いやしの道協会ブログ

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10月 福岡の勉強会

10月 福岡の勉強会

 

今月から本格的に初学者向けの講座が増えました。

初歩的なところからやりますので、これから学びたいというかたには良い機会です。

 

---(今日の内容とメモ)---------

 

1、静坐法

ボーっと座ってても仕方がない。

来月から秘訣を、というかをテーマをひとつづつ与えます。

全体像をお話しました。

 

2、古方選読

尾台榕堂先生の『方伎雑誌』からの抜粋。

 

4、鍼道発秘講義

初学者向けに『鍼道発秘』を紹介していく時間です。

オフィスワーカーが泣いて喜ぶ、〇〇の鍼をやりました。

 

3、傷寒論講義

今月から『傷寒論講義』を皆で読んでいきます。

自力で読み進めて行けるよう、読み方を習得してもらうことが目的です。

これから勉強してみたいという方はまだ間に合いますのでどうぞ。

 

4、実技稽古

基本の型

 

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次回は11月24日です。 (文責:燈観)

| ◇福岡の勉強会 | 17:20 | - | -
杉山真伝流勉強会

『杉山真伝流』勉強会 第168回 令和元年10月19日(土)

           講師 大浦慈観先生

◆◆◆シリーズ:『杉山流三部書』から(27)◆◆◆

今回のテーマ:「撰鍼三要集」(井栄兪経合を論す)18術より随鍼術

前書き「療治大概書」を編纂後「類経図翼」に強い感銘を受けた杉山和一は自らの序文と

跋文を加えて、「撰鍼三要集」を著した。1682928日、杉山流鍼治学問所が正式に

開校すると、「療治大概書」と「撰鍼三要集」の2冊がテキストとして暗誦された。

  今回のテーマは井栄兪経合を論す、です。

経に曰くは霊枢の九鍼十二原篇をいう。この篇は九鍼の特徴や使い方と十二原の原穴の

大事を主に言っている。霊枢の九鍼十二原篇は鍼をする人にとって重視している篇であり

霊枢は別名「鍼経」と言われた。素問は生理、病理の東洋医学を述べているが、霊枢は

鍼の刺し方や鍼に関することを述べているので鍼経という別名がある。それが霊枢に変

わっていった。また管鍼篇とうものがあり鍼の使法について書かれている。

九鍼十二原篇と管鍼篇は鍼に関する大切な篇なので後日別に読んでみましょうと。

黄帝が五臓六腑の気の出てくるところの場所を教えてくださいといっている。岐伯という

お医者さんが答えている、五臓には五兪あり、5つの臓の経絡に対して5つの大事な兪穴が

あるから5x5の25兪穴ある。六腑には6つの兪穴がある。6本の経なので6x6の

36の兪穴がある。経脈は十二本、絡脈は十五本ある。それぞれ12経に絡穴が絡脈と

言っている。12本なので12絡穴があり他に任脈と督脈奇経だけれどもそれぞれ関連

する任脈ならば、任脈のその周りの腎経や胃経など関連し連絡している絡穴がある。

例えば任脈だったら鳩尾が絡穴で督脈は長強が絡穴になっている。当然督脈は背骨の後ろ

側を通うり隣の膀胱経に関係しているということを言いたいのでしょうか。任脈の任ずる

とは陰経を束ねている意味があるし、督脈はそれぞれの陽経を背中側を通うっている陽経

を監督して束ねて大事な脈でそれぞれ鳩尾、長強に絡穴というのがある。これで14本で

そして脇腹の方に昇って行っている大包穴から脇の方に連絡している絡穴がありこれで15

の絡脈がある。全てで二十七の脈気がある。27の気が巡っているところは、手は手首に

足は足首に絡穴はある。

―个觸蠅魄罩⇔れる所を栄(けい)C蹐綾蠅鰕銑す圓所を経テる所を合これ27気

行くところ皆五兪にあり。そのやまいの主ることに於いてある人が質問してた。

杉山和一がいうに、難経に基づいて言いましょう。

^罅心下が苦しくなるを主る。 胸脇苦満肝の病で胃の方まで影響し食欲なくなる。

胸脇苦満のみならず、肝経の病に 生殖器の病に大敦の多灸や刺血に効果ある。

栄・体中に熱があるを主る。 例、呼吸器疾患で苦しい魚菜際より刺血する。

Q繊β里重く節々が痛むを主る。浮腫みで脾の病、消化系が弱り水分吸収が出来ない。

水分を巡らせない。筋肉が浮腫むと節々の腱も浮腫み関節も動き悪くなる兪穴は手首足首

近くにある。灸。全部の兪穴に当てはまるかは疑問であるが、脾経の太白に灸は下痢が止

まったりする。

し弌τ坦梓熱を主る。咳が出て風邪長引くに肺経の経渠にあたる。他の経絡では如何に

ス隋上逆気し胸喉実し大小便がもれることを主る。腎の病足の陰経冷えに陰谷。

脾経の陰陵泉でも良い気がする。気が逆している時はで喉の詰まりなどあるので、下腹から

足まで冷え虚している足の陰経冷えているので鍼は足の陰経に通うるように鍼をして、

また灸を使う。これ五臓六腑井栄兪経合の主るところの病なり。

会場より大浦先生の臨床上は上記に対してどうなのかと質問があり

上記に追記をしながら記してみました。さらに説明あり。

言えることはこの鍼のお経は代表的なことを挙げて後は類推して使うようにとある。

今日の手技は 随鍼術 

  

まだ途中ですが続きは次回会場でお渡しします。

次回は1116日 第三土曜日

市川友理

| 杉山真伝流勉強会 | 02:35 | - | -
10月 東洋医学と養生の会

10/27(日)京都上賀茂にある心耳庵にて

東洋医学と養生の会が行われました。

金木犀の香りが漂う季節になりました。

 

 

 

経絡流注講義(玉水先生)

 

一般の人が来られる前に希望者が集まり四部録基礎講座。

この日は『手の太陽小腸経』をやりました。

患者の生命状態に合わせて術を施すことの重要性のお話や

「寝くじいた」症状の鍼の打ち方などの臨床のお話がありました。

 

 

貝原益軒 楽訓 (村田先生)

 

貝原益軒の楽訓の輪読と解説。

 

 

「年月の速く過ぐること、あたかも飛ぶが如し」

「あとをかへり見れば、五十のよはいを過来しも、さのみ久しからず」

「いくほどなき残れる齢を、たのしみてこそ過さまほしけれ」

「うれひ苦しみて、むなしく過ぎなんは、いと愚かなりや」

「今日の日の内を、日々にをしむべし」

 

年々飛ぶように速く過ぎていく年月を一日一日楽しんで過ごす

 

楽訓でいう「楽しみ」というのは、贅沢をすることではなく

欲は少なくし、自然の四季を味わうなど、人の心の内にあるものです。

 

江戸時代よりも現代の方が、周りの環境を含めて効率やスピードを

求められていて、人の生活はせわしない毎日だと思うのですが。

過ぎていく日に追われるのではなく、一日一日心楽しむ生活を

したいものです。

 

気功と呼吸(玉水先生)

 

今日は天気も良いので山で気功です。

 

 

大田神社の横の小路を登っていきます。

歩く時も歩行禅で、それぞれ五感を

研ぎ澄ましながら歩きます。

 

いつもの山にも秋の気配が漂います。

 

 

ちいさい茸も発見

 

 

前日の雨のぬかるみも越えて。

 

 

倒木の下をくぐり。

 

 

どんどん登っていきます。

 

やっと空が開けた丘に到着。

 

 

まずは体を揺らして柔らかく。

 

背骨をゆらして自由に動いた後は

山の空気を感じる呼吸法。

 

丹田を意識しながら。

 

地面に向かい息を吐き切ったら

そのまま大地の気を吸い上げて

 

 

空に向かって息を吐きながら

 

 

最後は丹田に気を治めます。

 

