびれてしまう。
その葛藤)
軽症うつ病 第3者にはわかりにくい程度。配偶者ですら長く気がつかないほど。
「自分自身でも果たして心の病なのか怠け心なのかはっきりしない」 
「宗教家に助けを求めるべき か、修練道場の門をたたくべきか、カウンセラーという名の人たちを訪ねるべきか」 
「医者へ行くとしても精神科 へ行くのがよいのか、いや神経内科か、心療内科か」 
「医者へ行った が、もらってきた薬をしっかり服用すべきなのか。友人は 薬なんか服用しないほうがよいと忠告してくれる。薬は気休めだ、医者のいうとおりにしていれば薬漬けにされてしまう、薬をやめてジョギングをやれ、と彼はいう。本当にそうなのだろうか」
「ある友人は、お前はそもそも病気ではない、病気に逃げるな、甘えるな、気の持ち方ひとつではないか、みんなに馬鹿にされるぞ、と 毎日のようにやって来て、きびしくいう」 
「心の問題は心でというわけで、カウンセラー を紹介された。 時間をかけて話を聞いてくれ た が、しかし具体的な指示や指導は何もしてくれない。どうも カウンセリングというのはそういうものらしい」
「調子の出ない毎日をどういうふうふうに過ごしたらよいのか。ある医者は仕事はいつもどおりにやれ、仕事をやめると怠け癖がでるという」 「しかし逆 に、できるだけ楽にしていたほうがよい、と書いてある本もある。 ちょうど、骨折をしたとき、当初しばらくは患部の安静を保つのと 同じよう に、 最初のうちは精神的な休息が不可欠だ、と書いてある」 
「しかし、 仕事 は休みにくい。 いや、自分が休みたくないのだ」 
「なかなかよくならないので、 ある医師のすすめで森田療法という本を買ってきた。別のは認知療法がよいという」 
「あまり 同じことばかり訴えるから、家族が疲れてきた。 いい加減にしろ、 結局は甘えているのだ、といわれてしまった。 そうかもしれない。 もしそうならどうするべきか」

 

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うつ病患者が訴えるの主訴の頻度

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24時間問診
睡眠)

就寝      中途覚醒
覚醒
起床

食事)時間と内容
出勤時間(通勤時間を含む)

勤務)

出勤 勤務の開始および終了時間、休憩時間(食事の時間と内容)、昼寝、残業の状況
退出事案(通勤時間を含む)

食事)時間と内容

余暇の過ごし方 


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うつ病の診断

 

・憂うつ感

・不安と焦燥

・おっくう感(倦怠感) 

............ 

加えて参考に)

不眠

集中力・判断力の低下

性欲の低下・消失

食欲不振

楽しみの消失

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うつ病の急性期の症状(一年以上症状が続く慢性ケースが 10~15%くらいある) 
1)朝いつもより早く目が覚める
・中途覚醒と早朝覚醒が特徴的 
2)朝起きた時陰気な気分がする

3)朝いつものように新聞やテレビをみる気になれない 
4)服装や身だしなみにいつものように感心がない

5)仕事に取りかかる気になかなかならない

6)仕事にとりかかっても今期がない 
7)決断がなかなかつかない 
8)いつものように気軽に人に会う気にならない

9)なんとなく不安でイライラする

10)これから先やっていく自信がない 
11)いっそのこと、この世から消えてしまいたいと思うことがよくある 
12)テレビがいつものように面白くない 
13)寂しいので誰かにそばにいてほしい、と思うことがよくある 
14)涙ぐむことがよくある

15)夕方になると気分がらくになる

16)頭が重かったり痛んだりする

17)性欲が最近はおちた

18)食欲も最近おちている


2つの病態を除外

双極性障害(躁鬱病) 


躁と軽躁

躁エピソード
・異常に、かつ持続して高揚し、自己概念が高まり、易怒性がある状態が1週間異常にわたって続いていること
・圧倒されるほどの高揚!軽躁エピソード
・躁のようではあるが、程度はそれほどではなく、少なくとも4日以上症状が続く。通常の非うつ状態とは明らかに異なっている。
・誰でもあるかも知れないが、普段のその人ではない感じ。

診断のための質問)
「逆にいつになくハイテンションになったことはありますか?」

「これまで、落ち込みと反対の気分を感じたことはありますか?」
「眠る必要がないように感じたことは?」
「気持ちが突っ走るように感じたことは?」

 

統合失調症

考想仮声…考えが頭の中で声になって響く感じ。
  かなり大きな声。
非注察感…気配を感じる。監視カメラで見られている。
考想伝搬…自分の考えが伝わってしまう感じ。
関係念慮…みんなが自分のことを気にしている。
会話性幻聴…自分じゃない声が勝手に会話している。
実況中継性幻聴…一々、やる事に口を出してくる。
この二つは特異性が高い

自生思考…考えが強く吹き出してくる
妄想気分…何かが起こりそうな感じ、何かはわからない。
聴覚気づきの亢進…音に敏感になる
この三つは早期の統合失調症でよくある。

 

 

急性期治療の7原則

・治療医は1にも2にも心理的エネルギー水準を高まるという戦略を背景とする。

 

1)軽いけれど治療の必要な「不調」で単なる「気のゆるみ」や「怠け」ではないことを告げる。
・患者は「はたして自分の悩みは病気か、それとも単なる怠けか」について折に触れて反芻している。
・診断さえはっきりすれば、軽いが病気である、なぜなら元気なときのあなたとの「落差」があまりにも大きい、苦しさは一種のサインであること、原則として完全にもとにもどる病気であること、うつ病と怠けとは、一見似ているが、むしろ正反対であることを告げる。

 