珍しい鳥の鳴き声や

ザザーという風の音、舞う落ち葉。

山の気功は気持ち良いです。

体の中がキレイな空気で満たされる感じです。

 

帰りもゆっくり景色を味わいながら

山を降ります。

 

 

 

治療の時間

 

一般の方の鍼灸体験とは別に

鍼灸師同士でも施術をしました。

 

 

ふりかえりの時間

 

初めて参加されたご夫婦も笑顔で

帰られ、いつものメンバーで。

まだまだだと思った人も新しい発見が

あった人も、実りのある一日でした。

 

 

次回東洋医学と養生の会は11/24(日)の予定です。

 

(文責:竹ノ上)

 

| 東洋医学と養生の会 | 09:22 | - | -
10月 東京接心会

10月26日、駒込・巣鴨の勝林寺さんにて東京接心会が行われました。
駅から勝林寺さんへの道中もすっかり暗くなり、日が落ちるのが早くなったことを感じます。

 

 

【実技】17:30〜19:00

 

 


【講義】19:15〜20:35(山野先生、朽名先生)
『原初生命体としての人間』(著:野口三千三)の第5章「ことばと動き」を学びました。

 

実際に体を使ってのワーク

母音を発音してみる。「あーーーー」「えーーーー」「いーーーー」「おーーーー」「うーーーー」

 

久喜さん、昔応援団だったと発覚!

 

体を動かして発音しやすくしてみる「うーーーー」

 

 

朽名先生からも第5章の解説をしていただきました。

 

野口三千三先生は、「ことば」という意味の中に通常の「ことば」以上のものを含ませているので分かりにくくなっている点に留意すべし。
(P.224)「私は、音声言語・文字言語だけが言葉ではなく、からだの動きもことばであると考えている。そして、身ぶり、手ぶり、顔の表情などのように、外側に大きく、はっきり現れるものだけがからだの動きではない、とも考えている。」

 

その他、夏目漱石の『こころ』『門』、詩人の言葉、参禅の言葉、ヨイトマケの唄(朽名先生の歌唱あり)、武術家の言葉など、上っ面の言葉ではなく、からだと結びついたことば、湧き上がってくるようなことばについて学びました。

 

【坐禅】20:50〜21:30

最後は白隠禅師坐禅和讃を皆で唱和しました。

 

東京接心会は、月例会よりも少人数(10〜15名)ですので、じっくり勉強できます!
是非一度参加してみてください。

参加をご希望の方は【いやしの道協会HP:行事案内】
(http://iyashinomichikyokai.com/event.html)
のページをご覧ください。

(文責:中川)

| 東京接心 | 13:34 | - | -
10月 東京月例会

1.静坐

坐禅、姿勢を整え、呼吸を整え、心を整えます。

いやしの道 月例会20191020静坐.jpg
 

 

2.講話

 石井 道観 先生

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万病一風的治療の中には邪や毒というものが出てくる。邪のわからない人は結構いるが、邪がわからいと万病一風論的な治療ができないかというとそうではない。最初は邪がわからない。わからないヒトは頭を使う。「学・術・道 三位一体」といやしの道協会ではいう。

「道」はそのひとの境涯を深めていくこと。各自で努力してもらう。

「学」と「術」も各自で努力してもらうが、「術」の部分で邪がわかるヒトとわからないヒトとでは少し差が出てくる。でも。それを補うのは「学」である。

四部録が富士山図の底辺の重要なところになるが、いやしの道協会ではほかにも学ばなければならないことがある。そういうものを一生懸命学んで、四部録をベースにして、

傷寒論にもでてくるように患者の状態をイメージする。邪毒が手で触ってよくわからなくても、脈診・腹診・問診をすれば患者の邪毒がどの辺あってどういう悪さをしているかいうのがイメージできるようになる。そのイメージを作れるようになってほしい。

 

万病一風論では全くの健康状態は「無」。そこから変異すると「風」が起きる。「風」とは「寒」、「熱」の状態で見ることができる。その「寒」と「熱」の下に「邪」と「毒」がある。ということは「寒」と「熱」を見ていけば理解できるはず。患者の身体を基本の型にのっとって診察していけば患者の寒と熱のあり様はわかる。

「虚」と「実」もさわれば硬いのか柔らかいのかわかる。硬いのか柔らかいのは、温かいのか冷たいのかそれを触って確認して、それを頭の中で四部録に照らし合わせて患者の状態をイメージしていけるようになる。イメージさえできればあとは、冷えているものは温まるように、熱いものは冷めるように、虚しているところは充実するように、実しているところはその実を弱めるように鍼をしていけばいい。

 

次に問題になるのは実際に鍼を刺すときに、邪がわからいとできないのかということ。

邪がわからなくても、最初は物理的な感覚でできる。鍼を刺していって硬いものに当たったらそれが柔らかくなるように、虚していてズブズブのところは雀琢、撚鍼を繰り返しながらそこが充実してくるようにやっていけば、物理的な刺激で手の内をきちんとしていけば患者の身体は変わっていく。

実際の患者の治療をしているときにいちいち患者に響きましたかと聞くのは難しいので、このような月例会の場で、実技を指導者に教えてもらう時に、患者役のヒトに自分の物理的な感覚がどのように響いているかというのは聞けば教えてくれる。実際に自分の手の内がどうなっているのか、正しいのか、正しくないのかを自分で磨きながらやっていけば手の内もだんだん入ってくる。それを繰り返しながら、診察するときや鍼をするときでも、単なる物理的な寒熱や強い弱いや硬い柔らかいを感じ取っているだけではなく、その時にそれ以外で何か感じるのかを、心を砕いて意識してやっていくとだんだんと邪というのを感じられるようになってくる。

ただ、足が速いひとと遅い人がいるように、邪に敏感な人もいれば、鈍感な人もいる。100mを15秒でしか走れない人が、9秒台で走れる人に追いつけるかというとそれはない。鈍感な人は敏感な人に比べればいつまでたっても鈍感。でも感じられるかということが大事なので、邪が少しでもそのヒト本人のとらえ方で感じられるようになれば臨床が変わってくると思うので、そこはあきらめずにやってほしい。

この中で、寒と熱、虚と実と分けたが、これは間違ってほしくないのは絶対的な寒や絶対的な熱ではなく、そのヒトの身体を触っていったとき、こことここを比べるとこっちの方が冷たい、こっちのほうが熱いという相対的なものなので、比べてみてどうかということで判断していってほしい。

 

最初は物理的な感覚を指標にやっていた。たぶん10年くらいは邪毒がわからなかったと思う。正直に言うと、触った時の邪に関してはいまでもほぼわからない。ただ、胸の邪とか心煩とかはわかる。お腹に関していうと、今でも少し心もとない。

ただ、そんな中で初めて、「あ、これがそうなのかな」ってわかり始めたのは手で触っている時じゃなくて鍼を刺している時。これもヒトによって違うと思うけど、本当は押手で感じるのがいい。押手で患者の気の状態がどうなっているのかっていうのを、変化がわかるのが一番いい。私は一生懸命やっていくうちに刺し手の方で感じた。先輩に確認してもらいながら、観風先生に確認してもらいながら、段々と常に感じられるようになった。今はこっち(押手)でも少しわかるようになってきた。でもそれは不思議と私の場合は、鍼をするとわかる。鍼をしないときはほぼわからない。

それでどうするかというと、さっきの患者のイメージ。この患者の毒がきっとこの辺にあるだろう、それによって邪がこの辺にも来ているだろう。それで患者の症状がきっと出ているのだろうという判断をして、鍼をする。実際に鍼をしてみて、邪を感じれば「ああ、あっているな」。そしてその邪が少なくなり、症状が緩和されればそれで間違いなかった。逆に言うと、刺して手ごたえがなければ、このイメージ自体が間違っていた。だからもう一回やり直さないといけない。それを繰り返しやっていけが精度は上がっていく。

 