2)できることなら、早い時期に心理的休息をとるほうが立ち直りやすいことを告げる。
・早い時期に思い切って平素の現実生活から、とくに勤労者の場合その職場から、少し距離のある生活パターンをとったほうが経過がよい。できればその休暇は最低一ヶ月はほしい。そのほうがその後の経過がスムースにいく。一ヶ月を長いと考えるか、短いと考えるか。たいてい軽症うつ病にかかる人たちは一ヶ月をとんでもなく長いと感じ、許されがたい時間と考える、そういう実直な世界の住人であることが多い。

 

3)予想される治癒の時点を告げる。私は短くても三ヶ月、平均6ヶ月はかかることを告げる。
・この目的は必ず治る病気だと告げることにある。それは、この病気がしばしば自殺観念をもつためである。病気の治る時期をはっきり言うのは、本当はケース・バイ・ケースで、正確にいうことは難しい。にもかかわらず、あえていうのは、「しばらく待てばこのトンネルを抜けることができる」、という励ましが治療上必要不可欠だからである。
・「治癒の時期がいつかなどというころは、いろいろの場合があって医者にはいえない」と理論的には性格だが冷たい予告をするよりは治療的だと思う。

 

4)治療の間、自己破壊的な行動をしないことを約束してもらう 
・軽度ではあっても典型的なうつ病の場合「このあま消えてなくなれたら、どんなに楽だろう」「眠ったまま目が覚めなければよいのに」などという考えが、しばしばひそかに。しかしときとして急に浮かんでくる。とにかく「生命放棄的な方向」へ心が動く。典型的であればあるほど、原則として自分を責めて他人を責めない。その限りで、彼らは、立派な人といわなければなりません。元来、恋劇的になりにくい性格の持ち主です。
・折に触れ自殺を決行しない約束を取り交わすことにしています。彼らは一般に律儀ですから、おおむね約束したことはまもってくれます。また、折に触れて「病気の性質からして必ず治るはず」だと少しくどいくらいにいいます。

 

5)治療中、症状には一進一退があることを繰り返し告げる 
・抗うつ薬を使い、十分に休みをとっていても、その経過には波がある。良いときと悪いときが、とくに理由無く、不規則に交替してやってきます。どうして波がきたのか考え込む人が多いのですが、たいてい理由はないのです。ひとりでに波をうちながら、だんだんよくなっていくのがこの病気だ、と理解されるのが一番よい。どん底のときよりもかえって治りかけのときに小さな波がくる。
春がもうそこまで来ているサインと思って、そのあともうすこしの間、我慢してくれるように励ます。 


6)人生にかかわる大決断(退職、離婚など)は治療終了まで延期するようアドバイスする。 
・自信を失い自分から会社を辞める。勤務先の上司の厄介払い的な退職の勧めに簡単に応じる。気の短い家族のする短絡的な反応に、決断力を失った本人自身が受動的に応じてしまうということを防ぐ。
・急性期には未来に対する自信を失っているから、そしてたいてい気持ちの上であせっているから、十分に思慮深く考え行動することは難しい。どうしても近視眼的になる。
・もちろん、仕事を変わっていけないわけではない。今の職場には確かに対人関係上の問題があるかも知れない。そうでなくとも、かれにはもっと適した仕事があるかもしれない。が、そういう大事な決断はうつ病が完全に治り、物ごとがよくみえるようになってから自分でするのが望ましい。

 

7)服薬の重要性、服薬で生じるかもしれない副作用をあらかじめつげ、感心のある人にはその作用機序を説明する

・本人に、そして家族がいっしょなら家族にも、また差し支えなければいっしょにきた上司にも説明する。特にうつ病患者の家族には非常に大きなストレスがかかっており、説明とアドバイスが必要なことが多い。


軽症うつ病に親和的な人の特徴 


1)几帳面、完全主義、強い義務感、業績重視の人生観 
2)他人との円満な関係の維持 
3)非攻撃性、物静か

 

下田の執着気質

下田はどちらかというと精神生理学的な説明を試みています。つまり、彼らは少々疲れるような状況にあっても音をあげずにトコトン頑張ってしまう。その結果、精神生理的な不可逆な心身疲労の状態にいたる。そうなえると、もはや休息してももとへ簡単にもどらなくなる、と考えます。これは軽症うつ病をストレス病とみる考えに合致する、わかりやすい性格です。

 

4つのタイプ

ヾ靄榲に陰気で、悲観的になりやすく、いつも自信が無く、細かいことにこだわり、クヨクヨと将来を案じるタイプ。真面目だが、社会適応はそれほどよくない。
・平素から物静かで、控えめで、繊細な感情の持ち主でさえあります。しかし、自分に対しては楽観的になれず、すぐ自分を反省的に責め、自己否定的になる。
人生を楽しむことがどうしても少ない。「抑うつ人」といったり、最近は「うつ性性格障害」といったりします。

∈が朗らかで、活動的で、人付き合いがよく、誰とでも波長をあわせることのできることを持ち味とするが、反面以外に気の弱いところもあわせもつ人。彼らの社会適応はまずまずの場合と悪い場合といろいいろです。
・同じ「人付き合いがよく親しみやすい」人でも、そう病に親和性のある場合は「朗らかで、元気で、頭の回転が速く、いつもユーモアに富む」といった側面が優勢で、他方うつ病になりやすい要素は「物静かで、感じやすく、ものごとを苦にする」点だといっています。そう気分とうつ気分の入れ替わる循環病と関係する意味で「循環性格」と名付けられました。

Q楪¬未濃纏好きで、やりだすと熱中する人で、社会適応はある範囲内においてなら、大変よい。

・下田の「執着性格」。軽度ながら強迫的なところをもった性格で、「きちんとしないと気が済まない」「やりだしたら徹底的にしたい」「他人にいわれるからするのでなく自分がそうしないではおれない」。だからうまくいっているときには平均より社会適応はよい。この点、第1の性格の人がいつも多少とも社会適応に難があったのと対照的です。また、「物ごとい熱中し、疲れをしらず頑張ってしまう」という精力性の要素があり、この点が第1の弱力性の性格と違ってこの性格をうつ病だけでなくそう病にもつながりをもたせています。 「メランコリー親和型性格」テレンバッハ
・働き盛りのサラリーマンに定型的にみられる性格で、発達途上の青年やヤングアダルトにはまだ1つはっきりと痙性されていないものです。
下田が最初提唱した執着性格は、次の3つの特徴からなっていた。
1)熱中性、徹底性 2)良心的、真面目、義務感 3)几帳面、些事拘泥、仕事熱心
この性格がそれまでの病前性格論に比べて異なっているのは、これがそれほど偏りのない性格であること、いやむしろ平均以上に社会適応のよい人々の性格である点でしょう。事実下田は、この性格は模範社員、模範軍人などに多いとさえいっています。
・ここにある「そうしないではおられない几帳面さ」とか、そうしないと気が済まないからする「仕事熱心」とか、物ごとの「秩序にこだわる」といいのは、性格学の用語でいえば強迫性という形容詞がつきます。が、強迫性「性格障害」というほど「かたい」性格ではありまえん。もう少し「柔らかい」強迫性です。
・「他人との円満な関係を保持すること」に気を配る几帳面さ、と表現してよいと思います。端的に1つ行動をあげれば「人に頼まれると断りにくい」。対人関係への配慮のない人の几帳面さと比較してみましょう。仕事は性格だが、他人の思惑を気にしない。自分では気にしているつもりでも、他人がのぞむところをうまくキャッチできず、しばしば周囲と摩擦をおこす。しかし、本人は「これだけ一生懸命ひゃっているのに、どうして」と不満である。こういう人は昔から言う典型的な強迫性各障害に近く、ここで問題にしているメランコリー親和型性格とは似て非なる人です。下田やテレンバッハのいう性格にはこういう自己完結的なわがままさはありません。むしろ、「人にどう思われているか」「イヤな思いをさせていないか」と他人の目や評価を気にします。要するに、几帳面性、そして対人的な円満への配慮性、この2つがあってはじめてうつ病親和性の性格となります。

ぬそ呂如⊆己愛傾向の目立つ人。社会適応の大変よい面と悪い面をまるで二重人格のように別々にみせる。 ← 要注意 トラブルになりやすい。
・未熟と言っても、一見したところ整然とした人で、決してみるからにわがままだったり乱暴であったりするわけではありません、。にもかかわらず、少し付き合いが深くなるとわかってくるのですが、彼らはときとしていうささか衝動抑制力に欠け、ときには自己は快適な行動に走ります。整然としたところと、それに似合わぬ衝動性をもつという一種の二重性の持ち主、と表現したほうがわかりやすいかもしれません。
・やたらに物を購入するとか、ギャンブルに夢中になるとか、万引きをするとか、サラ金に多額のローンをもつとか、異性との関係でしばしば問題をおこすとか、そういった他人を巻き込み、直接間接に人を傷つけるような行動(原則として内因性うつ病の人のおこす対抗行動にはない)
・自己愛的な性格の人は最初は診察室で整然としていたのに突然過度に依抑止力がざんよ存的になったり、急に正反対に過度に攻撃的にになったりして、一貫性を失いやすいのです。
・内因性うつ病ではうつ病になっても人格の二重性が生じることはないのに、自己愛型の人では軽度ながら容易に人格の分画が生じ、一方の人格部分でした約束の拘束力が残余の人格部分に及ばないからです。人格の分割というのは、ジキルとハイドの二重人格ほど激しくはないのですが、いつもの彼らしからぬ彼が出現する場合をいいます。
・経過を追っていくと、もっとはっきりします。自己愛の人のゆううつや不安や不機嫌は概して一、二週の持続で、それがすむとケロリとします。しかし、再びおこり、同じように推移します。うつ病の場合は、一旦おこれば少なくとも、行きつ戻りつで、長い時間が必要です。それに薬も決定的には効きません。
・もう少し細かい違いをいうと、自己愛の人のゆううつの革新には、どちらかというと悲哀感というより「空虚感」「孤立感」があることが多いようです。


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(転載:中川)

| ◇合宿研修会 | 12:53 | - | -
9月東京接心会

この夏、猛威を振るった暑さもひとまず落ち着き、少しずつ秋らしくなってきた9月の終わり、駒込・勝林寺さんにて東京接心会が行われました。

 

陽が落ちるのもすっかり早くなってきました。

 

あっ、勝林寺さんの看板猫(?)発見❗。

しかし、既に禅定に入られているようで、いくら呼びかけても振り向いてもらえませんでした(T-T)。

 

勝林寺さんに着くと、実技稽古の前に朽名先生が中川先生を治療されています!。

今の自分ではまだ、指導者の先生方が何を狙ってそこに一鍼を下しているのか、理解が追いつきませんが、それでも目によく焼き付けておかねば。

 

 

[実技]

 

 

朽名先生、熱血指導中!。

 

 

伊藤先生、中川先生、治療中も笑顔が素敵です!!。

 

 

山野先生は秘密道具を使って、初伝の方に姿勢の指導。

だいぶ丹田に力が入るようになったようです。

秘密道具の詳細については……、月例会で山野先生に直接聞いてください!。

 

 

[朽名先生講義]

 

普段の東京接心会では、実技稽古の後に十分な時間を取って講義が行われるのですが、本日はある理由があって時間がおしています。(その理由は後程明らかに…。)

 

わずか10分程の短い講義でしたが、それでも濃密な内容になるのが指導者の先生方の凄いところ!。

 

 

玉城康四郎先生の『生命とは何か』(法蔵館)の中から「風とは何か」について講義していただきました。

 