私が観風先生のところに入って一番いいなと思えたのは、邪毒に関していっているところではなくて、西洋医学も東洋医学もどちらも万病一風論で説明できるというところに一番惹かれた。これだったら西洋医学のことも説明がつく。自分のなかで消化して一緒にやっていけると思った。

あとはやるしかない。よく言っていたのは、「背水の陣でやるしかない。この後はない。」という覚悟を持てるかどうか。その覚悟を持つというのはツラい。ツラいけれどもそれがあったから、ここまでこられた。そんな覚悟なんかなくて続けていって手の内を覚えていけるのが、ホントは一番ハッピーだと思う。けど、なかなかできない。

それぞれの人生、各々の人生の中で持つ覚悟というのはきっとあると思うので、その覚悟をどれだけ持てるかということだと思いう。

 

 

3.症例検討会

木村克彦 先生

「不整脈に対する鍼灸治療の試み」

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【はじめに】今年五月の定期健康診断で経過観察が続いていた不整脈が、要検査になったことで鍼灸による治療を開始した患者の経過を報告し考察をする。元々あった腰痛や肩関節に対する治療を並行して行った。

 

【患者像】六十代。主訴は不整脈。若い頃から右脚ブロックがあり、健康診断で引っかかることがあったが経過観察で済んでいた。今年の検診では脈が飛ぶ回数が増えた為、要検査となった。日常生活に支障はない。肩関節の疲れと痛み、腰痛の随伴症状がある。

【切診】脈:右>左、太く強めやや数。一分間に数回、脈が飛ぶ。間隔は不規則。 

【望診】舌:舌先紅、微黄苔。

【腹診】胸部の熱が強い、季肋部・心下部・腹直筋硬い、下焦の虚。

【候背診】肩甲間部に熱感がある。

【診断】季肋部のつまりにより胸に気血が滞り、下焦の虚からの上衝と相まって胸部の熱が強まり心臓の誤作動になった。

【治療方針】胸背部の熱をとる。腹状の改善をさせる。

【治療】寸六三番使用。心包経引き鍼。下焦の虚を補う。腹直筋・両季肋部の硬さに雀啄と撚鍼。胸・肩甲間部の熱を瀉すため散鍼。心包経引き鍼。

※上記の治療を基本としてその後に、適宜肩関節痛、腰痛の治療を加えた。

【まとめ】患者の症状の変化は、脈の飛び方やリズムの変化、患者の自動血圧計測定時のエラーを指標に観察した。

〇腹診時に硬さでみていたことが、今回の治療の迷走に繋がった。虚実寒熱毒邪で観れていれば、初期の段階でシンプルに整理できたと思われる。上腹部と胸部の関連を季肋部の痞えによる胸部の気血の滞りと捉えていたが、胸部の熱が波及して季肋部・心下部に影響していると途中から捉え治し施術した。しかし、胸部の熱以外の腹状は一定のパターンがないように見えるため、胸部の熱とその他の腹症との関連性は不明である。第五診の腹状から推測すると二連休後に胸部以外の腹状では顕著なものがみられないことから、仕事中の姿勢も影響していると考えられる。

〇今後、胸部の熱量とその他の腹症との関連性や腹部の寒の存在、肩関節と腰痛との関連性を観察していきたい。

 

 

4.実技稽古

今月は新しく入会された方も多く参加されました。

(文責:野田)

| ◇東京月例会 | 22:22 | - | -
2019年  第11回合宿

 

令和初になる今回の合宿は、みどりの駅最寄りにあります「ホテルニュー梅屋」さんで行われました。

初めての場所になりますが会場が畳張りで、いやしの道の合宿にぴったりの環境でした。

大浴場はラジウムイオン鉱石温泉となっており温泉までいただけるとても贅沢なホテルになります。

 

 

 

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 〇受付


 

受付嬢の皆さま。

素敵な会場をありがとうございます。

 

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 〇静坐


 

高まる気持ちを静めて貴重な学びの時間の準備をします。

 

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 〇開会の挨拶


 

朽名宗観会長より開会の挨拶。

今年のいやしの道合宿ファイルに書かれた横田観風先生筆による「回光返照」についてお話いただきました。

その人その人にある素晴らしい世界を切り開くため邁進せよと、背中を押された気持ちになりました。

 

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 〇江戸期鍼灸からみた<いやしの道> 

   

     大浦慈観先生

 

 

 

鍼道発秘訣集より引用された江戸期における鍼灸から、いやしの道の真髄となる<心>の持ちようについてお話しいただきました。

技術だけではなく患者さんの全体像を観ながら楽にしてあげること。

動揺せず、冷静にとらえ、自分に何ができるか客観的にとらえて患者さんと一丸となり施術する大切さ。

病人を前にして臆病になっては駄目。攻めすぎたり、結果を求めすぎても駄目。

鍼灸を志す者として、まず何より心がけ工夫鍛錬すべきことをご教授いただき、心の修練の難しさを感じました。

そして、江戸期から脈々と私たちが今、いやしの道で教えていただいている心の有り様の大切さを説いておられたのだな、と改めて感動を覚えました。

 

続いて、日本鍼灸史の第一級史料から復刻した打鍼を大浦先生がご持参され、実際に槌の違いをモデルの方に体験していただきました。

 

 

 

 

筆者も先日、大浦先生の勉強会で水牛の槌と鉛の槌との響きの違いを体験させてもらいましたが、鉛の入った槌を使った時は背中まで響いて広がるのが心地よく打鍼の面白さを感じました。

 

とても貴重な史料と道具を用いて講義をしていただき大きな学びとなりました。

 

(文責:福永)

 

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 〇鍼道発秘の刺法 

  

      海野流観先生

 

前半はレジメに沿って講義が行われました。

 

 

 

邪に対して鈍感だったと言う海野先生。

邪がどこにあるか分からなくても鍼道発秘の治療の法則がわかれば治療できるのではないかと考えて、大まかに分けて分類し治療の考え方をみることにした。

〇鍼治療の基本ー寒熱補瀉は1章の放心、5章の大寒、4章の大熱。この3つをベースにして42の病症の病態を分類してみた。

〇似たような刺鍼点、治療法を集めてグループ分けしてみる。

〇それに名前を付けてみるとだいたいのパターンが見えてくる。

Aー熱、邪実、不出・・・鍼灸院に来院する多くの患者

Bー冷え、虚、過出・・・これだけで来院することは少ない

CーAとBが同居、AがベースにあるのでA→Bの順で処置・・・水毒がらみや神経症的な鍼灸院に永く通院するタイプ

DーAとBが同居、BがベースにあるのでB→Aの順で処置・・・中高年の慢性疾患に多い

Eー逆パターン、横ライン

〇治療法から寒熱虚実を推測する。刺鍼方法と場所から病気の体に対する一元的な仕分けをする。

 

 

後半は変形性膝関節症について図解で説明

 

 

その後、実際に膝の痛みがある人に出ていただき、診察しながら治療の仕方、気をつけるポイントなどを話していただきました。

膝関節が痛い患者さんはハムストリングも緊張していることが多いので、この部分の筋肉も丁寧に観察して治療することで、治療効果が上がることを教えていただきました。

 

 

 

(文責:磯崎)

 

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 〇グループ実技

 

指導者を含めた三人一組となり実技稽古を行いました。

会場いっぱいに広がり、それぞれの課題と向き合いながら取り組みました。

 

   

 

 

  

 

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 〇夕食&自己紹介(前半)

 

待ちに待った夕食の時間です。

 


 

三輪副会長の乾杯の挨拶で、楽しいひと時の始まりです。

 

 

 

 

食事半ば、堀副会長の進行のもと自己紹介になります。

今回、座談会のテーマにちなみ「死ぬほど〇〇たこと」です。

 

 

各々の体験や感動など、個性が感じられました。

 

 

 

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 〇自己紹介(後半)&親睦会

 

自己紹介を一時中断し、会場を移動しての自己紹介後半と親睦会となります。

お酒と自己紹介者を囲みながら和やかな時間が過ぎます。

 

 


  

  

 

  

 

大広間での親睦会は22時まで続き、呑み足りない方々は307号室で二次会となりました。

 

 

(文責:中野)

 

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 〇気功 

 

    原田修観先生

 

いやしの道協会の合宿2日目です。

 

まずは6時から近所の運動場で原田修観先生による気功です。

 

 

運動場へ行きましょう。雨が降っています。

 

 

運動場です。雨天のため今回の気功は中止でした。

 

 

10年前の第1回合宿における原田先生による気功指導の様子です。

参考までに。

 

(文責:養母)

 

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 〇妊産婦との万病一風的治療を模索して 

 

    村田底観先生

 

 

村田先生は初めに、ご自身がいやしの道協会に入るきっかけとなった大浦慈観先生の文章を紹介されました。

そこに書かれていた、理論でもハウツーでもない「相手と自分の境目が曖昧になって温かい空間が広がっていく」感じを、ご自身が臨床の場でとても強く感じられた時のことを話されました。

 

 

それは患者さんの生まれたばかりの赤ちゃんを膝の上に乗せて、患者さんを治療された体験でした。

赤ちゃんの持つ陽の気、生命エネルギーが周りの全てを包み込み、温かで穏やかな場が現れているを感じ、先生は「鍼灸師とはなんと幸せな仕事なんだろう」と思われたそうです。

 

 

講話ではご自身の3人のお嬢さんの出産にまつわるエピソードを始め、様々な妊婦さんの症例を話されました。

 

印象的であったのは、良いお産をされる方には特徴があるというお話でした。

それは尺脈を沈めて診た時どれくらい力があるかに反映される、子宮の力があるということでした。そして、そのような妊婦さんはお産が近づくと美しくなる(色気が出る)そうです。

 

そのような妊婦さんの治療をしていく中で、村田先生は鍼灸治療が、現代人の中に埋もれてしまっている原始的な生命力の持つ美しさを甦らせるものなのではないか、出産という営みが生死の淵に否応なしに直面させられる出来事であるからこそ、妊婦の治療は鍼灸治療の本質について考えるヒントをくれるのではないかと感じられたそうです。

 

またその他、妊婦の治療の注意点である合谷と三陰交の禁鍼穴について、その出所である中国や日本の古典の引用。安胎のための具体的な施灸の穴などの紹介などをされました。

 

村田先生の、一つ一つの症例から時代を縦横無尽に行き来して古典に学び、詳しく省察されて次の臨床に最大限に生かされている姿勢は素晴らしく、たいへん感銘を受けました。

 

 

先生自身、最初こそ妊婦さんのお腹に恐る恐る触れていたそうですが、普段通りの腹診の原則と同じ、気持ちの良い触れ方であれば大丈夫であり、腹部への鍼灸治療も手の内が出来てくれば大丈夫であると言われました。そして妊婦さんもご自分お腹をどんどん触られることをお伝えしているそうです。それは自分のからだの声を聞く第一歩になるからです。

 

村田先生は助産師さんと強力なタッグを組まれて、お産に臨まれています。京都では助産師さんたちが中心になって「お産を語る会」が毎月開催されているそうです。お産という話題で初対面の方同士が深い話をするこの会は、地域で人が人と一緒に生きていき、成長していくためになくてはならない場であり、女性から女性へ生きるために本当に大切な知恵が継承されていくのを感じたそうです。

 

現在、助産院あるいは自宅で出産をする人が年々大幅に減少していて、助産師さんがお産だけで食べていけない状況になりつつあるそうです。鍼灸治療のあり方と共に、そのことの持つ社会全体の損失にも思いを馳せる貴重な講義でした。

 

 

(文責:小池奈)

 

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 〇<万病一風的治療>を手ほどきする 

 

    横田観風先生

 

まずは、横田先生のお話から。

 

 

「イメージというのは非常に大切ですね。昔、鍼の学校に入ったころは約半世紀ですけど、鍼灸師と職業欄に非常に書きづらかった。当時の弟子たちも自由業とかいろいろ書いて、鍼灸師とは書かないのですね。ひどい人は漢方医と書いて後で怒られるのですが、世間のイメージが非常に低くて、なかなか鍼灸師とは言えなかった。今は堂々と言えますけど。

我々が学生の頃はとにかくテキストを探そうと思ってもテキストがない。ようやく素問を研究する先生が出した本があるくらいで、しょうがないから原文を神田に行って買ってきて、原文のまま勉強するのですが何しろ読めない。たまたま友達の坊さんに漢文の達者な人がいて、読んでくれましたから読めるようになりましたけど。

とにかくそういう大変な時代でした。そんな時代の人達が頑張ってきて、いろいろレベルがアップしてきましたので、現代では鍼灸師と言っても大丈夫ですね。私も職業欄に鍼灸師と書いて大丈夫です。職業を尋ねられても自由業と言わず、鍼灸師ですと言える時代になってきました。

イメージというのは非常に大切なのです。昔の人は鍼灸師というとそういう風に思っていた。今はちゃんとした人が多くなりましたから一般の人も鍼灸師と聞いても昔とは違うイメージを持つわけです。だから若い女性の方もたくさんこの業界に入っていますが、我々の頃は女性なんてほんの2、3人しかいないのですね。どういう人かというと若くして独り身になって子供を育てるのに食べさせていかなくてはいけない、家族を養うために40代とかそのくらいになって、学校に入って来た人がいました。そういう時代です。今は若いお嬢さんがいっぱいいて、なんか時代が違ったなと思っています。イメージが良くなったのですね。

 

 

なんでこんな話しをするかというとイメージが大事だと言いたいからです。鍼灸学校に入って驚いたのは、鍼灸の話しが多いかと思ったら、当時から生理、解剖、病理とか西洋医学の話しが多くて、鍼灸の話しがあまりなかったのですね。いまではどうか知りませんが、東洋医学を習うときは経絡を習ってツボを習うわけです。そうすると鍼灸師の人が人をみるとき、線と点でみる。あの人の何経が悪いとか、どこのツボが悪いとか言って、人間、生きているだけなのですが、鍼灸師はそういう目でみる。最初に作られたイメージは大切でして、それに反逆したのが私です。

「鍼と禅」の本を読まれた方は分かると思いますが、うちの会はそういう点と線だけではなく、立体的にもみますし、東洋医学と西洋医学をなるべく矛盾なくみられるように体系を作りました。だからそれを学んでいただきたいと思います。「鍼と禅」は易しく書いてあります。一般向けに書いたつもりですが、うちの会のために書いたのではと言われて、そうではないと思っても、読み返すとうちの会のために書いたのではという感じがします。読むと分かりますけど、命というのは流動的で絶えず変化をしている、だから病名で固定することはありませんし、生きた人体をどう診るかで、邪と毒という概念が出てきます。毒は傷寒論と関係しています。傷寒論を学んでもらいたいと思うのですが、傷寒論が漢方薬の本なのに何で鍼灸師が勉強するのかと言われますけど、どんなものでも吸収して、幅広く勉強して点と線だけだはなく、いろいろなものがイメージするときに役立つように工夫して、勉強してもらいたいと思っております。私の鍼の根底には傷寒論があると思って下さい。傷寒論の内容を鍼でできるかなというのが最初の目的でしたけども鍼だけではできないのが分かりましていろいろなものがくっついていきました。傷寒論まだ読んだ事、無い人いますか?がんばって勉強して下さい。あれは最初、慣れないと読みづらいけど、習うより慣れろです。10回くらい読めば身に付きます。」

 

 

次は先生による模範実技です。

 

 

1人目の患者は、右の膝の痛み、右の手首の腱鞘炎を訴えました。鍼に対しては敏感とのことでした。

 