朽名先生曰く、

 

「万病一風的治療を行うのだから、風とは何かについて考える必要がある。」

 

とのこと。

 

……なるほど。自分では全然そこに考えが至りませんでしたが、言われてみればごもっともです。

 

時間が無いので、要点だけを端的に説明していただいたのですが、『生命とは何か』の一節に、

 

 

『さて、ここで風というが、それはいったいどういう意味なのであろうか。もう少しリアルに理解したいために、別の資料を調べてみよう。

 

 ブッダは悟りを開く前に、さまざまな苦行を試みたことはよく知られている。その苦行の一つに、「息をとめてしまう」というのがある。無息禅といわれるものである。この無息禅にいくつかの段階がある。まず、口と鼻からの息をとめる。すると耳の穴から、風が極端な音をたてて出る。ちょうど鍛冶工が鞴[ふいご]を動かすような音である、という。つぎに、口と鼻だけではなく耳の穴もとめてしまう。すると、ものすごい風が、あたかも鋭利な刀で頭をくだくように、頭のなかをかき乱す。さらにひどくなると、屠牛者が鋭利な牛刀で腹を切り開くように、風が腹のなかを切り開く。もっとひどくなると、二人の怪力のものが、片方ずつの腕をとって火のなかで焼くように、風が体のなかで高温度の熱をおこす、という。

 

 このような、ブッダの悟り以前の苦行を見ると、風というのは体のなかのすみずみまで吹きとおっているものであることがわかる。このことは、後に考察するように、重要な注目点であることを留意しておきたい。』

 

 

…と、あります。このことから、風とは『気』とも言い換えられるのではないかと。

また、

 

 

『もう一つの例を考えてみよう。それは『倶舎論』に示されている宇宙の創成から壊滅に至る、成・住・壊・空の四劫説である。成劫は、宇宙が成立し始めてから完了するまで、いいかえれば、天体が現れて衆生が生じ終わるまでである。』

 

 

という一説からは、

 

「空というのは、宇宙が一回消滅した、ということであるが、空といっても全て無くなるわけではない。次の宇宙が生じる時に一陣の風が吹く。前の宇宙が残していった風のカルマ、それは皆さんの呼吸の中にある。」

 

…ということでした。そして…、

 

「…というワケで坐禅の時間です!。」

 

HERE WE GO 🎶。

 

 

[坐禅]

 

本堂へ移動して坐禅の時間となります。

 

 

 お月様が綺麗です。

 

 

実は、今回の東京接心会は特別版となっています。

 

題して、「調身・調息・調心」といういやしの道の基礎にかえる、です。

 

先日のいやしの道協会の合宿の座談会でも触れられましたが、かつて横田観風先生に弟子入りするためには、茨城県石岡市(旧 八郷町)のつくば研修所で行われている泊まりがけの接心会に参加すれことが必須でした。

 

そこでは、休憩をはさみつつ2時間みっちりと坐禅を組むのです。

 

本日はそれに倣い、東京接心会でも2時間の坐禅を行います。(それで講義の時間もおしていたのです!。)

 

まさに、いやしの道の原点❗……と、言えるのではないでしょうか?。

(本日のブログ当番は初伝なので、あまり責任持って断言出来ないのです💧。)

 

 

 

 

(心なしか、参加人数がいつもより少ないような……。)

皆さん、高い志を持って参加されています❗。

 

坐禅終了後、帰宅準備をしている際に、改めていやしの道に於いて坐ることの重要性、また長く坐ってこそ見えてくるものもある、といった話題で盛り上がりました。

 

 

最後は、勝林寺さんのご住職と綺麗なお月さまに見送られて帰路につきました。

 

 

 

 

本日も良い学びの場をありがとうございました。

 

(文責:松本)

 

| 東京接心 | 23:30 | - | -
2018年 第10回合宿

2018年9月16日(日)、17日(月)に、いやしの道協会第10回合宿を行いました。

 

 

 

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◎13:00- 13:10 静坐◎

合宿はまず静座から。雑踏にまぎれ生活している自分にとっては、心を落ち着かせる数少ない貴重な時間です。

 

 

◎13:10- 13:15 会長より開会の挨拶◎

 

 

今回の合宿は記念すべき10周年にあたり、いただいたファイルの表紙は横田観風先生筆による書「一鍼成仏」でした。患者に一鍼を下すと生命体に響きが生じ、心地良く、より遠くへ波及してゆくと具合がよくなるという事実体験からの造語だそうです。(詳しくは横田観風·講話集『鍼禅茶話』第二巻にて)実は日本には古来から祭の神輿、お見舞い、ちはやぶるといった文化や言葉に響き(振動)が身近に存在していた。
そんなお話を聞き響きについて考えをはせつつ、待ちに待った合宿がはじまりました。

 

◎13:15- 14:30 講座:「万病◎◎…なんて、やめておけ」◎

高木真観先生は現在埼玉の羽生病院漢方内科医として勤務されています。講座の始まりはうつ病についてです。
うつ病の患者は不眠、倦怠感、不安、心理的エネルギーがゼロであり、発症初期から死に対してハードルが低い。ところが、患者本人は憂うつ感に気づいていない、もしくは認めたくないという気持ちから自覚しにくい病気である。しかも驚いたことに、発症のきっかけは『特にない』場合が多いということ。治療のためには患者自身がうつを理解して受け入れさせることが大事ということでした。
治療7原則として
ゝい里罎襪澆簑佞韻任呂覆い氾舛┐
∩瓩せ期に心理的休息をとる
治るまでに3-6ヶ月かかる
ぜ殺しないと約束する
ド他に波がある
人生にかかわる大決断はしない
服薬の説明、副作用の説明をする
さらに、22-23時から7-8時間睡眠すること、週3日以上の禁酒、家にこもり何もしないのも良くないということでした。
うつ病を見つけ出すには技術も必要となるため、問診の仕方も実演を交えご講義いただきました。