「敏感にもいろいろある。少し鍼を打たれたら寝込んでしまう人とか。本当に敏感な人は鍼を刺さなくてもいいくらいだ。鍼というのはどこを刺すのではなく、敏感な人には敏感な人に合うように、鈍感な人には鈍感な人に合うように相手に合わせるのが大切。」

 

「右に症状が出ている。お腹の右の方に何かあるのでしょう。」

 

「膝のお皿の所は、消化器系と関係がある。夏に冷たい物を食べましたか?」

 

「腱鞘炎、指を使う仕事ですか?」

 

「本当に敏感か分からないから最初の一鍼が大事。まず気が通りやすいかどうかみる。」

 

まず腕の生きたツボに鍼をあて、治療を進めていかれました。

 

 

 

 

2人目の患者は、呼吸がしづらい、動悸がする、めまいもたまにあると訴えました。鍼に対しては敏感ではないとのことです。

 

「それは、水毒によるもの。水毒があって、それからガスが発生すると鳩尾のあたりが膨らむ。そうなると横隔膜が塞がり、息が入らなくなる。横隔膜のすぐそばに心臓があるので、心臓が圧迫されて動悸がするようになる。それが耳の方に上がると、めまいに陥る。そういう人は利尿剤が入った漢方薬、苓桂朮甘湯とかで体質改善できます。鍼治療では、胃腸の働きを調え、凝っている場所を緩めたりして治す。そうしないと何かあるたびに動悸とめまいが始まる。」

 

「六君子湯は飲んでいる。(患者)」

 

「それでは、水毒は捌けない」

 

「水毒は細胞に染み込んでいる。治療をしていくうちに表面に出てくる。発酵するのが夜中、午前1時から午前3時くらいに動悸がする。救急車で運ばれた場合、病院に着くころには良くなっている。ガスが出ると良くなる。」

 

 

腕の生きたツボに鍼をあて、気の通り具合を確認し治療を進めていかれました。

 

「動悸がするときはどこに打つ?学校で習わなかった?」

 

「心包経。(患者)」

 

「じゃあ心包経にしましょう。どこでもいいのだけど。」

 

「鍼は気が通ればいい。みんなやり過ぎる。それで却って患者を悪くしてしまう。」

 

 

 

 

総稽古も行われました。これはそれぞれの課題を提示してもらい、横田先生から解決の糸口をいただくものです。

 

・引き鍼の感覚がよく分からない。鍼を刺して気が巡っているのか分からない。

→引き鍼は遠くでやる。打つ場所が的確かどうかが大切。

 

・引き鍼をするにあたり体幹ではなく、指先の方に反応が出る。

→刺し過ぎると指先に行く。鍼は浮かせるように打つ。刺さなくていけない、と思っている人が打つと指先に行く。

 

・引き鍼をすると相手に痛いと言われる。

→それは痛くないようにやるべき。振動を起こす方法が悪い。ひねりがない。手だけでやらない。肘を動かす。

 

・鍼管を使わない刺鍼が上手くいかない。

→鍼を立てるときの押さえ方が甘い。切皮時にスピードが必要。

 

 

などなど課題を示し、実際に鍼を刺し、それぞれ横田先生からご指摘を受けました。

 

 

その後、いくつかのグループに分かれて実技の稽古を行い、先生は適宜指導されました。

 

 

 

(文責:養母)

 

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 〇座談会「死の臨床について」

 

 朽名宗観先生   安田無観先生


   海野流観先生   石井道観先生


   三輪圓観先生

 

 

まずは朽名先生から死の臨床というテーマをどのように捉えていけばいいのかという手掛かりとなる配付資料に関して解説していただきました。

 

 

【図版1:1983年出版の藤原新也『メメント・モリ』という写真集からの1枚の写真(インドで撮影された 犬が人の遺体を食べている写真)】

メメント・モリ:ラテン語で、死を想え、という意味。

「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」というコピーが写真に添えられている。

死を想う、ということが普段から当たり前のようにある状況は、かつての日本でもあったし、そこから日本の仏教も出て来たが、現在の管理された日本では、遺体が人の目に触れる形でその辺に転がっているということはあり得ない状況となってる。

 

 

【図版2:患者様と治療家の関係性について 朽名先生が「あたま」と「はら」というキーワードを使って示した図】

今回のテーマでは,鉢△主な問題となるが、

・,隆愀検Д▲織⇄アタマで関係していく、所謂一般社会の浅いレベルでのコミュニケーション。意識のレベルは表層。

・△隆愀検Д魯⇄ハラで関係していく、意識のレベルは深層。

死の臨床では、△隆愀犬鵬爾蠅討るようなコミュニケーションになっていく。意識の深層の方に段々下りてくる。

死の臨床は、意識の深い部分が活性化していく可能性のある場だと思っている。

 

 

【図版3:看取りというときの看るの字の一番古い形 甲骨文字】

目の形があって、そこに手をかざしているのが「看」る。

気持ちをずっと遠くの方に放っているような状態を象形しているのが、看るという字。

見の目とか観の目という言い方があるが(宮本武蔵『五輪書』)、どちらかというと観の目の見るに近いような、深い意味合いを持った”みる”がこの文字の中に含まれている。

患者さんの場合は目の前に居るわけで、遠くに居るわけではない。目の前に居る患者さんの何に向かって気持ちを放っているのかというと、多分、存在の深みみたいなものに向かって気持ちを放っていくのが看取りだろうと思う。

 

 

【図版4:「各宗教と霊魂の有無について」(正木晃『いま知っておきたい霊魂のこと』より)という表】

宗教だと霊魂があるというのが前提となるが、現代の日本人の中には唯物論的な考え方をするひとであれば霊魂さえ否定するかもしれない。

宗教によっても、これには霊魂があるけれどこれには霊魂がないという色々な考え方がある。

 

・これまでの日本人(仏教と神道が合わさった日本人):人間、動物、植物、無生命体(石、水、風、山など)にも霊魂が宿っている、或いは精霊が宿っているという発想の仕方。明治以前の日本人はこういうような考え方を普通に持っていた。

・日本以外の仏教:人間と動物には霊魂を認める、霊性を認める、でも、植物、無生命体には認めない。

所謂チベット仏教、チベット仏教に限らずインドの原理的な仏教というのは、植物には霊性を認めない。

「チベット仏教の勉強会に行った時のこと、チベット人のお坊さんは、仏が置かれていて花が供えられている前で、「仏教では生け贄は許されていません。でも、植物は霊性が無いから、供え物にしてもいいのです」と語っていた。

また別の機会に、リンポチェ(傑出した仏教修行者に与えられる尊称)の称号を持つ高僧(ラマ:聖人)の講演会に行った時のこと、そのラマは「日本仏教では、山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)というけれど、それが私には分からないのです」と語っていた。

日本人であったら、「渓声便是広長舌(けいせいこれこうちょうぜつ)」という禅語、山の川の流れる声、鳥の鳴き声、みんなそれは仏の教えを説き続けているのだという、植物にも石にもみんないのちが宿っている、というのが伝統的な日本のアニミズム的生命観だと思う。そういう僕もどちらかというと気持ち的にはシンパシーを感じるので、リンポチェの話しを聞いたときも、やっぱり大分違うのだなあと思った。」

・キリスト教:原則的に、霊性を人間にしか認めていない。

「しかし、アッシジの聖フランチェスコの様に、鳥に説法している人もいる。だから僕は聖フランチェスコが大好きなのですけれど。」

(いやしの道協会所属の敬虔なクリスチャンの方からもお話をお伺いしました)

・イスラム教:人間は霊性があると考えるが、動物、植物、無生命体は、△になっている。

・儒教:人間のみ霊性有り

・道教:人間、動物、植物、無生命体、全てに霊性有り

・アニミズム:人間、動物、植物、無生命体、全てに霊性有り

 

 