 

(文責:溝口春香)

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◎14:45- 16:00 "講座:「いやしの道協会で学んだ30年、いま振り返り伝えたいこと」 "◎

 

「いやしの道入門から約30年、振り返って今言えること、伝えたいこと。」原田修観先生

 

 

前半講義、後半実技デモという内容にて、まずは講義から。

 

原田先生によると施術における基本的な3つのポイントがある。

    痛い鍼をしないこと!信頼関係が築けなくなる。押し手と差し手、鍼のベクトル、息の調節、生きたツボのこと、生きたツボの探し方の工夫、肘から、さらには肚から引くこと。

    響きを感じてみよう。いかにして気を感じ気を通していくのか。部屋に入っていっただけで、響いていた患者、消えゆく蝉の声、(静寂の中に消えるが響いている)の話。

長い響鳴音が残る不思議な楽器を鳴らす原田先生。(←言葉で表現が難しいので体感としてわかるようにご用意されたのだと思う。)患者と術者が響きあう交流する鍼。施術をすることでお互い元気になる治療がよい。響きというものを自分の中で検証して欲しいと結ぶ。

    丹田感覚を掴もう。掴めば「ゆるみ」が出る。施術には「ゆるみ」が大切であり、ほどよい緊張が大切。肚が大事。(それには調身、調息、調心で鍛錬することが必要)

原田先生はそれにプラス心臓のあたりと前頭部だという。正座や寝たりして丹田感覚を掴む練習を行う。

 

このあと先生が30年間で得られた「いやしの道」のエッセンスをお話しされる。

・いやしの道の鍼は「即興」である。(あたかも即興演奏する者が出した音で感動し、

次の音が生み出されるような。)それには身体が緩んでないと出来ない。

気はリラックスしないと感じとれない。

・初一鍼は大事、手は温かい方が良い。

・茶道の所作は鍼をすることと似ている。

・他分野(弓道や世阿弥、本、大阪なおみetc)と鍼を結び付けて考える。

・観風先生は「鍼を置いていく」という。大坂なおみが来たボールをただ返すだけ、というのに似ている。

他・・

 

この後、実際に原田先生による治療のデモンストレーションが行われた。

 診察や「生きたツボ」の探し方や刺鍼時の鍼の角度や肘の状態、先ほどのお話の内容を実際に示してくださった。

 

 

 

いやしの道に長らく在籍され、臨床歴の長い原田先生だからこそ、大切に感じていらっしゃることを存分に語ってくださった。

(が、資料はA4用紙にぎっちり4枚、書き連ねてらっしゃり、語り尽くせぬものがある様子に見えた。)

自分が山(いやしの道の修練過程)のどの辺りにいるかでも、印象に残る部分がまったく違うのではないかと感じた。

 

(文責:伊藤翠観)

 

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◎16:15- 17:45 グループ実技◎

1日目の実技稽古の開始です。

初伝・中伝の二名に指導者の先生が指導していただき、三人ひと組で実技稽古を行いました。

50名ちかい参加者が会場いっぱいに広がり、チェックシートの点検項目、自身のいまある課題にとりくみます。

 

 

 

◎19:00- 21:00 夕食&自己紹介◎

夕食の時間です。

副会長 堀雅観先生の乾杯の挨拶で始まりました。

 

今年は合宿10年目ということで「10年前は○○でした。」、「10年前の私」というテーマで皆さんにお話し頂きました。

まずは4人の副会長から自己紹介していただきました。

途中、ホールへ移動して合宿スタッフの方々が用意してくださったたくさんのお酒・おつまみ・ソフトドリンクとともに自己紹介・懇親会へとなりました。

昨年は天候不良の影響で遅れて到着された方や、参加できなかった方も今年は参加できました。

 

 

(文責:野田亮)

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6:00- 7:00 気功  原田修観先生

 

朝の清々しい空気の中、原田先生の気功が始まりました。

やっていくうちに細胞一つ一つが目覚めていくようで

気持ちよく気が満ちていきました。

 

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8:30- 9:45 講座:「形を作る〜いつも同じでいられる為に〜」 前之園空観先生

 

治療する時の姿勢をいかに形作るかお話しくださいました。

はじめに

鍼道発秘講義(横田観風著)では「凡そ鍼を用ゆる者は、先ず我が心を定め、次に病人のこころをとるべし。すでに鍼を刺すの時、たとえあたりに、如何様の事有とも、これに気を動かすことなく、ただ一筋に鍼を守り、謹んで治療を為さば、万病癒えずということ無し。」、「各自の工夫、悟得を持つより他ない。」と記されている。いやしの道協会の教えでは、基本の型において詳細に形が決められている。特に姿勢は重要視されている。

 

そこから様々な疑問が生じて、主なものは

・どうやって心を定めていくか?

・どのように工夫していくか?

・上虚下実っていったい何ですか?

・肚、肚って言いますがお腹に力を入れても全然うまくいかないですけど!

・手の内ってどこで感じるもの?

・鍼を自由自在に扱うって、そもそも鍼って自分の身体の一部ですか?否か?

 

理解を深める中で、正解に近いだろうこと

●腹腔内圧を高める。

●四肢末端の力を抜き、自由に動かせるようにする。

これを実際やってみるのに、

Ex1:壁押し、腕押し相撲をしました。

腕押し相撲

 

姿勢を形つけていく過程での問題の抽出

これはあくまで私にでてきた問題かもしれませんが、姿勢は一人で作るものだが、治療姿勢は一人では作れないものであるという意識が欠落していた。「ゆったり、どっしり、凛然と」を意識するあまり、どっしりしすぎてしまう。また、鍼すること自体が、非常に小さな出力で行われるため、その問題点に気付きにくい。

「現代座禅講義」(藤田一照著)の調息(呼吸)からの座禅の姿勢で治療は非常にわずかだではあるが患者の方へ動く。この解決の手段として、患者と地面で作られた基底面に立っている自分を意識してみた。

Ex2.不安定な場所に立つ。鍼先へとエネルギーを伝える。

 

 

心の問題、気の問題(目に見えない部分の問題)

パーソナルスペースを利用して見えない物を形つけていく。

「かくれた次元」(エドワード.T.ホール著)からパーソナルスペースを利用した見えない物を形つけていくお話しをされた。

 

 最初に前之園先生が生じた疑問は、私も湧いてきたものでこの疑問は皆生じるのかと、安心した。

その理解過程を具体的に説明して下さり、初学者の私の手がかりになった。

前之園先生はつねに工夫し続けるしかない 

最後にもう一度師のことばで「各自の工夫、悟得を持つより他ない。」と結ばれた。

 

(文責:酒井眞理子)

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◎10:00- 11:30 <万病一風的治療>を手ほどきする◎

 

 

 

「ツボや経絡は外側のこと。大事なのは内側、体の中がどうなっているのかが大切。これは外から見ても分からない。体の中がどういう状態になっているのかをイメージして、鍼を1本打って、どう変わっていくのか把握することが大切である。」とお話しされ、実技に入りました。

 

 

1人目の患者は、眼精疲労、頭痛、肩、首の凝り、胃から上の熱を訴えました。

腕の生きたツボから引き、お腹を緩め、胸を散鍼、目の上、額、頭、首、背中、腰をあたり、左足に引きました。

「全部治すのは、やりすぎ。しばらくして治ったというのが良い。この患者も2時間くらいすれば良くなる。」

 

2人目の患者は、1週間以上続く咳を訴えました。

腕の生きたツボから引き、胸、お腹の熱を取り、ノドの下、耳の下、首、肩、背中、腰をあたり、左足に引きました。

「マッサージする人は、スジやコリに鍼を打ちたがる。寒熱もしっかり診ること。」

 

 

総稽古も行われました。これはそれぞれの課題を皆の前で横田先生に点検してもらうものです。

・ 鍼管なしでの刺入

・ 鍼を深く刺して、どこで響くのか分からない

・ 足の趾の間に痛くなく鍼を刺したい

・ 頭の熱を足に上手く引けるか

など点検してもらい、それぞれご指摘を受けました。

 

 

 

◎11:45- 12:45 グループ実技◎

 

グループに分かれて実技の稽古を行い、横田先生からも適宜指導されました。

 

◎12:45- 13:45 昼 食◎

 

 

◎13:45- 14:45 座談会「<いやしの道>とは何か」◎

 

今回で10回目合宿ということで、創始者の横田先生、2代目会長の大浦先生、3代目で現会長の朽名先生に「いやしの道」とは何か、というテーマで語っていただきました。

(以下敬称略)

朽名:僕が入った時は、いやしの道協会の前身の無為塾だった。そこはお金を払って教えてくれるというものではなかった。作務、畑仕事がメインのつくば研修所の接心や禅堂での摂心が必須という他の会とは違う会だった。

 

大浦:私が鍼灸の世界に入ったのは33歳の時。このままサラリーマンをやっていてよいのかと思い、会社を辞めて、中国へ行き、中国の治療を見た。当時は冒険心が強かった。病院の研修生として治療を見た。そこでの鍼は術者によって違っていて、理論通りにやっていなかった。相手に伝えるには正当性のある言葉が必要。日本に帰って、師匠について勉強する必要を感じた。友人が横田先生の治療を受けていて、その縁で横田先生にお会いして、友人の治療を見せてもらって、勉強会、無為塾に参加するようになった。初めて参加した時、上野のお寺で行われて、坐禅、茶礼、傷寒論の講義だった。鍼灸と漢方は車の両輪と捉えていたので、漢方を勉強することに抵抗は無かった。無為塾十則というのがあって、最後に「求道心無きものは去れ。」とあり、根性入れてやらないと、と思った。中国の人に日本鍼灸の良さを伝えられるよう、先生にいろいろ叩きこんでもらおうと思い、束修した。


 

朽名:大学を卒業して、坪井先生の氣流法のボディワークを学ぶということ生活の中心に、築地市場でアルバイトをして過ごした。気について探求する生活をずっと続けるわけも行かず、鍼灸の世界ならそれが生かせると思って、専門学校に入った。3年生の時に出会ったのが横田先生で、四部録がもう出版されていたので、買って読んだ。先生の講演を聴きに行って、硬い人なら敬遠しようと思ったが、ダジャレが効いていてこの人ならと思った。無為塾に入って、つくば研修所の接心に参加して先生からかけられた言葉が2つ。「鍼灸は教えられないから。自分で鍼と命のやりとりを会得しないといけない。」すでに氣流法の指導員だったのですが「人に教えられるくらいにならないといけない。」

 

横田先生に伺います。鍼灸学校を卒業して、1年後お弟子さんをとられましたが、その弟子にいやしの道を説かれました?