【図版5:現代の看取りにおける<お迎え>体験ー在宅ホスピス遺族アンケート(実施場所:宮城県、実施期間:2003年1月1日〜2007年1月31日)からの集計ー】

東京大学大学院人文社会系研究科、死生学について研究している科が実施したアンケート。

宮城県で2003年4月1〜2007年1月31日にかけて、医療機関を通して看取りの経験のある家に「亡くなっていった方が、他の人が見えないもの、聞こえないもの、そういうものを何か感じているようなことがありましたか」というアンケートを採ったところ、有効回答の半分が、今亡くなっていくひとたちがそういう経験をしていた、と言う様な回答を出してきた。

東北大震災の後に東北で幽霊を見るというような体験をしたという情報が沢山寄せられたが、このアンケートはそれ以前の話し。

どういうものを見たかというと、すでに亡くなった家族や知り合い(52.9%)、その他の人物(34.2%)、お花畑、仏、川、神、トンネル、その他、というようなものが挙げられている。

「僕の患者さんに、若いときに臨死体験をしたと言う人がいたのです。その人に、どういう状態でしたか、と聞くと、そりゃ物凄く鮮明に覚えている、と言うのです。今でも絵に描ける位だ、と・・・。」

 

一人称の死、二人称の死、三人称の死、という言い方がある。

一人称の死というのは、自分の死のこと。

二人称の死というのは、家族とか友人の死のこと。

三人称の死というのは、赤の他人の死のこと。

では、治療家として出会っていく、今亡くなっていこうとする人たちの死は、この三つの内のどれに入るかと言ったら、二人称の死になると思い。

しかし、患者さんというのは家族でもないし、友人でもなく、治療費をもらっていくわけで、不特定であるということもある。そういうような方たちと、どういう風に、今亡くなっていこうとしている人たちと関わりを持っていかれるか、ということを、鍼灸の臨床の場で具体的な経験をしている方達に話しをしていただくというのが、今日のテーマである。

 

 

その後、三輪先生、海野先生、安田先生、石井先生、朽名先生に、御自身が関わられた死の臨床の場について、具体的なお話をしていただきました。

時間の関係でご用意いただいていた全てのお話をお伺いすることが叶いませんでしたが、三輪先生のお話は以前の機関誌に、石井先生のお話は今度の機関誌に掲載されるということです。

 

 

治療家として腹を括るということ、どのような場にあってもいつも通り自分の出来ることを只淡々と一生懸命に行っていくこと、鍼灸治療が病自体をどうにかするということにはならずとも目の前の方の何かしらが変わるきっかけとなり得ること、患者様とそのご家族とご自宅という場での臨床について、死や生の様々なかたち、等々、死に関してだけでなくどのように生き日々過ごすかということについてもおもいを馳せる時間となりました。

 

最後に朽名先生が、配付資料の詩をよんでくださいました。

 

「今日は死ぬのにもってこいの日だ。/生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。/すべての声が、わたしの中で合掌している。/すべての美がわたしの目の前の中で休もうとしてやって来た。/あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。/今日は死ぬのにもってこいの日だ。」(ナンシー・ウッド『今日は死ぬのにもってこいの日』)

 

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 〇閉会の挨拶、記念撮影

 

副会長の前之園空観先生から閉会のお言葉をいただきました。

 

 

「みなさん二日間お疲れ様でした。

 

最後は死の臨床ということでありましたけれども、死を意識することで逆に命というものを意識していることになるとおもうのですね。

 

今年はいやしの道協会の新たなチャレンジとして、死の太極にあるような、あそこにね、いますけれども、お子さま連れでも参加していただこう、いやしの道協会は女性の社会参加を応援します、ということで(笑)女性の方はどうしてもああいう可愛い子がいると本能的に助けてあげたくなってしまうのだと思うのです。ですので、今年は、男性指導者陣が子守をして遊んでもらうということで、やらしていただいたのですけれど、結局、最後はお母さんには勝てないのですね、僕たちはねぇ、そいうところが、おじさんたち、すごく可哀想だなあと思って、石井先生のことを見ていました。(笑)

 

この閉会の言葉や宴会の時の自己紹介の司会等は、東京の副会長3人でまわしているのですね、ですので3年おきくらいにこの閉会の言葉になるのですけれど、前回この言葉を言ったときが、ちょうどブラジルからの参加者が来るというときで、そのときも新たなチャレンジということで、いやしの道協会というと、特定の立場に拘らないということでやっていますので、常に常に新しい方たちを受け入れようとは思っているのです。

 

しかし、誰でもウェルカム、どんどん色々な人が入ってくるというのは、それだけいろいろなことがごちゃごちゃになってくる、何でもかんでも有りになってしまうという危険性もすごくあるのだと思うのです。ですので、誰でも来ても良いのだけれど、誰が来ても大丈夫なようにいなくてはいけないというのも、実際すごく大切なところで、誰が来てもいいように、というふうに今回やってくれたのが合宿の係の方たちなのですね、毎年、紹介させていただいてますけれども、坂井さん、牛尾さん、福嶋さん、中川さん、みなさんが思っている以上にいろんなことを準備してくれていると思います、改めてありがとうございました。

 

誰でも受け入れる、誰が来てもいいように準備をするという会でありたいとは思いますけれども、その中でも何かみんなの中でひとつ真理になるものが会として繋がりの根本に持てるように、それが万病一風論の風という部分なのか、いのちとか、いやしとか、という言葉で何で表すのかは分からないのですけれども、そういう会であれたらいいなと思っております。

二日間がみなさんにとって、これから進む道の何かの足しになったら良かったなと思います。お疲れ様でした。」

 

(文責:小池理)

 

 

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(写真:伊藤・尾崎)

 

 

| ◇合宿研修会 | 11:16 | - | -
10月 初伝フォローアップ講座

台風は過ぎ去ったものの、未だお天気が安定しない20日、日曜日。

根津・七倉会館でフォローアップ講座が行われました。

 

1、静座

最初はいつも通り静座からです。

5分程坐ったのち、三輪先生から

「皆さんは台風被害、大丈夫でしたか?」

というお言葉が。

三輪先生ご自身は台風の際に避難所で具合の悪い人を見つけ、医師に連絡するということをされていたそうです。

「みんながゴタゴタしている時も、静座とかしてきていると落ち着いて行動出来るから、そういう所もいやしの道の良い所だよね。」

とのことです。

2、傷寒論真髄 素読

いやしの道の根幹、傷寒論真髄の素読です。

前回の復習を踏まえて29章からですが、三輪先生から和訳ではなく、漢文の方を見て読んでみるようにご指示が。

案の定、皆苦戦しております。

三輪先生、爽やかスマイルでありながらなかなかスパルタです(笑)。

本日はこの後の四部録自主研修会でも傷寒論真髄を学ぶので、傷寒論dayになりますね😉。

3、講義

本日の講義は副会長の三輪圓観先生による、『よくある主訴に隠れた重篤疾患の鑑別』です。

昨年も同じお題で講義をしていただきましたが、参加者は去年に比べてレベルアップ出来ているでしょうか?

 

まずは、腰痛から❗

腰痛の原因と聞いて思い浮かぶ西洋医学的な病名をあげていきます。

(何があったっけ……💧。)

 

その後、腰痛という主訴に隠れている可能性のある重篤疾患についてお話が進んでいきます。

 

いやしの道ではあまり見かけない数式の羅列が…💧。検査法に関する感度や特異度について説明していただきました。

 

腰痛の際、腎臓関係は多いので抑えておいた方がよいとのことで腎臓の叩打痛の診かたも教えていただきました。

「親の敵の様に叩けば誰だって痛いに決まってる。ちょうど良い力加減は臨床をやっていかないと覚えない。」

とのことでした。

続いては『めまい』です。

めまいに関する検査法で、良性発作性頭位眩暈症を診るための『ディックスホールパイク法』です。

これは鍼灸学校で教わった覚えは無いですね…。

しっかり覚えなければ!