 

横田:説いていない。1年で弟子を持つとは思っていなかった。カミさんの縁で弟子を持つことになったが、自分だって右も左も分からなかった。

 

朽名:横田先生の人生のプロセス、2つあって、1つは師匠のいない状態で自分の鍼灸をつくるプロセス。もうひとつは、それを後進の人たちに伝えようと、四部録や基本の型をつくり、伝えるプロセス。自分の鍼をつくるプロセスについて伺います。

 

横田:治療をどういう風にやればいいのか。禅の師匠に、鍼禅をやりなさいと言われ、禅と鍼、それをどうひとつにするのかが課題だった。自分が鍼灸学校に入ったのは、大学生のころ運動をやり過ぎて、心臓肥大になり、心臓発作で死にかけた。豊島区の鍼灸の先生に灸点を打ってもらい、家で灸をしてもらっていた。何年かして、歯を磨いているとき、黄色い苦い水を吐いた。それ以来心臓発作は起こらなくなった。なぜそうなったのか考えた。当時、大学は混乱していて授業も行われなかったので、鍼灸学校に行くことにした。学校に入って、素問、霊枢、難経を読んでも分からなかった。学校に荒木正胤先生の弟子がいて、「漢方問答」を読んで、日本古方漢方の話しがあり、吉益東洞を知った。神田の古本屋街に行って、東洞全集を探し、読んだ。それに万病一毒論「瞑眩しないと病は治らない。」とあった。素問、霊枢、難経はピンとこなかったが、万病一毒論はウソではないと思った。これは漢方の話しで、鍼灸の方には「鍼道発秘」に万病一邪とある。万病一毒と万病一邪、これをどう1つにすればよいかと考えた。昔の接心は、お寺で1週間やった。私なんかすぐ風邪をひいて、「向こうで休め。」と言われて休んでいたら、風が吹いて、風で邪と毒が1つになると思った。万病一風と分かって、原稿を書いた。それが無為塾の塾生が見つけて、勝手に彼らが清書して、売りさばいた。そして東洋鍼灸専門学校から講演の依頼が来て、行きたくなかったが、弟子たちが「行かせます。」と答えてしまったので、講演せざるを得なくなった。こんな状態だったので、はじめは、道は説いていなかった。

 

朽名:鍼禅をやれと老師から言われたわけですが、禅が先生の鍼に影響の与えているのが分かります。

 

横田:弟子の中にはカンのいい人、そうでない人がいる。なんとかしようと四部録を作った。そしたら欲が出て、自分ひとりでは何人も治療できないが、弟子を育成すれば彼らがより多くの困っている人を治療してくれると思い、いやしの道協会をつくった。

 

朽名:鍼が禅の深さに影響を与えていますか?

 

横田:そうだと思います。無心というのは、何も考えないということではなく、無は何も拘らないということ。エネルギーのある人は、オレがオレがと我が強い。鍼灸でも、学校で鍼の打ち方やツボを習うが、これも我になる。自己否定して生命本来を見る。

 

朽名:道を求めているとどこかで自己否定しなくてはならなくなる。それを導いてくれるいい師匠がいればいいのですが。

 

横田:真冬の接心は大変だった。老師は「千尋の谷に落ちるつもりでやれ。」と言われ、死ぬ気でやってみたら、敷居の高さ位しかなかった。死ぬ気でやって、自己を否定して、自分の殻を破って大きな世界へ行く。

 

朽名:いやしの道協会は、はじめからいい事をしようというタイプよりも自分の情けなさをどうにかしようというタイプの方が継続しています。

 

横田:自分がつらいと患者のつらさが分かる。私は体が弱く、患者の悪い所が分かる。昔の弟子は頑丈な人が多かったから、鍼が下手だった。いやしはつらい体験をした人の方が入りやすい。

 

朽名:大浦先生も入門して20年以上になります。いやしの道とは何か伺います。

 

大浦:難しい質問ですね。学・術・道とありますが、道は行を通じて得られるもの。学・術、人のやっていないことをやり、それを通じて鍼灸の世界につながる。それが私の道。

 

朽名:看護師向けの「いやしの振る舞い学」という本を書いた。振る舞いとは、プレゼントであり、行動である。いまこの場で、僕は皆さんに言葉を振る舞っているが、皆さんも僕に態度、姿勢で振る舞っている。気の交流がある。鍼治療の場では、鍼を通じて術者と患者の気の交流がある。

 

横田:これからの希望としては、テキストと基本の型を次世代に伝えて欲しい。ただ、最近金儲けのためにやっている人がいて、驚いた。時代がそういうのを優先しているのかもしれないが、一隅を照らす人が増えていって欲しいし、そういう人の人生が明るく楽しいものになって欲しい。

 

 

 

◎14:45- 15:00 閉会の挨拶◎

 

座談会終了後、1回目の合宿からずっと裏方として、合宿の運営に携わってきた福嶋先生に記念品が授与されました。

 

福嶋:急なことでびっくりしています。10回もやると毎年のルーティンワークです。

朽名:では、20日回目までお願いします。

福嶋:(笑)

 

閉会の言葉は三輪先生です。

1回目、2回目の合宿は、僕と河原先生が司会をやりました。もう10回目という思いがあります。福嶋さん、坂井さん、中川さん、多くのスタッフの方、ありがとうございました。この先10年も皆さんと楽しく過ごせればと思います。

 

(文責:養母忠観)

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集合写真2018

 

| ◇合宿研修会 | 17:58 | - | -
9月 関西支部研修会

9月9日(日)京都市立南青少年活動センターにて、関西支部研修会がおこなわれました。

9月の研修会は休みの予定でしたが、要望が多く、変更されました。

台風のあとの京都は、街路樹の百日紅の木が何本も、幹の途中からへし折られて、無くなっていました。時折、雨の降る一日です。

 

四部録基礎講座「経絡流注講義」    石部先生 

胃経の章 是動病と所生病。そして病気のメカニズムについておさらいをしました。

具体的にイメージするとき、その世界は立ち上がり、奥行きを持ちます。

 

腹診

腹診を行った後に、生きたツボに鍼をして、腹診がどう変わるかを確かめます。

実際の腹診によって、どこに施術をするかは変わってきます。

手の陰経陽経に引いてどう変わるのか。背中に打って腹がどう変わるのか。

残った腹の症状を直接打ってどう変わるのか。その後、手や足に引いてどう変わるのか。

腹診や施術の点検のポイントは多くあって、気付きもまた多くあります。


 『傷寒論真髄』    村田先生

224章 下焦に働く猪苓湯と、中焦に働く白虎加人参湯の鑑別。

225章 脈遅の鑑別。四逆湯と大承気湯。腹状の相違は明らか。患者の発する気も違う。

228章 梔子豉湯と大陥胸湯の心中懊憹の違いについて議論がありました。

229章 発潮熱の項。小便数は小便不利ではないかと言う疑問がでました。

230章 胸脇苦満と胸脇鞭満の違い。治療前後で舌苔に変化がある。

233章 邪がない便秘。キャラメルも使える。

234章 二陽併病の場合外側から病を解して行く。桂枝湯。

235章 合病と併病の違い。麻黄湯

236章 茵蔯蒿湯証で小便が出ると腹満は引っ込む。頭汗の機序について。

横田先生、村田先生のナビゲートを受けながら、傷寒論の大きな森の中を歩いてゆきます。

森は深くて簡単には見通せません。森の中の、今いる位置を確かめます。

 

昼食

会館の調理室兼食堂に移動して、持ち寄りの具の沢山ある素麺をいただきました。

手作りのお惣菜はとても味わいがあって美味でありました。ありがとうございます。

 

基本の型・チェックシート

それぞれのチェックシートの項目の点検を受けます。

課題を通過するごとに、術者の鍼灸の世界は広がって行きます。

 


『杉山真伝流臨床指南』    玉水先生

P.91 治験例 2  上脘中脘 閉結

上脘は上方へ乱鍼術。中脘は刺鍼転向法をもちいた八方向への雀啄術。

どのような時に雀啄術を行うのか?

を「腹診による毒と邪気の診察と鍼灸治療」P.127〜P.130 から学び

その後、雀啄術の実技を行いました。

押手、刺手の感覚は微妙です。

雀啄術を自在に駆使できれば、大きな力になると感じました。

 

丹田呼吸と身体づくり

場所が変わると、いつもとはまた違った感覚があります。無心に、丹田を意守します。

 

治療と課題の発見

今日さいごの実技です。それぞれの課題に取り組みます。

 

 

振返りの会

会館の閉館時刻がせまり、外は雨です。

振返りは各自心の中で行うこととして、ロビーで解散しました。

充実した一日が終わりました。ありがとうございました。

 

次回の関西支部研修会は10月14日(日)です。

研修会の会場が変わっています。ご注意ください。

高槻市 生涯学習センター 和室

住所 大阪府高槻市桃園町2−1 

JR高槻駅、阪急高槻駅から徒歩5分です。

 

東洋医学と養生の会は9月23日(日)京都上賀茂の心耳庵にておこなわれます。

 

文責:小倉

 

| ◇関西支部 | 13:19 | - | -
9月 湘南研修会

 
恒例、第2木曜13時半より、平塚市民会館にて、湘南研修会が開かれました!

だいぶ暑さも落ちついて過ごしやすくなりました。

 

今日は少しだけ早く集まって、湘南研の今後についても意見交換をしました。

なので、講義も実技もややショートカットに。
 

 

●調身息

 

 

 

●実技

やる気まんまんのUさんの総稽古になりました!

 


 

あと、二人組みになって。



 

 

 

●切脈一葦 /木村珠雄先生


 

脈證取捨 雑病の軽き者、寒熱の證なく、虚実の候なき時は、切脈瀉形の二診を論ぜず、唯見證に 随て治する事あり。然れども四診を参考して、軽重の分を量らざる時は、軽しと雖も 大病に至るの兆ある事を辨ずる事能わざるなり。今、切脈瀉形の二診を論ぜず、唯見證に 随て治する者は、寒熱の證なく、虚実の候なき軽病は、脈状腹状倶に論ずべき状なきを 以てなり。

 

●傷寒論真髄 /海野流観先生



388章 吐利、汗出、発熱、悪寒、四肢拘急、手足厥冷者、四逆湯主之。 389章 既吐且利、小便復利、而大汗出、下痢清穀、内寒外熱、脈微欲絶者、通脈四逆湯主之。 390章 吐巳下断、汗出而厥、四肢拘急不解、脈微欲絶者、通脈四逆加猪胆汁湯主之。 四逆湯証は吐いて下痢して汗が止まらなくて栄養分も水分も出て止まらない。 海野先生が四逆湯類をまとめて一覧にしてくださりました。 薬味を比較すると軽重あって、どんな時に使うかイメージしやすい。 甘草乾姜湯は甘草4両で急性期に使用することがわかり、乾姜附子湯は甘草がなく乾姜(体 を温める効能)があり、急性でない軽症の水毒、痛み、冷えに対して使うことが分かる。 四逆湯は甘草、乾姜、附子で構成されるが通脈四逆湯には乾姜が二倍入っているので冷えが 強い状態に使うことがわかる。それに人参が入る(四逆加人参湯)とより慢性的で、消化器が弱り心肺機能も落ちている状態。茯苓四逆湯は四逆加人参湯より、さらに冷え、水毒がたまっている(茯苓が加わる)。通脈四逆加猪胆汁湯は甘草、乾姜、附子は逆に減少し、猪胆 が加わる。慢性で体が弱って最後に使う薬。白通湯は乾姜、附子に白葱が入る。四逆湯に 白葱を入れても効果が増すとのこと。真武湯には生姜、朮が入る。水毒のからんだ冷えに使用。附子湯は真武湯と似ているが附子が倍入っていて主に(陰病の)痛みに使う。 猪胆、熊胆、人尿などの変わった薬味が使われていて、それに関する話題でかなり盛り 上がりました。

 

(文責 伊藤)

 

 

| ◇湘南研修会 | 12:17 | - | -
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