鍼灸師が指導する機会は少ないかもしれませんが、良性発作性頭位眩暈症の治療法である『レンパート法』に関しても三輪先生が実際にやってみせてくださいました❗

最後に肩こりですが、残り10分になってしまったため駆け足に💧。

 

全体的に共通していたのは、

・最近の発症

・階段状の悪化

・大事なのは随伴症状

 

ということです。脈診や腹診などの東洋医学的診察法も大切ですが、問診の重要性も改めて確認できました!

 

今回、特に印象に残った言葉があります。

三輪先生の叔父様は内科医をされているそうですが、普段心掛けていることを尋ねたところ、

「1日100人も診れば、1人は重篤な患者さんがいる。それを見逃さないようにするのが自分の仕事。」

と言われたそうです。

鍼灸師も医療の担い手としての志を持って邁進していくためには学ばなければならない言葉だと思いました。

 

次回は11月17日の午前10時から、石井道観先生による『万病一風論的治療の臨床応用』が行われます。

皆さん、ぜひご参加ください。

 

(文責:松本)

| 初伝フォローアップ講座 | 09:48 | - | -
10月関西支部研修会
10月13日日曜日、高槻市現代劇場の集会室にて、関西支部研修会が行われました。




◯腹診と背候診の対応



腹診に集中してみれると、細かな部分に気がいきます。同じ寒熱でも、この場合は腹から鍼する方が良いか、背からが良いか、様々比較しました。

◯入門講座 玉水先生



今月からの、新メンバーが増えました!


◯講義・傷寒論真髄 村田先生





318章〜四逆散方、319章〜猪苓湯方、320章〜大承気湯方、323章〜四逆湯方について解説して頂きました。


318章〜四逆酸方。
四逆散を臨床で使わなかった漢方家吉益東洞、上手く使えなかった漢方家有持桂里、使いこなした漢方家和田東郭・尾台榕堂・浅田宗伯、などの解説も。
胸脇苦満が中心まで及び、心下痞塞になるなど、胸に邪毒邪熱が存在している。
胸や腹が結実し流れ悪く邪熱鬱滞していることから、顔や手足まで熱が回らず貧血顔貌や下肢寒冷になる。
とにかく朝夕様子が違ったり、症状の出方も病態は随時変動する。
319章猪苓湯方。
本来陽明病に用いる薬方を少陰病で使う症例。
口渇、発熱あるが、下利や、小便不利或いは淋瀝などあり、津液亡失するが水ん飲みたがらない。腹内虚状と下焦の邪熱の混在。こういう場合、猪苓湯を与え下焦邪熱がとれると腹中の虚が残る。そくをケアするため四逆湯類を与えるとよい。

320章・321章・322章大承気湯方。
急ぎ之を下せシリーズ。
こちらも、少陰病の章で、陽病に用いる薬方を検討。
少陰病の人が、一時的に陽病のような症状になっていると考えると自然か。
記述にあるよう、喉と口の渇きだけで実際に下剤をかけるとは考えにくいが、不大便の状況が今後硬化し毒性増大するか、又はそれを予測できた時には使う、ということ。
このような状態をそのままに、グズグズしていたら体液枯渇し危篤状態になるので、急ぎ大承気湯を与え、後の変化をみるがよい、と。
なかなか鍼灸では見ないレベルの状態です。
323章・324章四逆湯方。
吐きたいけど吐けない、パターン。
手足冷えていても、胸に邪ある場合は実と考え、瓜蒂酸で吐かせるとよい。
しかし、手足冷え胸に毒ある症状は同じでも、寒冷の痰飲(水毒)腹中に陰寒甚だしい故に胸中に及んでいる虚気上逆の場合なので、とにかく急ぎ四逆湯で温めること。











(飲んで、見て、どれが何?じっくり観察させて頂きました。)

◯実技 基本の型




15分間で基本の型をし合います。
時間を測ると、回を重ねる毎に少しづつですが手が速くなります。
まずはスピード感覚を付け、その上で丁寧にできるように練習です。


◯講義・刺絡聞見録 井上先生






皆が古典に馴染めるようにと、今月より、「刺絡聞見録 」を解説して頂きました。
三輪東朔先生の論説・治験を伊藤大助先生が記述された刺絡解説書。(1817年江戸時代)
全ての疾病は血液の瘀濁より生じ、瘀濁の悪血を去れば、全ての病気は治る、湯液より万病に効果ある、と論じている。
血が出ることで患者さんに嫌がられる場合もあるが、そんなことに左右される治療家や、本ばかり見て怖がってる治療家は、本気度が足らず努力が足りない、と。
患者さんが治ったという事実を多く言われているのだから、やってみない手はない。何事も、慣れるか慣れないか、だけであり、恐怖する者は、ただ慣れていないだけである。

とは言え、怖い気持ちがありそれを払拭したいと思っていたとき、刺絡を極めた人に出会った。
湯液では治せないものを、刺絡で治していた三輪東朔先生と出会い、この本を書く事が出来た。
もし刺絡を怖がっている患者さんあれば、これを読んでもらえば良い、と。
とにかくこの本を、世の役に立つよう知らしめたい。

反例(この本の使い方)
・毒は一つであっても、出る症状は様々である。
・世の中には湯液を使う医が多く、医が刺絡を怖がる故、患者はこれを怖がる。全ての医は万病を治すあらゆる方法は知っておく方がよい。
・よくわかっていない人も、この本を見れば分かるよう、何より正しく伝えたい為、中身が煩雑になり細かくなるが、致し方ない。
・大変な病にかかっているとか、患者さんも周囲の人にわかってしまう事で不便もあるかもだが、他の治療と何も変わらず同じである。区別なく、治療するのみ。
・刺法など分かりにくい事あるかもだか、刺す場所など細かな記述をみれば、ある程度わかるはずだろう。
治したい心あれば、学べらるはず。中国の哲学者・菅子も言うように「死ぬ気でやれば、何でもやれるだろう」
・刺法など詳らかにしていないが、ふくべ(吸い玉様)を使う方法や、縛らずやる方法や縛る方法やら記述ある。ものによっての浅深については、先に決めることは出来ないが、経験により分かってくる事もあるだろう。 つづく…




◯講義・入門講座 玉水先生




参加者やる気満々で、玉水先生に、質問の嵐。隣で講義を聞いていても熱気が伝わってきます。


◯丹田呼吸と身体づくり





ただ静寂の中に坐るのもよし、治療の時を思い浮かべて、身体全体に気を満たすように呼吸してみたりするのもよし。各々、自分と統合のひととき。


◯実技・相互治療と課題の発見

ここでは、とにかく治すために何をするか。真剣に自由に治療します。








◯振り返りの会





本日の感想のメインは、広島から乙重先生が参加して下さった事と、新しいメンバーが増えた事でした。
指導者先生が増えると学べることが深く広くなって嬉しい、新メンバー入って下さると新鮮、今日は体調悪かったけど治療で治ったから元気になった、来るまで緊張するけど終わったら毎回来て良かったと思う、などなど、皆一言づつ話しました。

◯指導部 打ち合わせ





より良い関西支部にしていこうと、いくつかの議題が上がりました。忘年会の話題も。一年はあっという間です。

次回は11月10日第二日曜日
場所は同じく高槻現代劇場の集会室です。
奮ってご参加ください!

外に出たらすっかり暗くなっていました。会場隣の神社での秋祭り、舞台と炎が闇に浮かんでいました。






(文責:田原)
| ◇関西支部 | 11:43 | - | -
9月杉山真伝流勉強会

『杉山真伝流』勉強会 第167回 令和元年9月28日(土)

           講師 大浦慈観先生

◆◆◆シリーズ:『杉山流三部書』から(26)◆◆◆

今回のテーマ:「撰鍼三要集」(補寫迎髄を論ず◆法■隠現僂茲蠖啄術

前書き「療治大概書」を編纂後「類経図翼」に強い感銘を受けた杉山和一は自らの序文

と跋文を加えて、「撰鍼三要集」を著した。1682928日、杉山流鍼治学問所が正式

に開校すると、「療治大概書」と「撰鍼三要集」の2冊がテキストとして暗誦された。

講義に入る前に大浦慈観先生より杉山和一検校の木座像が発見されたお知らせです。

漢方の臨床第66巻第9号 目でみる漢方史料館(373)貞享二年生前の作が写真入りで

紹介された。長年探していた杉山和一検校の生前作の木座像です。検校が没する9年前の

貞享2年(1685)5月18日に制作されその後106年を経て、寛政3年(1791)

修復されそれ以来228年後の今日に至った物であることが判明した杉山検校の座像である。

 

前回の補瀉迎髄の続きです。大きく杉山和一はこのように思ったという講義があり、次に

難経の本意は補瀉呼吸を用いるべきと言っているのかそうでないのかというお弟子さんの

質問になりそれに対して杉山和一が答えている。その気隨となし補となす也と。今日は続

きで、別に人が質問した。鍼は瀉ばかりで補はないのではないか、どのようなものが補法

というべきか。杉山和一が答えている。本当に補がないというわけではない。しかし内経

の根結篇に、瘦せて虚弱体質で病の勢いも衰えている、例えば結核が長引き慢性化して体

が虚しているものには鍼は刺してはいけない。素問の宝命全形論では人には虚実がある。

五虚〔細い皮寒い5ぞないぽ利前後グ食入らざるものには鍼は良くない。5実

には〔盛ん皮熱するJ脹るものぢ臂便通じざるものグ媼営蠅泙蕕彩椶發呂辰り

見えないは遠慮せず鍼をする。誤解しないでほしいことは、素問霊枢の一番元の書かれた

頃は紀元前200年頃で鍼は太いので強刺激になる。そういう鍼は弱っている人にしない方

がよい。霊枢の五閲五便篇血気有余、肌肉堅緻(しまっている)人は鍼をする。

素問奇病論篇気血が不足するものは損なってはいけない。体がやせ細っている人には鑱石

(メスのような)物で切開等をすると血が少なく気も漏れ不調になるのでいけない。

霊枢の脈度篇盛んな実症には瀉して虚しているものには薬で補いなさい。

霊枢の邪気臓腑病形篇諸々の不足しているものは、陰も陽も体型の気も不足している。

鍼もってなからしめ整えるには甘薬(補法の薬)でする。鍼は瀉があって補なしの引用文

である。入江豊明先生が常にいうは気血の往来、経絡の流れや貫く流れをみて、陰を補い

陽を鍼すべし。陰は血や津液、陽は気、陰にあたる臓腑がしっかりしていたら、経絡の気

も循環するが、病気の時は臓腑まで侵されて失調していたら、経絡の循環もスムースに流

れない。例えば肺が侵されて外邪が入り気管支炎や肺炎になっていたら、肺の経絡上にも

気血が循環していることにならないで肺に炎症して熱がこもり経絡の循環もよくないまた

、冷たいものや脂もの飲食して胃が弱ってしまい食を受け付けず弱ってしまうと臓腑も冷

えて経絡上の胃経や脾経が冷えてしまう。従って臓腑を把握して整えることによって経絡

の陽気の方も配属せしめてやる。陰が平らかなれば陽は穏やかになっている。陰陽の不調

和が起こっているのが病気であるなら陰を平らかなれば陽も戻ると同じだろうか。例えば

血液も津液も足りて潤っていたら、身体のエネルギーも順応して正常に機能する。反対

津液や血の陰が不足するとエネルギーばかりがあばれ、上部ばかりが熱くなり、頭痛や

眩暈をしてしまい、津液が働いていたら身体も冷まされて順調に働く。陰を補い陽を配す

べし。その陰陽を調和させて血気が整いその片寄ること無く、平らかにしておこうと平ら

かなることが補瀉だ。

栄衛のきそん、からだの羸瘦、精気が尽きると言っていることは不足の状態をいっている。

鍼を用いて調補しようと欲して、返って元気を傷ぶる。これを瀉あって補なしと言って

いる。ここまで入江先生が言っている。杉山和一が先生は至れり尽くせり言ってくれて

いる。と感想を述べている。素問霊枢に書かれている解説です。また私が案ずるに霊枢経

九鍼十二原篇のこと)(杉山和一は九鍼十二原篇を重視していた)虚実の要九鍼もっと

妙なり(九鍼十二原は補法も含めて鍼を持って治す。)身体が虚している時は実する、

とは気口(橈骨動脈の寸口のこと)脈をみて虚している時は鍼で補いなさい。まさに

鍼をする大義十二原篇に存しています。特に補法が上手にできるかどうかが大事。瀉は

やりすい鍼は刺すだけで瀉となる。補は難しい。弱い人は邪を追い出す力がなく、

こもっているのでそこに気血を集め元気を付けて自然に邪が出て行ってくれるようにする。

お腹冷えしくしく痛むときそこに鍼をして気血を集め温まるようにしてやるとぴりぴりと

邪気が漏れてくる。追い出す力を付けてやる。補法を上手にすることは鍼をする人の見せ

どころである。病が経絡に留まり改善しない、或は気が経絡に流れているはずが臓腑に集

まって経絡に流れていないそういう時、鍼は有効に働きますよ。故に先生はこれを補法だ

とした。まことに補法がないということではない。例えばお腹と手足の経絡の関係で言って

いることが殆ですが、胃が冷え食滞の時もそうであるが気が滞り、渦巻き気が上下に流れな

い時、足三里から補い胃に元気を付けて経絡上に行ったり来たりして気を動かし徐々に

ほどけ臓腑と経絡とのながれが一体となってし、胃腸が働き毒を排泄するようになる。

食滞は腸の方に行き便通に、便秘として滞っていた塊が動きだしたり下腹部の冷えで瘀血

があるとき陰経を補っていると下血をして解消されて下に行き、邪気は上に行き頭がぼん

やりしたり、詰まりせき込んだりするのでそれをさばいてやる。

実技は雀啄術、・・杉山検校の口伝、まず直鍼にて目的の部位まで十分に刺入し、そこで

暫く鍼を捻る。もし鍼先に何か障る者がある場合には鍼を少し引くようにして暫くまた捻り

ようやく障る者が緩み無くなれば、これが気の離れたことと理解してよい。

チョクチョクと連続鳥の啄む心持にてとあるがその対象となるところに応じて〇撫の方向

、角度∋間リズムい燭錣澂ゾ絏蕊ξ賄世旅夫Э爾記┛き鍼補瀉と真伝流の

島浦検校の解説は極めて懇切丁寧である。最も基本的な術であらゆる病態に応用が効く。

次回10月19日第三土曜日

市川友理

| 杉山真伝流勉強会 | 04:06 | - | -
9月 東京接心会

9月28日土曜日、駒込の勝林寺さんにて、東京接心会が行われました。

 

 

 

境内はちょうど彼岸花が満開でした。

 

 

 

 

 

 

 

〇実技

主に初伝の方は、3人一組になり、指導者の先生にそれぞれの課題について指導を頂きます。

 

 

中伝の方は一般の方にモデルになっていただき鍼灸治療をします。

 

 

〇講義

朽名宗観先生による「女性と漢方(2)」

今回は、つわり、安胎、産後の悪露を中心に学びました。

漢方の症例を通じて、鍼灸で治療にあたるならどのように鍼をするか、

考えながら学んでいきます。

 

 

 

 

〇座禅

 

秋の虫の声に包まれての座禅となりました。

じっと動かず、気合を入れて座ります。

 

座禅の後は、お経を唱和します。

今月は、般若心経を皆で唱えました。

 

日常生活では、いつもあれこれと考えが湧いては消えてを繰り返しています。

お経を唱えている間は、不思議と雑念が入ってきません。集中できます。

 


 

 

 

夜の境内も素敵な雰囲気ですね。

 

 

次回の東京接心会は、10月26日土曜日17時半からです。

どうぞご参加くださいませ。

 

(文責:久喜)

| 東京接心 | 12:09 | - | -
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